ドアとか食器とか……壁とか柱とか
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『たった二日で色々あったのね』
リースがそう言いながら反時計回りに私の後ろに回り込む。それに合わせて私も後ろを振り向く。
「そうなんだよ。まあ公爵令嬢の事はぶっちゃけどうでもいいんだけどお兄様とお義姉様が心配。復讐とかもそうだけど、それ以前にちゃんと食べていけるのかどうか。なにしろ貴族育ちだし……」
リースが頭上に舞い上がる。私は視線で追いかける。
『そうね。慣れない生活で大変でしょうね。
でも考えてみて。あなたのお兄さんは勢いで飛び出したのではなくて前々から準備していたのよね。だったらそれなりの成算があるのだと思うわ』
そういうと私の右側に降りてくる。
「そうなのかな」
『シュー叔父様の話だけど、冤罪で伯爵から平民に落とされて何年か市井で暮らしていたそうなの。事前の準備なんて出来なかったはずだけどそれでもなんとかやって行けたらしいわ。だからきっと大丈夫』
シュー叔父様というのは厳密な意味での叔父ではないがリースの親戚で、生前とてもよくしてもらったらしく話にもよく出てくる。歴史書によると最終的にはこの人も暗殺されてしまった。
「うん、そうだね。ありがと、慰めてくれて」
『どういたしまして』
そう言いながらリースは後ろ向きに遠ざかっていく。
『それにしても……たった一年で随分“視える”ようになったみたいね。ビックリしたわ。でもこれはどうかしら』
リースがそのまま壁を突き抜けた。隣の部屋? いや、もっと向こうっぽい。
真っ暗な中、扉を開けて廊下に出る。一切光がないはずなのに何故かちゃんと周りが見えるので問題なく動ける。暗視のレベルが上がったのかな。
隣の部屋の前を通り過ぎ、その二つ先の部屋。間違いない。この中だ。
ギキィッと扉を開ける。
「みいつけた」
『見つかっちゃった。もう完全に分かるようになったのね』
「うん。なにしろ領に戻ってからも訓練を続けていたからね。それに今だから分かるけどリースは大分目立つ霊だし絶対に見落とさないよ」
実はリースはただ移動していただけではない。目に見えない霊体状態になっていたのだ。
話ながら動き回っていたのは別に私の愚痴で退屈していたからではない(はず)。一年前に始めた私の為の訓練だ。
その頃私は焦り始めていた。身体強化を暴走させないための訓練が既に完全に行き詰っていたからだ。普通の魔法の訓練ではどうにもならなかったのだ。
そこで思い出したのが以前リースに言われた言葉、私の魂と魔力の繋がり方が他の人とまるで違うということ。もしかするとその部分が鍵になるかもしれない。
だから藁にも縋る思いでリースに訓練を頼んだのだ。
といってもリースだって霊視の訓練方法なんか知らない。本人は怨霊になったときに自然と魂が視えるようになったのだそうだ。
二人で試行錯誤し色々試した結果辿り着いたのが今の訓練。リースが目に見えない霊体状態になりそれを私が感じ取るというもの。
一年前に始めた頃にはさっぱり分からなかった魂の気配も今ではきっちり把握することが出来るようになった。残念ながら心が読めたりとか心の綺麗さが視えたりとかは出来ない。でも魂の位置は分かるし誰の魂かもちゃんと区別できるのだ。
「でも肝心の『魂と魔力の繋がり方』がまだ全然見えてなくて」
『魂も魔力もどっちも見えているのに不思議ね』
「もっと努力してそこまで見えるようにならないと。ここで止めると単に霊感体質になっただけで終わっちゃう。それだと余計なものが視えるだけであんまりいい事が無いんだよ。今日だって西大市場の広場で見たくもないものが色々視えて声を上げちゃいそうになっちゃったよ」
『外にはそんなに霊がいるの?』
「うーん、あの広場には沢山いたけど普通の場所には滅多にいないよ。お墓にも神殿にもいないし。あ、そうそう、例の挿し木で育てている木、実はうっすらと魂を持っていたんだ」
『橋にした木ね。やっぱり特別な木だったのね。それで、その木が元々生えていた村はどうなの?』
「実は視えるようになってからは一度も行ってないんだ。なんか余計なものが視えちゃったら怖いじゃない」
『私と仲良くしている時点で今更じゃない?』
「それはそうなんだけどさ」
『まあいいわ。話を戻すけど、魂と魔力の繋がり方を見るには、誰かが魔法を使っている所を見たらいいかも知れないわ。その時が一番繋がりがはっきりするから』
「なるほど。でもさすがにここでは魔法を使えないよね、感知されちゃったたら騒ぎになるから。昼間にやってみるよ」
『そうね、ここでは別の事をしましょう。考えたのだけど、私が霊的に目立つという事だから少し工夫してみようと思うの』
その直後リースの気配がみるみる薄くなっていき、ほとんど分からなくなった。
「え? どうなってるの!?」
『あなたの光学迷彩を真似してみたの。光学迷彩は魂も大分視え難くするから。この状態でもはっきり分かるようになればもっとよく視えるようになると思うわ』
「おおう、なるほど! ていうか真似たってことは私の魔力の動きが見えてたの?」
『ううん、魔力は見えないのだけど魔力を扱う魂の動きを視たのよ』
そう言いながらリースはゆっくり移動していく。気配が薄すぎるので気を付けていても見失ってしまいそうだ。
今いる部屋は広くがらんどうなので移動できる範囲は広い。私はリースに付いて一緒に移動しようとしたのだけどすぐに見失ってしまった。
「ごめん。もう見失っちゃった」
降参するとリースはすぐ迷彩を解いた。なんと居たのは真横だ。こんなに近くても分からなかったのか。私もまだまだだね
『私ももう限界。自分でやってみると光学迷彩って大変なのね。長時間はとても無理だわ。外の様子もほとんど分からないし』
かなり疲れた声だ。結構消耗したらしい。
「でも初めてでこれだけ出来るのは凄いよ。私なんか出来るようになるまで随分かかったんだから」
『私は「永遠の8才」よ、魔力を扱うのは得意なの。なによりあなたが何度もお手本を見せてくれたしね。でもこの訓練は無理そうね。私の方が持たないわ』
「うーん、もっと簡単にやれるかもしれないよ。光学迷彩は外からの光を逸らす為に色々やってるんだけど、霊視を邪魔してるのはそのうちの極一部かもしれない。色々やってみるから見てて」
そうしていくつか試してみたら割合簡単に霊視を遮る方法が見つかった。光学迷彩の最も内側に張った魔力。鏡になりかけている層だけで霊視をほとんど防げるのだ。
試しに完全な鏡にしてみたら霊視が全くできなくなった。そう言えばこれ魔力も遮断するんだよね。関係あるのかな。
光のある場所ではキンキラして目立つだろうけどここは完全な闇の中。全然問題ない。……ほんとに何で部屋の中が見えてるんだろう。私の暗視、性能がおかしい。とりあえず暗視を切れば訓練には問題ないけど。
『いいわね。視え具合も調整できるしこれなら私でも維持できそうだわ。これでいきましょう。でも始める前にちょっと休憩させて。まだ疲れが抜けていないから。
あ、そう言えば、話は変わるけど、あなたの身の回りに今日のあなたの外出を公爵令嬢に伝えた人が居ると思うわ。気を付けてね』
「それなら大丈夫。犯人は分かってるから」
犯人はなんとお姉様だった。私が出かけた後使いの者を走らせたらしい。
お姉様と悪役令嬢は学園では先輩後輩の関係。前々から学園で頼まれてたんだそうだ、ガンネー橋の話を聞きたいから会わせてほしいと。お姉様は断っていたんだけど、今朝になって急に会わせようと思ったそうだ。
原因は私。
昨日からの私はとってもおかしかったらしい。そしてとっても危険物だったそうだ。
声をかけてもほとんど反応しない。ただそれだけだったら良かったんだけど……
「ぼーっとしている間に色々壊しちゃったみたいなんだよね。ドアとか食器とか……壁とか柱とか」
『うわぁ……』
家に帰ってからお姉様に散々怒られてしまったのだ。私が壊してしまったものを一々列挙しながら。もし自動修復が無かったら屋敷が崩壊していたかもしれないから怒られて当然なのだけど、どうしようもなくへこんでしまう。
「そのまま自力で立ち直るのを待ってたら誰かが大怪我しかねないから公爵令嬢をぶつけて無理矢理正気に戻そうと考えたんだって」
『ほえぇ。あなたのお姉さん、随分と思い切ったことをしたわね』
「そうだよね。下手したら結構マズい事になってたはずだし」
『でも結果的には成功したのよね。あなたのお姉さん、きっとあなたの事をよく分かっているのね』
「本人もそんなこと言ってたけど、なんか見透かされてるみたいでちょっと悔しい」
『いいじゃない、よく見てくれている証拠よ』
暫くそんな感じで話をした後、新しい訓練を始めた。
魔法学園に入学するまであと半年。そろそろ身体強化の暴発を何とかしないと本当にマズい。
翌朝、朝食の為に食堂に行き、自分の席に座る。
お父様、お母様、お姉様といるが一つだけ席が空いている。
もうそこにお兄様は来ないんだと思うと、ああ私はただただ寂しいんだなとストンと腑に落ちた。




