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天才……なんて素晴らしい響き

 その後、私は水魔法っぽいなにかで体にくっついた色々な物を洗い流してもらい(最後に勝手に乾燥までしてくれる便利魔法だった)、そのままお父様に医務室へと連れて行かれた。

 ヴォルフくんはというと、私を見るとパニックを起こすのでロッテさんが連れて帰った。ロッテさんからはお礼を言われたが、その顔はすこし引きつっていた。


 医務室までの間に行き会ったメイドさん達も顔には出さないが心なしか腰が引けている。そういえばお父様も手を引いてくれていない。

 止めは医務室から出てきたお兄様とお姉様だった。私の顔を見るなり距離をとってそそくさと居なくなったのだ。これはキツイ。


「フレンちゃんも怪我をしたのかい」

 そう話しかけてきたのは禿げたサンタクロースのような風貌のおじいちゃん。この屋敷に勤める魔導具士兼お医者さんのニコラス先生だ。道具と人間両方を診るってスゴイよね。

「いや、フレンは全く怪我をしていない」

「そうかい、それは何よりだ。なら何でそんなしかめっ面をする?」

「怪我一つしなかったのだ、馬車から投げ出されても、シャドウクーガーに喰らいつかれてもだ!」

 あの魔物はシャドウクーガーというのか。無駄にかっこいい。

「ほう、そりゃ不思議だな。ついこの間も擦り傷をつくってここに来たばかりだってえのに」

 その時は傷薬を塗ってもらった。ちょっと期待していたのだけど、残念ながら一瞬で傷が消えたりはしなかった。そういう薬ってやっぱり無いのかな。

「それどころではない。フレンはシャドウクーガーの頭を握り潰したのだ!」

 厳密には握り潰したんじゃなくて押したら潰れたんだけど……どうでもいい? そですか。

「……成程、それで皆様子がおかしかったのか」

「先生に調べてほしいことは唯一つ。フレンに何が起きているかだ」

「子供の前でそんな怖い顔をするな。一先ず本人に聞いてみようじゃないか」


 それから色々質問された。

 とはいえ転生について話すと何かが決定的に壊れそうだったので馬車から振り落とされたときは「死にたくないと思った」、シャドウクーガーに立ち向かったときは「ヴォルフくんを助けなきゃと思った」、それ以外は「分からない」で押し通した。


「話を聞く限りでは、身体強化魔法でも発動したとしか思えんな」

 ニコラス先生が立派な髭を撫でつつ思案顔で言う。

「訓練もしていない子供にそのような高度な魔法が使える訳がない! そもそもフレンには魔力が無いはずだ!」

 お父様、また顔が怖いですよ。それにしても魔力がないって一体どういう事?

「まずはフレンちゃんの魔力を調べるところからだな。少し待ってろ」


 先生は一旦奥の部屋へ行き、よくわからない魔導具を山ほど抱えて戻ってきた。

 それから先生は道具をとっかえひっかえしながら私の周りをぐるぐる回っては何かメモを取り、時には謎の光を浴びせてきたりした。私は立たされたり座らされたり「ヴォルフくんを護ろうとした時の気持ちになって」と身体強化を要求されたりした。

 何度も身体強化させられたおかげですっかり身体強化がスムーズに発動するようになったぞ。


「ふむ。大体わかったぞ。

 まずフレンちゃんが発動しているのは間違いなく身体強化魔法だ。発動状態にも全く問題ない。

 魔法が発動しているのだから当然魔力はある。しかし何故か外には全く魔力が漏れてこない。普通魔法を発動すればそれなりの魔力が放たれるはずだがそれも無い。だから魔力無しと思うのも無理はない。

 フレンちゃんはまだ3才だったな。魔力量は身体強化の具合からしてその年齢にしてはとても多いはずだ。但しちゃんと計ろうと思うならそれなりの設備がある所に行く必要がある。なにせ魔力が外に出てこないからな。

 次に魔力の質だが、魔法の発動速度からしてかなり良質なはずだ。こっちも正しく調べるには専用の設備が要る」

 ここまでお父様に向かって話すと、先生は私の方を見てこう付け足した。

「誰にも習わず身体強化魔法を使えたんだ、フレンちゃんは天才だな」


 天才……私が天才……! 前世持ちのアドバンテージを生かして0才の時からたゆまず努力したからだけど、いやだからこそ嬉しい。前世でもこんなに評価されたことはなかった。そういえば一度「あなたは物事をややこしくする天才ね」と言われたことがあったような気もするけどあれは悪口だからノーカン。天才……なんて素晴らしい響き。




 その日はもう何事もなかった。


 皆に何となく遠巻きにされて落ち込んだりもしたけど「天才」という上昇気流に乗って気分は一気に天高く舞い上がっていた。

 食事は遅くなったので部屋で一人で食べたけどそんなこと関係ない。気持ちよく一日を終えた。


 ベッドに入って考える。

 シャドウクーガーは本来この辺りには居るはずのない魔物なのだそうだ。つまり今日の襲撃は誰かに仕組まれた物。

 私たちを本気で殺すつもりなら町と屋敷の間、応援が来そうにない場所にするほうが確実。現に襲撃が屋敷の傍だったため戦闘要員が多く人への被害はほぼなかった。馬は食べられちゃったけど。

 そう考えると騒ぎを起こすこと自体が目的だったのだろう。死人が出てもかまわない、でも誰も死ななくても問題ない。そんな感じだ。

 無事だったからよかったものの、無関係なヴォルフくん達を巻き込むような非道な攻撃を仕掛けてくる相手だ。よっぽどの悪人に違いない。

 わざわざこの辺りに居ない魔物を使ったのは事故に見せかける気がカケラもないからだろう。考えられるのは脅迫。ターゲットは順当に考えてお父様かお母様だろう。きっと王都で何かあったのだ。例えばこんなことが……


――――――――――――――――――――――――――――――

悪徳大貴族: それで、ワガハイの悪辣にして極悪非道なる陰謀に加担する決心はついたかね?

お父様: 返事は変わらない。お断りだッ!

悪徳大貴族: ほう、それは残念だ。話は変わるがキミには3人のお子さんがいるそうだね。最近魔物に襲われる事故が増えているそうだ。キミのところも気を付け給え。

お父様: 脅迫するつもりか!

悪徳大貴族: 一般論だよ一般論。では気が変わったらなるべく早く連絡してくれ給え。本当にお子さん達が事故に遭わないといいねえ。グフフフ……

――――――――――――――――――――――――――――――


 犯人は誰か? 動機は何か? それを知るには情報が必要だ。3才の子供らしく皆に聞いて回ろう。

 自分を鍛えるのも忘れてはいけない。こういった襲撃がまたないとも限らないのだ。

 当面は身体強化をガンガン鍛える。パワーの強化、発動速度の向上もそうだけど強化状態でも自由に動き回れないと話にならない。体の動かし方を重点的に鍛えていこう。

 この家の平和は「天才」フレンが守って見せる!!


 ……浮かれた私はこうして引き返せない道へと踏み込んでいったのだった。




 翌日、お兄様とお姉様の魔法の訓練が予定を大幅に前倒しして始まった。可能な限り早く身を護る力をつけさせようというのだろう。悪徳大貴族(仮)には屈しない方針のようだ。

 お父様とお母様がつきっきりで指導していて、ちょっと羨ましい。

 ヴォルフくんは当面来ないそうだ。連れてこようとするとパニックを起こすらしい。酷いトラウマになってしまったようだ。無理もない。そのためロッテさんも来ない。


 結果どうなったかというと、日中遊ぶ相手がいなくなってしまった。

 下の村に行こうと思ったがヴォルフくんに会ってしまったらパニックを起こすかもしれないからと許してもらえなかった。


 人前で身体強化の訓練をするのはさすがに不味い。

 今でもメイドさん達はビビッていて「なるべく近づきたくない」というオーラをビシバシ発しているのだ。一度手を繋ごうとしたら恐怖と義務とで板挟みになったようなひどい顔をされたので、それ以来なるべくメイドさんとは直接接触しないように気を付けている。この上毎日怪力を見せつけたら皆ノイローゼになってしまうだろう。

 そうなるともう絵本を読んでもらうか一人で庭を探検するぐらいしかやる事が無い。探検していてもメイドさんが誰か必ずついてくるので身体強化の訓練は出来ない。もちろん魔力ぐるぐるアンド発動前キープはこっそり続けてますが。魔力密度を上げるのも忘れない。ていうかどちらももう無意識にやっちゃうんだよね。


 万が一にも人に見られないよう、本格的な魔法の訓練は夜。メイドさんが下がった後だ。


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