迎えが来るまでの間の日々
迎えが来るまでの間は町長さんのお屋敷に泊めてもらった。
町長さんはお父様より年上の気のよさそうな感じの人。頭頂部は寂しい事になっているけど立派な茶色い口ひげを生やしている。
残念ながら町長さんのところには同年代の子供が居なかったので新しい友達は出来なかったけど兄妹3人で庭を走り回ったり絵本で字の勉強をしたりと普段と変わらずに過ごした。
一度町内を散歩させてもらった。兄妹3人手を繋いで市場だの鍛冶屋だのを巡ったのだけど、見るもの聞くもの全て新鮮で楽しかった。実は私は町に出るのは初めてなのだ。
町で行きかう人々は青、金、紫、桃色等カラフルな髪色の白人系。お兄様とお姉様は母親譲りの金、私の髪は父親譲りの燃えるような赤でカラフル仲間だ。
しかしファンタジーな人種が居ない。
唯一見かけたのは旅人らしい牛系獣人。よく異世界物に出てくる耳と尻尾や角だけの獣人ではなく、顔がそのまんま牛だった。体格もいいしほぼミノタウロスだ。
エルフやドワーフは全く見かけなかった。鍛冶屋でさえドワーフではなく普通の人だったのだ……そもそもエルフやドワーフが居るのかどうかも知らないけど。
そういえばこっちの言葉でエルフやドワーフに相当する単語を知らない。絵本に出て来ないのだ。鬼とかはよく出てくるのに。もしかして本当に居ないの?
市場は大混雑だった。
それほど広くない道の両脇に露店が延々と並び、そこに大勢の人が詰めかけていたのだ。実はその日は十日に一度の市の立つ日だったのだ。
私たちは私を真ん中に3人縦に並んで(前後左右に護衛の人もいたけど)見て回った。
「おにいさま、リンゴがたべたいです」
「もう春だからリンゴは無いよ。リンゴは冬の果物だからね。今だとイチゴかな」
「イチゴはふゆではないのですか?」
「うん、春の果物だよ。ほら、あそこで売ってる」
「オレンジも売っているわ。でも色が大分薄いわね」
「お嬢ちゃん、それはオレンジの仲間のビータシトロンっていう果物だ…ですよ。元々はもっと西のビータ地方の果物なんですけど、最近うちの農場でも作り始めたんですわ。オレンジよりか相当酸っぱいからあまり子供向きじゃ、ええと…御座いませんが、一口いかがですか? 坊ちゃん達もよかったらどうぞ」
「有難う、頂きます……酸っぱ!!」
「僕は遠慮しておきます。フレンはどうする? すごく酸っぱいみたいだけど」
「いただきます。……すっぱーーい!! おみず! おみずをください!!」
「だからすごく酸っぱいって言ったのに……はい水。それとアメも有るから食べて」
「あまーーーい!!」
こんな感じでワイワイ見て回った。
夜は一人、部屋で魔法の練習……とは行かなかった。ミリアお姉様と同室だったのだ。魔法騎士団の偉い人が前線ではなくここに司令部を設けているせいで部屋数が足りないのだそうだ。
折角本で身体強化魔法を調べたのだ。忘れないうちに練習したいのだけど私がそんなことをしているのは秘密。お姉様が起きている間は練習できない。
仕方が無いのでお姉様が寝入るまで待つ。待つ。……待つ、…………待……ぐぅ。
初日は寝てしまった。3才児の体では眠気を我慢するのは辛いのだ。布団に入って暖かいお姉様にくっついていればなおさらだ。無理。
そこで二日目からは寝た振りをしつつ訓練する事にした。
魔力制御は慎重に。魔力が漏れ出すとお姉様に気付かれてしまうかも知れない。そして実際に強化魔法を発動してしまうとお姉様を怪我させてしまうかも知れないので発動直前の状態をキープ。まあ発動した事が無いから本当に発動直前かどうかは分からないんだけど。そして発動手順をイメージトレーニング。もちろん魔力ぐるぐるは継続しながらだ。ぐるぐるに関しては調べなかったんだけど、実はこっちにも注意点があったりするんだろうか?
魔力ぐるぐるで慣れていた所為だろうか、直ぐ意識しなくても発動直前をキープできるようになった。呪文は要らないっぽいので、これで瞬時に発動できるはず。やっぱり発動速度は重要だよね。危機が迫ってから悠長に詠唱なんてしてられないものね。
あとは実際に身体強化を発動してみたいんだけど、流石にそれは帰ってからかな。それまではキープ・アンド・ぐるぐるの精度を上げていこう。勿論魔素を取り込んで魔力密度を上げるのも忘れない。
こうして迎えが来るまでの間の日々を過ごした。