刑事さん、私はやってません
評価・ブックマーク有難うございます。
「随分不思議な体験をしたんですね」
とりあえず当たり障りのない返事をする。
「ああ、お陰で怖い思いもしたが逆にいいこともあったよ。しばらく話のタネに困らなかったし、話を聞きたいと遠くから手土産を持って来た人もいた。騎士団なんかワインを樽で持ってきたんだぜ。まあゲンバケンショーとやらにも付き合わされたがね」
「ゲンバケンショー?」
「現場検証というのは事件が起こった場所を色々調べることです。なにしろ上層部と領主様に報告しなければなりませんでしたからね」
スージー父が話を引き取る。
なんかホラーからまた二時間ドラマの世界に戻ってきてしまった。刑事さん、私はやってません。
「え、さっきの怪談の現場を調べたんですか? ということはもしかして怪談自体も報告書に書いたんですか?」
「勿論書きましたとも。大事な証言ですからね。尤も脚色部分は排除し経験したままの話をしてもらいましたが」
「でも怒られませんでしたか? ふざけた報告を出すなって」
「大丈夫でしたよ。ちゃんと物的証拠がありましたからね。
倒された木も複数ありましたし、足跡も幾つも見つかっています。それも倒れた木にめり込んだ形で付いているのが。
たしかに子供サイズの足跡でした。はっきりと靴の形に木が凹んでいましたよ。
足跡の位置やめり込んだ深さ、倒れた木の向きや間隔などから馬車担ぎ――仮に馬車担ぎと呼びますが、その者は非常に重いものを持ち木の上の方を蹴ってジャンプしながら移動したと思われます。これはアルントさんやクルトさんの証言とも一致しています」
どんどん真実に迫ってくる。思わず冷や汗が出る。
「残念ながら現場に現れるまでの足取りは掴めませんでしたが、これで馬車担ぎの大凡の足取りは分かりました。
馬車担ぎはその日の夜中、ここから南に離れた場所でリガ川に出、何らかの方法で川の真ん中を移動しこの近くで上陸。ブレイズベアを捕獲して南へと帰っていったようです」
あれ、前後が逆になってる? 私が川の上を走ったのはクマオを南へと連れ去った後だったんだけど……あ、正確な時刻が分からないからか。あの晩は曇ってて星も出ていなかったし前後関係が分かる情報なんて無いよね。
そして馬車担ぎが南に帰ったと考えているなら、私に対する疑いは限りなく低いはず。
「旧街道をずっと南に下るといくつかの領地を経て国の直轄領、その先の国境を越えると獣人の国『ジョアンナ女王国』に至ります。
ここから先は私の勝手な想像です。
獣人の中には大人になっても体が大きくならない一族がいます。例えば猫獣人ですな。彼らは大人になっても我々普人の子供ぐらいの身長だそうです。その彼らが身体強化の訓練を積み、フードを被れば『馬車担ぎ』に扮することも出来るでしょう」
おおう私の代わりに外国のネコミミが疑われている。
さすがにこれは寝覚めが悪い。軌道修正しないと。馬車担ぎに全てを運び去ってもらうのが一番いいのだ。
「それだと魔法が掻き消された理由が説明できないのではありませんか?」
「それが悩みのタネでして。事前に魔封じの結界を埋め込んでおけば出来ないこともないのですが、そのような結界はありませんでしたし掘り起こして持ち去った形跡も見つからなかったのです」
「じゃあやっぱり怪奇現象だったのかも知れませんね」
「その方が話としては面白いですな」
さすがに簡単には納得してくれないか。もう一押し。
「それにブレイズベアが自分から荷車に乗ったのも不思議です」
「それも非常に不思議ですな……ところで今『荷車』と仰いましたか? ここまでの話では全部『馬車』と表現されていたはずなのですが」
……もしかして私、やっちゃいました?
いや、まだだ。動揺するな私。
「え? 屋根の無い馬車という話でしたのでてっきり荷車のことかと思っていたのですが違ったのですか?」
「いえ、間違ってはいません。座席も何も無い荷車だったようです」
よしなんとか誤魔化せた……よね?
「まあ正体が何にせよリガ川で魔素を撒き散らされたのには参りましたよ。これが繰り返されるようなら何らかの手を打たねばなりません」
さーせん。もうしません。
その後、別の話題を少し話した後スージーのご家族と猟師親子は辞去した。ふぃー、疲れた。
いい加減帰りたいのだけどまだエールを飲みきれていない。怪談を聞いている最中にも頑張って減らしたんだけどまだ半分近く残っているのだ。
緊張でからからになった口にスモーキーすぎるエールは辛い。口の中が煤けてしまったような気がする。いまなら煙が吐けそうだ。
はあーっと息を吐いて煙が出ないか確かめていると、一人の少年が近づいてきた。
年齢は私と同じ8才ぐらい。髪の色は白……
「ヴォルフくん?」
「フレン様、お、お久しぶりです」
三才の頃、あのシャドウクーガー事件までは一緒に遊んでいたヴォルフくんだった。
もう何年も会っていないけどヴォルフくんのことはハッキリ覚えている。というよりあの時の彼の恐怖で引きつった顔は偶に夢に見る。
あの事件以降彼は屋敷に来られなくなったと聞いている。近づこうと考えただけでパニックになるらしい。
今でもそうなのだろう。
笑顔を作ろうとしているだろう顔は引きつっているし膝も笑っている。呼吸もおかしい。相当なストレスがかかっているように見える。当たり前だ、私が彼のトラウマの根源なのだから。意図してなかったとはいえ、彼の目の前でシャドウクーガーの頭をぐしゃっとしたのは私なのだから。
それでも私の目を見て、何事か言おうとしている。私は次の言葉を待った。
「た、助けていただいて、魔物から助けていただいて、ありがとうございました!」
それだけ搾り出すように言うとがばっと頭を下げた。
「あなたが無事でよかった。それと、来てくれてありがとう」
「失礼します!」
ヴォルフくんは回れ右すると、走り出さないよう自制しているのだろう、ぎくしゃくと歩き去って人ごみにまぎれた。
たったそれだけ。あっという間の挨拶だった。
でも彼は頑張って、かなり無理をしてまで直接お礼を言いに来てくれたのだ。胸の奥がなんだか暖かくなったような気がした。




