心当たりがありすぎる
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「二人の前途を祝して、乾杯!」
「「「乾杯!」」」
ジョッキが行き渡ったところでボブが音頭を取り乾杯、これを合図に披露宴が始まる。ジョッキを打ち付け合わないことを除けば日本と同じだ。
ただし同じなのはここまで。お色直しだの出し物だのケーキカットだの親への手紙などといったプログラムは一切ない。ただただ焚き火とエールの樽を囲んでエンドレスに食べて飲んで話す。締めもなく流れ解散。
貴族のだとまた違うんだろうけど、庶民の披露宴は唯の飲み会だ。
私はジョッキに口をつけた。スージーの言っていた通り半分以上泡みたいだ。
大分傾けたところで初めてエールが口に入る。
最初は確かに美味しいのだ。
でもスモーキーな強い香りが口に残る。飲んでいるうちに口の中が燻されたようになってしまい、それがくどくて沢山は飲めないのだ。
早く飲みきってとっとと帰りたいのに。ハンター達と顔を合わせる前に……
普段はおかずで口をリセットしているので、予定を変更してなにか食べたほうがいいだろう。少量で味を上書きするために酸っぱいレモンとか、逆にしっかりした味のもの、例えば焼いた肉なんかがいい。
水なんかだと大量に飲まなくてはならなくて、分量的にエールが入らなくなってしまう。そもそもエール以外の飲み物が出ていないし……
丁度料理が運び込まれ始める。
メインは豚……いや、多分イノシシの丸焼きだ。全長3mほど。森の中によくいるやつだ。
私が時々戦う相手のうちの一頭だろうか。毛皮を剥がれ丸焼きになってしまっていて最早区別がつかないけど、十中八九そうだろう。
そう考えると流石に食べる気になれない。
野菜はないのか、と思ってたら出て来ました。沢山の野菜が……イノシシの腹の中から。
どうやら内臓を抜き、そこに野菜を詰めて一緒に炙ったらしい。野菜に肉汁がしみこんで私が食べられないものになってしまった。ちくせう。
出てきた料理はその二種類だけ。ご馳走なのは分かるけど私が食べられるものがない。
飲み物はエール以外ない。というかいつのまにかエールの樽が追加されてる。
仕方ない、口直しは諦めて頑張って飲みきるしかなさそうだ。まさかこんな苦行が待っていたとは。
エールを休み休み飲んでいると村長と神官が挨拶に来た。
村長は頭頂部がきれいに光を反射するおじさん。神官もツルツルだしこの村の有力者には気苦労が多いのかもしれない。
型通りの挨拶をする。あんまり話すことも無いしそんなものだよね。
で、お父様は挨拶が済んだ時にはもうエールを飲みきってしまっていて、とっとと帰ってしまった。まだ四分の一も飲めていない私を残して。
しばらくしてスージーのご家族も挨拶に来た。
なんと両親は二人とも魔法騎士団員だった。しかもお父さんの方は川沿いの砦の一つの責任者だそうだ。二人とも平民出身で現在の身分は一代騎士。
スージーたちはこの村に住む祖父母に育てられたのだとか。出産する女性団員には産休を2年間(!)与えられるのだけど退団は認められないためそうなったのだそうだ。
おばあさんからはスージーの子供時代の話を沢山教えてもらった。
現在おじいさんは既に亡くなっていて農地は上の弟が継いでいる。下の弟は魔術への適性が認められて一昨年魔法学園に入学。今は夏休みで帰省しているんだそうだ。式の日取りは帰省にあわせて決めたんだって。
平民が魔法学園に入ると卒業後は魔法騎士団に入る事になる。そうなると親子二代で魔法騎士だ。
実を言えば平民の家族としては珍しくスージーも上の弟も適性はあったらしい。でも魔法騎士になる気がなかった二人は入学しなかったんだって。知らなかった。
そういえば新郎のトニーは魔法学園中退組だっけ。ということはトニーにも適性自体はあるはずだから二人の子供にも適性が遺伝するかもしれないね。
そんな話をした。エールをちびちび飲みながら。
だから完全に油断していた。
「ところでフレン様は馬車担ぎをご存知ですか?」
いきなりスージーのお父さんにそう振られて思わずエールを噴きそうになった。
「んぐっ! けほっ、けほっ……済みません、ちょっとエールが変なところに入ってしまって。いきなり怪談になってビックリしました。馬車を担いだ女の子の話ですよね。聞いたことあります」
「申し訳ありません、脅かせてしまって。
それで馬車担ぎですが、ご存知でしたら話は早い。実はこのすぐ近くで起こった馬車担ぎが絡む不思議な話があるのです」
何か知ってるの? それともカマをかけられてる? ヤバいちょっと動揺してる。落ち着け私。
「どんな話でしょう?」
うまく平静を装えているだろうか?
「先ほども申し上げたように私と妻はあの森の向こう側、リガ川沿いの砦の一つに配属されているのですが、2旬(=20日)ほど前の晩におかしなものを見たのです。
リガ川の真ん中を上流から下流へ、つまり南から北へと大きな水飛沫を上げる何かが通って行ったのです。私はもう20年近く同じ砦に居るのですがそのようなものを見るのは初めてでした。
その水飛沫自体は砦の者全員が見ていて、濃厚な魔素を含んでいたので未知の魔物が通ったのかもしれない、そんな話をしていたのですが部下の一人が妙なことを言い出しまして」
そこで思わせぶりに話を区切るスージー父。
「彼は見たというのです。水飛沫の先頭にいたのは馬車を担いだ女の子で、その女の子が水面を走っていたと」
おおぅ心当たりがありすぎる。思いっきり目立っていたのか。あの時は動転していたから隠れるとか見つからないようにとかそういうのが頭から抜け落ちていたからなあ。
「ただその時はそれ以上その話に構っている暇はありませんでした。辺りの魔素が濃くなってしまったので『Z』が現れる危険が高くなったからです。その何者かが上陸したらしい場所も見つかったのですがしばらくは『Z』に対し最大限の警戒をしなければならなかったのでそれ以上は調べられませんでした。
幸い『Z』の襲撃は小規模の物が散発的に起こっただけでしたので砦の人員だけで問題なく撃退できたのですが、落ち着くまでにも五日もかかってしまいました」
どうも迷惑をかけてしまっていたらしい。御免なさい、と心の中で謝る。もう二度とあの川の上は走りません。
「その後ようやく調査隊を例の上陸地点に派遣する事ができたのですが、残念ながら時間が経ちすぎていたこともあり何も分からずじまいでした。
普通ならここでおしまいなのですが、この話にはまだ続きがありまして。実は同じ日に森の中で馬車担ぎを見た者がいるのです」
慄きながらもしらを切り続けるしかない。とりあえず「え、そうなんですか」と当たり障りのない相槌をうって誤魔化す。
「この村で猟師をしている親子が見たのだそうです。あぁ、あそこにいるのがそうです」
指さす先には紛うことなきハンターその1その2。
「折角なので彼らに直接話してもらいましょう。おおーい! クルト先輩!」
出来るだけ顔を合わせたくなかった人達を躊躇なく呼んでくれちゃった。刑事とか名探偵とかに追い詰められる犯人はこんな心境なんだろうか。そのうち「証拠はあるんですか証拠は!」とか言ってしまいそうだ。