私、今日からたけ○こ派になります
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「フレン様いらっしゃいませ。今日もチョコレートでよろしいですか?」
お兄様たちは一度で十分だったみたいだけど私は三日にあげずホットチョコレートの屋台に来ている。お陰ですっかり顔なじみになってしまった。
前世への未練? 何のことでしょうか? 私はチョコが好きなだけなんです。
「そうなんだけど、今日はこれに入れてください」
そう言って取り出したのは広口の金属製の瓶。保温のためのカバーをつけてある。密閉していた口を開けると中にあるのは……
「おや、ホットミルクですか」
「そうです。ミルクで割るともっと美味しくなると思って」
「ご明察ですよフレン様。ミルク割りは私共の故郷でも人気がある飲み方なんですよ。出来れば店に出したかったのですけどね。王都だとミルクが手に入りづらい上に高くて」
そういいながらレードルで瓶にホットチョコレートを注いでくれる屋台のおばちゃん。
そうか、ミルクって手に入りづらいのか。そういえば領地の屋敷では毎日牧場から届いていたけど王都では自家生産だ。屋敷に乳がよく出るよう品種改良されたヤギの魔物――ミルクゴートというそのまんまの名前が付いてる――がいて需要を賄っている。今日のミルクもそのうちの一頭から貰ったものだ。彼女らは魔物らしく人間の魔力が大好きなのでお礼に少しあげたらとても喜んでいた。
おばちゃんから瓶を受け取り、蓋をしてシェイク、シェイク、シェイク。
蓋を開けて飲んでみよう……としたところでスージーに奪われる。
「まずは毒見です……あら? 美味しい!?」
くうぅ、我慢できない!
瓶をひったくるように取り返すとどぼっとコップに注いで一口……おおぅ、ミルクココアだ!! まごうことなきミルクココア。やたっっ!!
口の中の余韻を楽しんだ後におばちゃんにもおすそ分け。
帰ったら家族にも布教しよう。とりあえず瓶の蓋を閉めて……あれ、ちゃんと閉まらない。瓶が少し変形しているんだ。誰ノ握力デ歪ンダンダロウ。私ワカンナイ。
瓶の口を元に戻そうと四苦八苦している所で声を掛けられた。
「すみません、フレン様でいらっしゃいますか」
見ると一組の少年少女。二人とも私より2~3才年上って感じだ。服装からして貴族令嬢とそのお付きだろう。
声を掛けてきたのは令嬢の方。オレンジ髪のちょっと気が強そうな子だ。でも私の眼はお付きの少年に吸い付いて離れなかった。
今まで目にしなかった黒髪黒目、黄色っぽい肌、その顔立ちといいどう見ても……
日本人だ!! 日本人がいる!!!
きっと日本から転移してきたんだ! 間違いない!!(確信)
「私はクロッジー男爵家三女、ユーミ・デ・クロッジーと申します。エーコ子爵家のフレン様で間違いありませんか……あの、もし?」
「えっ、あっ、はい! エーコ家次女、フレン・ド・エーコです!」
「ああ良かった。漸くお会いできました。実は王宮での件で是非ともお礼を申し上げたかったのです。私や家族を助けていただき、誠に有難うございました」
「有難うございました」
そう言うと深々とお辞儀する二人。
「頭をあげてください。私は自分の出来る事をしただけなんですから」
気持ちは嬉しいんだけども、往来のど真ん中でいきなり頭を下げられてもちょっと困る。周りの人が何だ何だと集まってきて少し居心地が悪い。
聞くと、礼状は出したけどどうしても直接礼を言いたかったらしい。直接屋敷を訪ねる事も考えたけど色々差し障りがあり諦めていたそうだ。そこに私がよくこの屋台を訪れるという話を聞いて一昨日からこの辺りをうろうろしていたのだという。
そこまで根性入れなくても、と思う反面、ちょっとくすぐったい。
「感謝の印にちょっとした贈り物をしたいのですが、その前に」
ユーミ様は私の手元に目を向ける。
「どうやら瓶が歪んでしまってお困りのご様子。差し出がましいようですが直させては頂けないでしょうか。このローシュがあっという間にやりますから」
「え? 俺?」
転移者の彼はローシュという名前らしい。日本人っぽくない名前だ。ハンドルネームか何かを名乗っているのかな。
彼は中身を溢さないように左手で瓶を受け取り、右手を瓶の縁に沿って何度か動かした。すると断続的な煌めき――変調放射――と共に魔力が繊細に流れ、それだけで蓋が閉まるようになった。
正直何をどうやったのか全然分からなかった。
「凄い……」
返してもらった瓶を開けたり閉めたりしてみる。すごくスムーズだ。もしかして生産系チート持ち?
「ローシュはこう見えて凄腕の魔導具師見習いなのです」
「(凄腕の見習いって何? ていうか何でユーミ姉さんが自慢げなんだよ)」
「(細かい事言うな。弟分の手柄はアタシの手柄。なんか文句ある?)」
「(ユーミ姉さん、口調が素に戻ってる)」
「(あら、ほほほ)」
何かひそひそ話しているけどこの二人、乳兄弟……って事はないか、転移してきたんだもんね。それにしてもずいぶん仲が良さそうだ。
もし4年前のシャドウクーガー事件がなければ、私もヴォルフくんとこんな感じの関係になっていたりしたのだろうか。今となっては考えてもしょうがない事だけど。
「それでですね。私からの感謝の気持ちとして差し上げたいものがあるのです」
そういうとユーミ様は500mlの牛乳パック位のサイズの茶色い木箱を出してきた。
「私の父はフーゼン市というところで代官を拝命しているのですが、そこで作られているチョコレートのお菓子です。フレン様がチョコレート好きでいらっしゃるようなので、きっと気に入ると思います」
なんですと!!!
固形チョコレートの聖地フーゼンのチョコ菓子……私はドキドキしながら箱の蓋を開けてみた。
中にはどんぐりサイズのお菓子がぎっしり。
一つ手に取ってみる。
三角コーンのような形。土台はクッキーで上はチョコレート。チョコ部分にはジグザグ模様が刻まれている。おおぅこれは……き○この永遠のライバル……
たけ○こだあああぁぁぁ!!!
一つ頬張ってみる。クッキー部分のさくさく加減といいチョコ部分の丁度いい甘みと苦みのバランスといい日本のチョコ菓子と言って出されたら信じるレベル。再現度が凄い。
これだ! 私が求めていたのはこれなのだ!!
私は今猛烈に感動している!!!
「ユーミ姉さん、フレン様泣いちゃったけど大丈夫かな」
「そうね、これは予想外。ローシュ、あなたいつかみたいに変なもの入れなかったでしょうね」
「や、流石にやってないって」
「あの、フレン様? お口に合いませんでしたか?」
「お、おいじいでず~~」
「そ、そうですか。それはよかったです」
二粒目を口に含む。チョコを舐める。
記憶より風味が鮮烈だ。そして滑らかに溶けてゆく……しあわせ。
最後にクッキー部分をサクッと噛む。チョコとクッキーが混じりあって体中が満たされる。
「ローシュ、フレン様が呆けてるんだけどキツい酒でも入れたんじゃないの?」
「信用無いなあ。入れてないって!」
三粒目……まるごとかじる。弾ける至高のハーモニー。天上の音楽が聞こえてくるようだ。私、今日からたけ○こ派になります。ああ、皆にも布教しないと。
まずはお兄様とお姉様に食べさせよう。あんまり良くなかったチョコのイメージを変えなきゃ。勿論お父様お母様にも食べてもらおう。あとスージー、ついでにトニーとボブ、それから固形チョコを食べたことがないって言ってた屋台のおばちゃんにも。
「なんかくるくる回り出したんだけど」
「何なんだろう。ほんとに酔ってるの? チョコレートで酔う人って初めて見た」
「失礼ながらご心配には及びません。フレンお嬢様は食べ物がお気に召したとき偶にこうなるのです。あ、申し遅れました。私エーコ家の使用人でスージーと申します」
はっと気が付くと人の環が私の喜びの舞を生暖かい目で見ていた。うう、恥ずかしい。
屋台のおばちゃんに「食べてみてくださいっ!」と押し付けるように何粒か渡すと挨拶もそこそこに逃げ帰った。
チョコ菓子は皆に好評だった。
でもフーゼン市に行きたいとお願いしたところ却下された。
理由はお兄様が言ったような距離的なものではなく政治的なものだった。フーゼン市はあの第一王子の婚約者、悪役令嬢(仮)の実家であるヘルツァーエ家の領地内にある。つまり第一王子派の土地だから行かせてもらえないのだ。
でもローシュさんとはもっと話してみたいんだよね。
彼は間違いなく日本からの転移者だ。この世界ではローシュさんの他に日本人顔なんて見たことないし、たけ○こと共に現れたんだから。しかも固形チョコの聖地フーゼン市から。
きっと固形チョコを作ったのも彼だろう。チョコ作りの知識を持っているにしては若すぎるけど生産チートを持っているとすれば説明がつく。異世界転移のとき若返るってパターンの話もあるからそっちかも知れないけど。
後から気がついたんだけどチョコ菓子の形がこちらでも目にするきのこの形ではなく馴染みのないたけのこ型だったのはきっと「日本からの転移者がここにいるぞ!」というアピールの為だ。ローシュさんは同じ境遇の者を探しているのだろう。昼間はつい逃げちゃったけど失敗したなあ。
クロッジー家を訪ねるのも問題ありそうだし、市場で偶然会えるのを期待するしかないのかな。チョコ菓子へのお礼状に、それとなくまた彼に会いたいと書いておこう。
尚、チョコを取り寄せるのは検討してもらえることになった。大々的な移入(国内だから輸入じゃなくて移入)は第一王子派を利するので不可だけど、少し位なら検討の余地があるんだって。
派閥争いなんて無くなればいいのに。