【怪談】 馬車担ぎ
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第三者の語りです。
これは俺の友人の友人が体験した事だ。
その男は荷馬車に商品を積んで町から町へ、村から村へと渡り歩く、所謂行商人をしていた。
ある日の事。
その男は山間の村での商売を終え、大きな町へと戻る所だった。細い間道を通り抜け大きな街道に出る。男にとっては通いなれたルートだった。
唯一つ何時もと異なるのは時刻だ。商売が思いのほか長引いてしまい、街道に出た時には既に陽が傾き始めていた。
日没までに町に辿り着かないと門が閉じられ締め出されてしまう。
男は長年の相棒である馬を急かせた。
どれだけ移動しただろうか。
ふと気が付くと御者台の横を子供が並走している。年の頃は五歳くらい。ワンピースを着て赤い髪を長く伸ばしている所を見ると女の子の様だ。
男は思わず二度見した。
やっぱり女の子が横を走り続けている。
しかしこれはおかしい。
これが例えば村の出入口近くならわかる。
子供がいてもおかしくないし馬車もゆっくり走らせるから並走も難しくない。
しかしここはどこの町や村からも遠い街道のど真ん中。他に旅人の姿もない。この子供は一体どこから来たというのか。
それに馬車は速度を出している。小さな子供の足で追いつけるような、いや一瞬追いつくぐらいなら出来るかもしれないが並んで走り続けられるような速さではない。だというのに平然と横を走っている。
見た目こそ子供だがこれは魔性のもの。何か関わってはいけないものだ。
そう直感した男は、子供が振り向こうとしているのに気付くと急いで顔を逸らし、前だけを見つめていたそうだ。
しばらくは横から強い視線を感じていたが、やがてそれも感じなくなった。
それでも尚前だけを見続けていると思いの外近くから「残念」という声が聞こえ、そこでやっとその子供の気配がなくなったそうだ。
そのまま暫く馬車を走らせ、もうそろそろ町が見えてくる頃になって前から箱馬車が恐ろしいほどの速度でやってきた。
そこそこ上等そうな馬車だったが奇妙なことに曳いているはずの馬がいない。
しかも車体が大分斜めに傾いている。御者台に御者がいるが、その男も馬車に張り付いたかのに一緒に傾いている。
よく見ると馬車の下に先ほどの女の子がいた。なんと馬車を右肩に担いで走っていたのだ。
呆気にとられる男の横を馬車を担いだ女の子が走り抜けていく。
御者の他に馬車の中には身なりの良い男女がいて全員口々に「助けてくれ」と叫んでいた。
男は去り行く馬車に向かって「飛び降りろ」と怒鳴った。しかし「出来ないんだ。動けないんだ。助けてくれ!」という悲鳴だけを残し担がれた馬車はあっという間に遠ざかっていった。
助けてくれと言われてもどうしようもない。
男はそのまま馬車を町へと走らせ、入り口で門衛に見たことを子細に報告した。
笑い飛ばされるのを覚悟していたのだが、意外にも門衛は大真面目に話を聞いてくれた。聞けば時折似たような話が街道のどこかで報告されるので、一概に与太話だとは決めつけられないのだそうだ。
後は自分たちの仕事だと門衛に言われ、男はそのまま定宿へと向かった。だからその後どうなったのか、捜索隊が出たのかそれとも記録するだけに止まったのかは分からない。
ただ後で行商人仲間に話を聞くとそれは馬車担ぎだ、目を合わせると馬車ごと担がれて何処かへ連れ去られてしまうのだと教えられ、もしあの時顔を逸らさなかったら連れ去られたのは自分だったのかと肝を冷やしたということだ。
その男は今も行商を続けている。しかし町から町へと移動するときは十分余裕をもって、間違っても夕方の街道を通らなくても済むように気を付けているそうだ。