いろんな検査を受けた
評価・ブックマーク有難うございます。
王都にたどり着いたのは21日目の午前中。
延々と続く背の高い城壁。巨大な城門の上には三階建ての門楼があり、それを抜けるとまた城壁と同規模の門。
その向こうには広い通りが真っすぐに伸びている。通りのはるか先には三国志にでも出てきそうな瓦屋根の城が見える。あれが王宮かな。
道の両脇は店も何もなく壁また壁。
「なんで壁しかないの?」
「あの壁の向こうは小さな町になってるっす。“坊”って言うんですけど、貴族が住む坊、職人が住む坊、商人が住む坊、みんな壁に囲まれてるっす。エーコ家のお屋敷は小貴族の坊の一つにあるっすよ。出入口は大通りじゃなく脇道側にあるっす」
日没後に城門が閉まるが、各坊の門も深夜には閉まってしまうらしい。シンデレラみたいに日付が変わるまで踊ってたら確実に締め出されるんじゃない? というか出られなくなるのか。あっという間に王子様に捕捉されてゲームオーバーだね。
昼前にはエーコ家の屋敷に到着。こちらも王宮と同様中華風だった。そういう決まりなんだろうか。
今日はゆっくりできると思ってたら仕立屋がやって来てドレスの打ち合わせと採寸。忙しない。
打ち合わせは生地の見本とデザイン画で行う。
見せてもらったデザイン帳はやたらと分厚い。
豪華すぎるドレスはエーコ家の身分的によろしくないそうだけど、そういうのを除いてもかなりの枚数があった。
「お嬢様は華奢でいらっしゃいますからこのような感じのデザインがお薦めですよ」
悩んでいるとそう言っていくつかピックアップしてくれる。それにしても初めていわれたよ、華奢。私に怪力のイメージを持っていない第三者が見るとそうなのかな。
残念ながらスカート丈はどれも足が見えない長さ。本当は着慣れた膝丈が良いんだけどフォーマルドレスでは子供といえども足を出してはいけないんだって。
色々悩んだ末に選んだのはシンプルなワンピースドレス。ウエストのリボンがいい感じ。
生地は茜色でふんわりした感じのにした。もうちょっと違う色が良かったのだけど色のバリエーションはあまり無かったのだ。
翌日は朝から王宮にある医学所へと馬車で移動。
一緒に来るのはお父様と、何故かスージーだ。御者は昨日初めて会った執事さん。王都屋敷に常駐している人だね。
近くで見ると王宮は巨大だった。大通りではなく側面の道から堀を渡り大きな門をくぐると、郊外の大規模ショッピングモール並みのサイズの建物がいくつも並んでいるのだ。そしてそのショッピングモールの客が全員車で来ても駐車スペースには絶対困らないだろう広さの広場。多分練兵場だ。領地の屋敷も大分大きいと思っていたんだけど、これとは比べる気にもなれない。
馬車は近くの建物に入る。
文字通り馬車が建物の中に入ったのだ。車寄せ自体が建物の中に在った。馬車の中で待つことしばし、怪しげな白いローブの緑髪の男がやってきて私達を建物内へと誘った。
そのまま誰にも会うことなく応接室のような部屋に通される。
「では改めまして。国立魔法技術院附属医学所副所長を拝命しております、トゥーリ・カ・ブート・マンドレイク博士です。どうぞよろしく」
日本語で考えると凄く毒草っぽい名前だけど偶然だよね。あと肩書きは呪文みたいで聞き取れなかったけど、ここの偉い人ってことでいいんだよね。
お父様と私も名乗る。スージーはメイドなので名乗らず部屋の隅に控えている。執事さんも一緒だ。
トゥーリ先生から検査の説明を受けた。
予定は五日間。ただし状況によって伸びたり縮んだりするらしい。その間は基本お泊り。寝ている間も魔導具がずっと検査し続けるらしい。映像や音声は撮りませんとのこと。つまりこの世界にも動画があるのか。誰だ中世ヨーロッパとか言ったのは。しかし窓ガラスはないのだ。やっぱりチグハグだ。
そのまま泊まる部屋に案内される。
リビング、寝室、使用人部屋が一続きになった、立派なスイートルームだ。寝室は広め、部屋の真ん中にベッドがあるだけのシンプルな作りだ。これなら物を壊す心配は少ないね。ベッドはどうしようもないとして。
でも色彩はどうにかならなかったのかな。床も壁も天井もベッドも掛け布団ですら焦げ茶色だ。シーツだけが白。窓もあるけどやっぱり焦げ茶色の格子をはめ込んだだけの唯の穴。しかも見える景色は土むき出しの裏庭と、その向こうの灰色の壁だけだ。天井の魔道灯はきっと無彩色の白色光を放つのだろう。白、灰色、焦げ茶。落ち着くというよりげんなりする取り合わせだ。
壁の後ろには計測用魔導具が隠されているらしい。壁には触らないで欲しいといわれた。その他天井にも仕込んであるらしい。まあ気にしないでおこう。
お父様と執事さんはそのまま帰宅。
私は早速その日からいろんな検査を受けた。
トゥーリ先生は全体の指揮を執っているらしくめったに見なかった。その代わり何人もの白いローブの人が入れ替わり立ち代りやってきて検査するのだ。一体何人掛りで調べているのだろう。
検査の種類が変わるたびにあちこち連れまわされる。
何をされているのか分からないこともしょっちゅうだ。「この水時計の水が落ちきるまで身体強化を維持して」くらいだったら理解できるのだけど、部屋の真ん中に立たされたまましばらく一人にされたり孫の手見たいな道具で体中を突っつかれたり、挙句の果てには謎の歌を歌わされながら延々走らされたり、訳分からない。忍耐力でも試しているのだろうか? 普通の7才児にこれをやったら多分泣くぞ。
食事も酷い。検査食とか言って怪しげな草一種類だけのサラダ――もしかしてこれが異世界名物、新人冒険者の収入源と名高い「薬草」だろうか、妙に青臭くて苦い――とか、見た目がゼリーなのに生暖かく妙な酸味がある物体――まさかスライムじゃないよね――など、きっと栄養分だけは考え抜かれているのだろうが他はなおざりな料理しか出てこない。献立は毎食変わったけど、どれもこれも「気分をサゲるのが目的かも」と勘繰ってしまう位不味かった。
そんなストレスフルな日々が都合十日(倍に伸びた)も続き、やっと検査が全部終わった。
その日も泊まる事になったのだけど夕飯はなんとスージーの手料理! 「簡単なものしか出来ませんが」といいながら出てきたのは――――
まともなサラダ!
ふつうのバゲット!
カブとニンジンがごろっと入った塊ベーコンのポトフ!!
デザートにブドウ!!
感動で手が震える。
思わずマナーも何もかなぐり捨てて獣のように貪り食ってしまった私を誰も責められないと思う。