離れに引篭もった
晩秋のある日のこと。
夕食の席でくしゃみを堪えた。
ただ堪えただけなら何の問題もない。しかし堪えた拍子に身体強化が暴発し、銀製のスプーンの柄をひん曲げてしまったのだ。
直ぐ元に戻したのだけどさすがに誤魔化せなかった。
家族がバケモノを見る目で私を見ていた。私が転生者じゃない唯の6才児だったら耐えられなかったかもしれない。
その後、メイドさんのタレコミで私のベッドの木材がところどころ私の指の形に凹んでいるのもばれてしまった。以前うっかりやってしまった跡だ。お姉様がそれを見て「……怖い……」とお母様にしがみついていた。以前見たヴォルフくんの恐怖に引きつった顔が頭を過った。
これですっかり皆の認識が「身体強化の天才フレン」から「危険な暴発娘フレン」に変わってしまった。
ここで魔封じが効かない体質が仇となった。身体強化の暴発を止める手立てが無いのだ。
魔法の発動を抑えようと体内の魔力循環や発動前キープを止めようとした。しかしうまく行かない。意識を集中すれば確かに止められるのだけど、止めているとだんだん苦しくなってくるのだ。
しかも発動前キープを止めても魔力の色が朱いままなのだ。最初の頃は無色に戻っていたのに。そして気を抜くと直ぐ高速循環・発動OKに戻ってしまう。
完全にそういう体質になってしまっていたらしい。
使用人たちも露骨に距離をとるようになった。メイドさんに近寄りすぎて「ヒッ……!」なんて押し殺した悲鳴をあげられたこともある。
食事時に家族と顔を合わせるが表情がどこかぎこちない感じだ。居た堪れない。
だから屋敷の離れに引篭もった。
誰かをうっかり傷つけたくないから、というのは言い訳。取り繕った表情の下にあの日のヴォルフくんのような恐怖に引きつった顔があるのかと思うと耐えられなかったのだ。
離れに来るのはたったの三人。
一人目はメイドのスージー。私が誘拐されたとき一緒に居て誘拐を防げなかったことを今でも気に病んでいるらしい。
後の二人は何故か私の家で働いている誘拐の元実行犯、ボブとトニー。私に仕えるのは恩返しのためだそうだ。命が助かったのは私のお陰だと思っているらしい。
この三人にも出来るだけ2メートル以内に近づかずに済むよう気を付けてる。そのほうが気楽だからね。
もっともそれでもあまり困らない。
掃除なんかは私が席をはずしたときにやってもらうし、私は一人で着替えが出来る系令嬢なので近くに来てもらうのは食事の給仕とヘアカットの時くらいだ。
カットの時は特に気を使う。時間がかかるからだ。事故が起こらないよう終わるまで魔力循環を止め続けることにしてるけど結構根性と集中力を使う。
美容師役はスージー。ボブかトニーの方が多少身体強化できる分多少安心なんだけど、令嬢の髪を下働きの男が触るわけにはいかないのだそうだ。
スージーの腕はカットの度にもの凄い勢いで上達している。最初の頃は初心者に毛が生えた程度だったんだけどね。きっとヘアカットに目覚めたんだよね。怖いからカットの時間を少しでも短くしようと努力しているわけじゃないよね。
ついでにマナーの講師もスージーだ。威厳は無いし本人も勉強しながらだから少し不安だけど健気に教えてくれるので一緒に頑張ろうって気になる。
引篭もったといいつつ本館には定期的に訪れている。魔法を習うためだ。
本当はそれも離れでやりたかったのだけどお父様がどうしてもと拘ったので妥協した。
その代わり行き来では極力家族と会わないようにしている。どんな顔で見られるのか、考えるだけで怖いのだ。魔力感知をフルに使い、顔を合わせないように移動している。
お父様、お母様、お兄様、お姉様の魔力はそれぞれ赤、水色、黄緑、黄で、メイドさん達よりかなり強いから遠くからでもはっきり区別がつくのだ。
ちなみに色に魔法的な意味はあまりなく、重要なのは透明度だそうだ。魔力というものは滑らかに動くものほど質が良いとされているのだけれど、滑らかであればあるほど魔力が透明に近くなるらしい。つまり魔力の透明度は質の良さを表しているのだ。
その点では私の家族は私も含めかなり透き通っている。私なんか最初は完全に透明だったんだけど……発動前キープの所為で変質しちゃったんだね、きっと。
ついでに言うと属性魔法という概念は無く、当然属性魔法への適性というのも無いらしい。つまり「私は水属性しかないからファイアボールは使えません」なんてことは起こらないのだ。
さらに言えば回復魔法も無い。いや、あるにはあるんだけど自然治癒力を自己強化する魔法しかなかった。傷の治りが少し早くなるらしい。もちろん自然に治らない傷は治せない。痕の残る傷はどうしても痕が残ってしまう。期待していたのとは違ってちょっと残念。
魔法の先生はお父様でもお母様でもなく新しく雇ったおじさん。引退した魔法騎士で、名前はアンリ。家名もあるはずだけど教えてくれなかった。なんでだろ。
その話をトニーにしたら教えてくれた。
「平民が魔法学園を卒業したら一代騎士になるっす。その時に家名を貰うっすけど、大抵人には言えない適当な、というか冗談みたいな家名なんっす」
トニーは誘拐のとき御者をやっていた方だ。麦わら色の髪を短く刈り込んていて、意外と若い。その元誘拐犯だけど、家に来てからは妙に崩れた敬語を使う。
実はトニーと相方のボブは魔法学園を中退した口で、この敬語は学園で部活の先輩から仕込まれたんだそうだ。こっちにも部活敬語ってあるんだね。
「お嬢も学園敬語を覚えておくと便利っすよ。魔法学園はおかしな所で、たとえ貴族様でも学年が上の相手には敬語を使うもんなんす。相手が平民でも関係ないっす」
貴族平民関係無しに使うための敬語、ということかな。
魔法の訓練は制御がメインだ。身体強化の暴発を抑えるためなのだそうだ。暴発を抑えるという点では全然効果は出ていないのだけど身体強化の出力を20分の1程度まで下げられるようになった。その状態でもジャガイモを軽く握りつぶせますが何か?
しかも出力低下も意識していないと出来ないため、暴発時は結局フルパワーが出てしまうのだった。残念。
もう一つ残念なことにこの世界には魔力循環はないらしい。基本的に魔力は臍下丹田に溜められ、必要に応じて取り出され消費されるものなのだそうだ。私の魔力はぐるぐるするんですけど、人間じゃない証拠ですか? 魔力循環で成り立っている遠当てや魔力纏いは人間には使えない魔法ですか? 人に言えないことがまた増えてしまった。
魔法制御の訓練をしたにも係わらず偶に、ほんのたまーに身体強化が暴発した。
ビックリしたり感情が高ぶったりすると出てしまうようだ。
例えばあの、やたら走るのが早い黒光りする虫とか見たらやってしまう。でもこれはしょうがないよね。誰だって全力で飛びのくよね。人間だもの。
あと寝ぼけている時も危ない。強化が気付かぬ内に発動していたりするのだ。悪夢を見た後なんかは特にヤバい。
そんな訳でたまーに壊れる我が家だけど、なんと自動修復機能が備わっていた。聞くと城壁や重要施設(領主の屋敷を含む)には自動修復が備わっているんだって。これで多少やらかしちゃっても大丈夫だね、なんて言ったら修復は魔力と資材を消費するので出来るだけ気をつけてください、と釘を刺されてしまった。
それはともかく魔法の訓練で思わしい成果が出なかったため、お父様は私を王都の医学所に連れて行き封印方法を調べてもらおうと考えていたらしい。
しかしそれはしばらく不可能になった。
王妃が身籠もったからだ。