こっそり訓練
「結論から申し上げます。残念ながら手の施しようがありません」
医学所の先生が宣告する。
「そうですか……」
お父様が沈痛な面持ちで答える。
単に医学所と呼ばれているけどここは王都にある暦とした国の機関。魔法研究に関しては世界最高峰とも目される魔法技術院の一部であり、前世でいう大学病院のようなものなのだ。
そこの研究者達が寄って集って調査し検討し出した結論だ。駄目というなら駄目なのだろう。
「お嬢さんの身体強化はどうやっても封印できません。詳しい説明は魔封じの機密に触れてしまうため出来ないのですが、原理的に無理なのです。もちろん常に魔力枯渇させておけば別ですが、それでは意識がなくなってしまいますから選択肢には入らないでしょう」
調査対象は私、今年7才になった子爵令嬢フレン・ド・エーコ。先生方に調べてもらっていたのは身体強化を封じる方法だ。
私の身体強化はどうやっても封印できないものらしい。
何故封印する必要があるのか。
話は1年前に遡る。
私が6才の頃。
お父様の見通しは外れ、側妃派貴族からの有形無形の圧力は最初の一年が過ぎても頻度こそ減ったもののしつこく続いていたらしい。
らしい、というのは私が曝されたような物理系の攻撃は(少なくとも領内では)全く起こらなかったからだ。
後から聞いた話では書類の偽造や改竄、誣告による罠、あとは連絡を妨害するとかわざとミスして困らせてくるとかサボって足を引っ張るとかの嫌がらせがずっと続いていて、それを派閥の力を借りて何とか凌いでいたのだそうだ。
その所為かお父様もお母様も徐々にやつれ、気難しくなっていった。
当時お姉様や私は何が起こっているのか知らなかったけど、お兄様だけは両親と一緒に王都に行ったりしていたのでガッツリ巻き込まれていたようだ。こちらもよく難しい顔をするようになった。聞いても何も教えてくれなかったけど。
その頃の私はといえば弛みなく身体強化を鍛え続けていた。
私の武器は身体強化。政治関係ではまだ何も出来ないけど暴力から家族やみんなを守る力が無いわけではないのだ。そう思い磨きつつけたのだ。
その結果パワーの向上は勿論のこと何かあれば反射的かつ一瞬のうちに強化を発動できるようになっていた。
魔力操作もかなり上達し、衣服や靴に魔力を通して強靭化できるようにもなった。きっと「魔力操作IV」ぐらいだ。お陰で身体強化したまま動きまわっても服が破けたり靴が壊れたりしなくなった。
この魔法の欠点は生き物など少しでも魔力がある物には使えない点だ。
例えば枯れ葉は強靭化できるけど毟ったばかりの葉っぱは強靭化できない。まだ細胞が生きているからなんだろう。
よくある異世界物では生き物が入らない筈のアイテムボックスに摘んだばかりの薬草を入れたりしているけど、あれってどういう判断基準なんだろうね。
破壊効果抜きに魔力を纏うコツも掴んだ。これで芝刈り機卒業だ。魔力の消費も無くなったのでずっと纏っていても問題ない。
しかも纏っている魔力も私の体内魔力と同様他人に感知できないらしい。単純に放射すると見えるみたいだから循環がポイントなのかも。
体全体に纏うと泥だの埃だのが付かなくなることも分かった。もちろん雨も弾く。さらに空気も遮断する。
そのままだと窒息死待った無しなので少し隙間を開けてみたんだけど、顔の周りだけだと他の部分に熱がこもってサウナ状態になってしまった。でも全身に隙間を作ったら結局そこから汚れが入り込んでしまって意味が無い。
これは纏う魔力の循環速度を変えることで解決できた。速度を落としていくとだんだん空気を通すようになり、そのうち水も通すようになり、止めると何も防がなくなった。これで汚れ避けは勿論のこと防寒も出来るようになった。暑さはどうにもならないんだけど……
さらには以前お父様が私に使ってくれた洗浄魔法も再現できた、というかまた書庫に忍び込んで「魔術大全」で覚えた。ちなみに魔法のタイプは「放出」ではなく「魔力体」だった。分類が意味分からん。責任者出てこい。また大分時間を無駄にしてしまったじゃないか。
この魔法、水を出すんじゃなくて魔力の塊を水っぽくして汚れを洗い流すのだ。上手く魔法を調整すれば本来石鹸が要るような汚れでも落ちる。しかも本当の水じゃないから魔法を解除するだけで乾くのだ。とっても便利。
そしてこっそり訓練するには必須だ。
なにしろ訓練は人のいるところではできない。
全力で動くと目も思考も追いつかないためあちこちにぶつかるし、ある頃からドンッッ!!!という衝撃を伴った轟音が出るようになったのだ。(もしかしてこれが音速を超えたときに出るという伝説のソニックブーム?)
とにかく屋敷の近くや人のいるところでは危なくて訓練できないのだ。
でも貴族の令嬢として単独行動は許されていない。だから身体強化状態での体の動かし方を訓練するためには夜中にこっそり荒地を越えて森へと出かける必要があるのだ。
訓練すれば当然土や草の汁等で汚れ、汗もかく。汚れの方は予め魔力を纏うことで基本防げるのだが、魔力を止めたとたんにまとわりついていた土埃だの何だのが落ちてくるのだ。結果何が起こるかというと、それらが汗に吸着されて顔や髪が結構汚れてしまう。靴には泥もつく。
初めはそれに思い至らず失敗した。部屋に戻って汗を拭いたら白いタオルが茶色くなってしまい、翌日松葉っぽいのが髪に絡まっていたのも見つかってちょっとした騒ぎになってしまったのだ。
寝ぼけて外に出てしまったと言い訳したけど、私の代わりに警備担当の衛兵さんが叱責されてしまった。申し訳ない。
後でお詫びにお菓子を差し入れしたんだけど、やたらと感謝されて却って居たたまれなかった。