ああシャワーが浴びたい
少しだけグロい表現があります。お気を付けください。
「やしきにもどるのがよいです」
「確かに旦那が殺しに来ているなら先には進めないが、戻っても結局俺たちは嬢ちゃんの親父さんに殺されちまう。かといって準備なしに夜の森に入るのも自殺行為だ。もうどうにもならねー」
「あなたたちは、だいじな『しょーにん』なので、おとうさまも、ころさないとおもいます」
「しょーにん?……ああ、証人か! 確かに知っていることを洗いざらい話せばもしかしたら……!」
「成程……くそったれな選択肢の中でそれが一番マシそーだな」
「きまりですね。ばしゃにのってください」
壊さないようにそおっと馬車を起こし、向きを変える。
「いや馬車って言っても曳く馬がいねーぞ」
「わたしがひきます」
実のところ強化状態では歩行すらままならないのだが、一応の目算はある。
馬の死体、というか残骸を全て外し、革の引き綱を掴んでみる。四頭分束ねると両手に抱えなければならない太さだが大丈夫、何とかなるだろう。
二人が乗り込んだのを確認し、馬車を曳き始めた。
「うわああああああ!!」
「嬢ちゃん! 馬車が跳ねてる! 壊れる!!」
「しっかり、つかまっていてください!」
思った通りだ! 馬車の重量が適度な錘になって体の安定を助けてくれる。転ばずに走れる!
最初は馬車がガコンガコン跳ねていたけど、しばらく走るうちにコツが掴めてきてスムーズに曳けるようになった。これなら錘なしでも上手く走れるかもしれない。おっさん達も静かになったしこのまま突っ走ろう。
傍から見ればきっと物凄いビジュアルだろう。なにしろ血まみれの三才児が馬車を曳いて走っているのだ。
尤も見てる人なんていないけど。何しろ馬車の中で目を覚ましてからこっち、他の人の姿を全く見ていないのだ。この道はどうも使われていないらしい。
でも意識したら急に血の匂いが気になってきた。身体強化の所為で触覚が鈍くなってるけどきっとべたついてもいるだろう。気持ち悪い。
それに血まみれで屋敷に戻ったら皆に心配かけてしまう。
ああシャワーが浴びたい。せめて顔と頭を洗いたい。
そういえばおっさんその1は魔法を使ってたっけ。水洗い魔法は使えるかな。もし使えるなら洗ってもらおう。
……残念ながらそういう魔法は使えないそうだ。考えてみれば当たり前だよね。そういうのが使えるならあんなに臭いままってことはないはずだし。
代わりに水袋をくれたので頭から水を被る。
手で顔をこすり、髪を絞ると手が真っ赤だ。はしたないけどお尻で手を拭き、スカートの汚れていない部分で顔も拭く。
髪は比較的きれいな左袖で出来る限りふき取る。
おっさん達に聞くと大分ましになったとのこと。臭いも心持ち薄れたし、これ以上どうしようもないので移動再開。
日は既にとっぷりと暮れている。辺りは真っ暗。無事だった前照灯の明かりと、それに照らし出される轍だけが頼りだ。
やはりこの道はあまり使われていないのだろう。森を抜けて平野部に入ったあたりから道が雑草に埋もれて轍が見づらくなった。間違って轍から外れると馬車が大きく跳ねてしまう。気を付けないといけないけど難しい。
移動は明るくなってからにしようか、と考え始めたところで遥か遠くに白い明かりが見えた。
「……ッ! …………ッ!!」
何か叫んでいる。きっと私を探しているんだ!
そう思うと居ても立っても居られなかった。
「おとうさまーー!! おかあさまーー!!」
叫びながら全力で走り出す。後ろから悲鳴が聞こえたような気もしたけど構ってなんかいられない。真っすぐ明かりに向かって突進した。
「フレンちゃーーん!!」
「おかあさまーー!!」
馬を駆ってやって来たのはお母様と三人の衛兵さんだった。その前を魔法の灯りがフワフワと先導している。
お母様は馬から飛び降り私に駆け寄ってきて、急に足を止めた。顔が少し引き攣っている。
「フレンちゃん、その後ろのは何?」
後ろを振り向くと馬車、というかその残骸があった。天井や側面は脱落していて座席がむき出しになり、片側の車輪もきれいに無くなって傾いている。支柱に取り付けてある前照灯は奇跡的に無事だ。
「……トニー、生きてっか……」
「……何とかな。一瞬『女神の白い部屋』が見えたぜ……」
おっさん達は息も絶え絶えだった。なんかゴメン。