エピソード00
キラキラと目の前に降る金の光。それを見上げる私にその光が降り注ぐ。と同時に唐突に色んな映像が脳内を駆け巡った。
「ナターシャ様!??」
「お嬢様っ!」
そしてそのまま情報が多すぎてサーバーダウンするように意識が落ちた。ああ、違う。今のこの世界にはサーバーダウンなんて言葉はありえない。それは『わたし』の世界の言葉だ。
ゆっくりと開いた先は落ち着いたアイボリー色の天井。決してイケメンのポスターの貼られた天井ではない。そこで私は理解した。なるほど、これが噂の異世界転生かと。もぞと動いた身体がシーツに擦れてたてた音に反応したのか視界に顔が映り込んだ。
「お嬢様?お気づきになられましたか!?すぐに皆様お呼びしてきますのでそのままで!」
見慣れた蒼の瞳に薄っすらと涙を浮かべたマゴットが慌てて部屋を出て行く。そう、私はナターシャ。ナターシャ・フィルター。フィルター伯爵の末子。そう自分の現在をしっかり確認して溜息を吐いた。
「ナーシャ!!」
バン!と部屋に飛び込んで来たのはお父様のフィルター伯爵にお母様のフィルター伯爵夫人。そしてアレグリッド兄様とファミーラ姉様。
私の家族だ。
「大丈夫かい?ナーシャ。痛いとこは?気持ち悪くはないかい?」
「えぇ。大丈夫ですわ」
「ナーシャ、あなた2日間眠りっぱなしで…」
「お姉様…ご心配をおかけしてごめんなさい」
頭を撫でて心配そうにするお父様の横で目の周りを赤くした姉様が私の手を握り締めながら涙を流す。
よかった…と掌で顔を覆うお兄様は脱力したのか壁に凭れかかっているしお母様は今にでも倒れそうなところを侍女に支えられていた。
家族も使用人も疲れていそうな、目の下に隈がうっすらとだが見える。
泣きそうになったのを瞬きで堪えた。
そのまま心配され続けて侍女頭のアレッタがお嬢様は安静です。さぁ寝かせてさしあげましょう。と言ってくれなかったら解放されなかったかもしれない。そのまま名残惜しげに部屋を出て行ったみんなを見送り、また溜息を吐いた。
いやいやいやいや。顔面偏差値高すぎだわ。なにあれ、なにあの集団。あ、家族か。
銀の髪に紺碧の瞳。色白で手足は長く。芸能人でもなかなか居ないわ。前の世界だったら確実に見た目だけで一攫千金。
私は何故か急に前世の記憶を思い出してしまった。この世界の人には意味が分からない言葉を使ってしまわないように気をつけなければ。という位に鮮明に膨大と。そしてこういう時に決まって気づくあれ。
ここは乙女ゲームの世界だった!
とはならず。いや、分からないけど。私の家族あんなに顔面偏差値高いしゲームの世界だと言われても納得するけども…一先ず私の記憶にはない。
伯爵の娘だし我儘放題にしていた娘がある日前世の記憶を思い出してこれって自分がプレイしていた乙女ゲームの悪役令嬢!?よーし!バッドエンド回避しなきゃ!ってなってざまぁ展開になると思うじゃん。
なーいーんーでーすーよーねー。その思い出が。
というかゲームをあまりしなかったから引っかかりようもない。
こういう展開や言葉を知ってるのはラノベでそういうお話を読んだことあるから。
あれ?でもさっきの家族を見るに私の普段そこまで酷くなかった?確かに幼児特有の我儘とかはあっただろうけど、どちらかといえば末子だけど人見知りで内気だったし…
もしかして私とくに何の意味もなく前世の記憶を思い出しちゃった…?
そう思い至ってなんて無駄な…と頭を抱えた。瞳を閉じればトロトロと睡魔が襲ってくる。
でも思い出せてよかった。前世ではイケメンやら美人が大好きだったのだ。それはみんなそうだと思うけど。
芸能人を眺めて過ごしたりアイドルのコンサートに行ったりイケメンのポスターを部屋に貼ったりして幸せを感じていたのだ。
これからは毎日家族を見るたびにそれが……ムフフ!薔薇色の人生!毎日ハッピー!!
幸せな気持ちで私は眠りについたのだ。