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幕間 「そのころの魔王城」

 


「ミヤが辞めたってどういう事だよ!!」


 アルムスの怒鳴り声がティムズの部屋に響き渡る。


「どうもこうもわからん。突然辞めると言って出て行った」

「止めろよ!」

「止める暇もなかったんだ!!」


 二人の怒鳴り声だけがむなしく響く。

 突然退職を宣言して飛び出していったミヤ。

 慌てて気配を辿ってみたがすでに付近にはなし。

 気まぐれに何かに腹を立てただけでいつか帰ってくるかと待ってみたが、数日たっても音沙汰はないままだ。




「まだ見つからないのか?」


 ティムズが使い魔にあちこち探させているが、消えたようにどこにもいないとの報告が届いたきり続報はない。

 まさか人間の暮らす場所に行っているとは誰も考えてはいないようだ。


「今、ミヤが以前住んでいたところに話を聞きに行かせている」

「絶対見つけろよ」

「わかっている」


 自覚はなかったようだが、ミヤが来てからの魔王城の改善は目を見張るものがある。

 仕事がスムーズになっただけではない、お菓子という文化のおかげでみんな楽しそうだし、新しい役割や仕組みもたくさんできた。

 なにより駄々っ子だった魔王がミヤのいう事なら聞くのだ。

 ミヤは当然のように仕事をしていたが、魔王の無理難題に応えたりお菓子で和ましたり。

 実力はあるが気分屋の魔王がミヤには楽しげに話しかけ、ともすれば甘えている様子なのだ。

 こんな平和な魔王城は何百年ぶりだったろうか。

 秘書とはこんなに有能なのかと感心していたのに。


「まさか急に辞めるなんて」


 魔王に従うために産まれた存在のティムズやアルムスと違い、従属契約しているわけではないのにあの勤勉ぶり。

 自由気ままなのが魔族だが、ミヤは仕事をきっちりこなすし頼れる存在だった。

 居なくなって、その存在の大きさに愕然としていた。

 雑務をミヤがこなしてくれたのでスムーズに運んでいただけ。

 居なくなって数日だというのに、あっという間に書類やほこりがたまるようになってきた。

 ミヤにしつけられたメイドがいるにはいるが、秘書ではないのであそこまでの仕事ができるわけではない。


 当然、混乱は二人だけにとどまらない。

 お菓子作りは習っていてもリリアとロロナは面倒を見てくれるミヤがいなくなったことでやる気をなくしているし、兵士たちも新作のお菓子が出てこない事に気が付きざわめきが広がっている。


 何よりも、魔王が荒れている。



 ぶすっとした表情で椅子にふんぞり返っている魔王はリリアが焼いたクッキーを口に頬張りながら乱暴にお茶を飲んでいる。


「なんかいつもと味が違う。入れなおせ」


 慌てた様子のメイドが震えながらお茶を入れなおすが、どう頑張ってもミヤが入れた味にはならない。


「あの秘書がいないと面白くないし、菓子も茶もイマイチだ。早く連れてこい」

「今探していますが、見つからず」

「・・・なんで出てったんだ、アイツは」

「わかりません」

「クソっ!」


 魔王が乱暴に机を蹴飛ばす。壊れないのが不思議だが、魔王があまりに物を壊すのでミヤが強化の魔法をかけてくれているようだ。

 魔族は自由だ。仕事をすれば褒美を渡すが、仕事をしないからと言って取り締まる決まりはない。

 居なくなったからと言ってミヤに咎めはないが、いなくなると困る相手と言うのがこれまでいなかったので、魔王としてもどう取り扱っていいのかわからないのだ。


「・・・この部屋はこんなに荒れていたか?」


 ティムズの部屋を見回しながら魔王が眉根をひそめる。


「ミヤがいないので・・・」


 以前はいつ来ても整然としていて清潔でお菓子やお茶のいいにおいがしていたのに、今では以前ほどではないか書類が散乱していてどことなく埃っぽい。

 メイドたちも頑張っていはいるが、ミヤの仕事ぶりには追いつかない。


「ミヤ?」

「魔王がお探しの秘書です」

「名前はミヤと言うのか」

「・・・ご存じなかったので?」


 魔王の前でも良く名前を呼んでいたと思うが、気にしていなかったのだろう。

 有能だが、自分のやりたい事や気にしたい事しか頭に入れないのが魔王だ。

 ティムズやアルムスの名前は従魔契約を結んでいるから覚えているが、それ以外の存在の名前などよほどの事がないと記憶していないだろう。

 名前どころか存在すら覚えていないことが殆どだ。

 その魔王が血眼になって探している存在になっている事がどういうことなのか、ミヤは果たして理解できるだろうか。


「・・・チッ」


 苛立たしげに舌を打ち、魔王は立ち上がる。


「とにかく見つけ出せ。必ずだ」

「はっ」




 しかし、それから数年たってもミヤの足取りすらつかめないでいたのだった。



「役立たずどもが」


 使い魔からの定期的な「見つかりませんでした」報告を燃やしながら魔王は額に青筋をたてていた。

 数年と言っても魔族の時間感覚では数か月。

 それでも待つ身としては長すぎるほどだ。

 魔王の前に控えるティムズとアルムスは不機嫌のオーラに押しつぶされそうになりながら首を垂れている。


 ミヤ不在でもなんとかミヤが築いたお菓子作りの仕組みや片付けや書類整理のノウハウは残っていて、なんとかそれにしがみつくように日々が過ぎていたが、限界に近い。

 特に魔王の限界が。

 口を開けばミヤのお菓子がいいだの、部屋の片づけ方が気に食わないだの、無理難題のオンパレード。

 姿が見えない事にイライラしっぱなし。

 魔王自身、何にイラついているのかもよくわかっていない。

 自分が気に入っている存在が逃げたりいなくなったりしても、これまでは探すことも追う事もなかったのに。



「ミヤを世話していた魔女のヒイラギは見つけたのですが、魔王城に出仕してからはあっていないらしく、行く先に心当たりもないそうで。一応生まれたあたりを探させてはいますが、気配も足取りも見つかりません」

「まさか消滅したんじゃないだろうな」


 魔族は魔素の塊で構成されているので、バランスを崩し魔力を消費しすぎれば消滅することもある。

 一瞬、最悪の状況を思い浮かべてみるが、ミヤほどの魔力を使える魔族がそう簡単に消滅するのは考えにくい。

 それに、退職したとはいえ魔王城に属していた魔族が消滅すれば何かしらの痕跡が見つかるはずだ。


「ここまで探して見つからないとなると、もしかして人間がいる場所にいったのかもしれません」


 ティムズの言葉にアルムスがぎょっとした表情を浮かべる。


「人間のところ?何しにだよ?」

「ミヤは何故か人間の生態について詳しかった。菓子やお茶も元は人間が好む習慣だ。もしかしたら人間に縁があるのかもしれない」

「そんな話は聞いたことがないが」

「言わなかっただけの可能性もある」


 魔族は相手に関心を持って根掘り葉掘り聞くという習慣もないので、ミヤの過去など気にしたこともなかった。


「人間のいる場所に使い魔なんて飛ばせねぇぞ」


 魔族と人間の住む場所にはミヤが考えている以上に大きな隔たりがある。

 力が強すぎる魔族は弾かれるし、弱すぎると薄い魔素のせいで消滅の可能性がある。

 何より、あちら側の反応が怖い。


「人間に近い波長をもつ魔族は時々出入りをして人間に関わっていると聞きます。ミヤが世話になっていたヒイラギも魔女として人間と暮らしていた時期があると言いますし、もしかするともしかするかもしれません」

「・・・人間の暮らす場所、か」

「協定で位のある魔族は立ち入りができない決まりです」


 考え込む魔王。


「もしそうなら探しようがないとしか」

「俺が行く」

「は?」

「俺が直接探しに行く」

「ま、魔王さま!!??」


 迷いなく立ち上がり、魔王は魔法陣を描く。


「アチラ側との協定があるのですよ?」

「要は俺が魔王だと気が付かれないように入り込めばいいんだろう」


 魔王のオーラが急激に小さくなり、大きな角が髪の毛に隠れ、ぎらぎらと光っていた金色の瞳が薄い琥珀色に変化していく。


「魔王さま!」

「俺がいない間は好きにやってろ。仕事ができるやつを連れ帰ってきてやるから」


 何故かとても愉しそうな目をして笑う魔王が腕を振ると、その姿は忽然と消えていた。

 残された有能な部下2人はこれからの事に頭を抱えながらも、魔王に探される事になったミヤの身を不憫に思ったのだった。




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