97話 寸止め
トワがぱくんと口を開ける。
ナンパされるというのは女の子にとって嬉しいものなのだろうか。
ナンパ待ちなんて言葉もあるぐらいだし、そういう女子もいるのだろうが──
「なになに? 結構ノリいいじゃん。ならさ、俺らとパーティ組まね?」
「割とマジで当たりひいた的な? ワンチャン初物? ヒャハハ」
アイネをそういう女の子だと思ったのだろう。男達の声が明るくなる。
「あー、それは申し訳ないんすけど。ウチはもうパーティ組んでる人がいるんでお断りすするっす。ごめんなさい」
「……あ?」
だがそれも一瞬のことだった。
アイネが気まずそうに出した言葉にオールバックの男が冷ややかな声をあげる。
「え、なに? このひょろいヤツと組んでるの? やめときなよ。魔術師なんてろくなヤツいねーから」
と、オールバックの男が俺の方に振り向いてきた。
ようやくまともに目が合った気がする。どうやらかなりお怒りのようだ。
「む……そんなことないっすよ。リーダーはすっごく強いし、ウチのこと守ってくれたっす。ね?」
「そ、そうだな……」
無邪気にウインクするアイネ。それを見て男達が嫌な顔をした。
「あぁ、何お前?」
オールバックの男が肩を揺らしながらこちらに近づいてきた。
こうしてみるとかなり背が高い。アインベルやアーロン程ではないが少なくとも俺よりは目線が上だ。
「が、がんばれー……ボクは応援してるぞー……」
ふと、掲示板の方からトワの声が聞こえてくる。
その方を見てみるとクエスト依頼の紙をめくり裏側に隠れ、頭を半分だけこちらに見せているトワの姿があった。
「おい、トワ。なに隠れてるんだよ」
「いやだなぁ。ピンチの時は女の子を守るのが男の子だぞっ、頑張れイケメン!」
「ぐぬぬっ……」
安全地帯でブイサインを送ってくるトワが少しだけ恨めしい。
しかしトワの体の大きさで立ち向かえなんて言うのも無理な話しだろう。
どうしたものかと男達に視線を移す。
「なんだお前、ぶつぶつ喋りやがって。気持ち悪いやつだな」
「地味キャラとかきもいんですけど的な? ひゃはは」
二人が苛ついた表情で俺に迫ってくる。
──こういう時どのように対応すればいいのだろう……
何をいっても相手を苛立たせてしまう気がする。
ライルの時もそうだったが、こういう事態を回避できるうまい方法を俺は知らない。
やはり自分にはコミュ力ってのが無いことを痛感する。
「ちょっと。リーダーのこと、バカにすると許さないっすよ。ウチのリーダー、マジで強いんすから」
アイネが俺と男達の間に割り込みながらそう言い放つ。
……その言動はすごくかっこよかったし、ありがたいのだが。
俺がアイネに守られているような形になっているため説得力がまるで無かった。
男達が呆れたように笑い出す。
「ハハハ、田舎者ってのはマジなのかな。いいかなお嬢ちゃん。上には上ってのがいるんだぜ」
「そうそう、世の中は広い的な? ヒャハハ」
「むぅ……そんなこといったって、アンタらもそんなに強くは思えないっすよ」
「──はぁ?」
オールバックの男が眉をぴくりと動かした。
一瞬だけ、シンとした空気が俺達を囲う。
すると──
「ハハハ、ちょっと生意気なお嬢ちゃんだな。いいぜ、俺達がどれだけ強いか分からせてやるよっ……」
「ヒャッハハー」
急に男達が拳を振り上げてアイネに襲い掛かり始めた。
「あっ……」
──これは、まずい。
すぐに直感する。男達は本気だと。さっきの裏拳とはまるで違う鋭い動き。
だが俺の目は完全にそれをとらえることができていた。
目では速いと分かるのに俺の頭は遅いと告げている。
そんな奇妙な感覚を覚えながらも、その腕をつかもうとする。
……だが、すぐにそれも必要無いと分かった。
「ラァッ!」
アイネの鋭い掛け声が響く。
オールバックの男の拳はアイネの右腕ではじかれ、モヒカンの男の腕はアイネの左手でつかまれる。
そのままアイネは二人の男の腕を下に振り払うとオールバックの男の顔の前に拳をつきつけた。
「……あ?」
その拳を寸止めし、素早く体を回転させる。
腕を払われバランスを崩すモヒカンヘアーに回し蹴り。
その頭の真横にアイネのかかとが寸止めされた。
「もし、これが本当の戦闘だったら──ここで終わりっすね?」
「なっ……」
呆気にとられる二人。
だがしばらくすると顔を真っ赤にしながらぷるぷると震えはじめた。
「てめぇ、調子にのってるんじゃねえぞっ!」
「割とマジでぶっとばす的な? ヒャハアーッ!」
荒々しい声をあげながらオールバックの男がミドルキックを放つ。
合わせるようにモヒカンの男が裏拳。
「──っ! ラアッ!」
彼らの動きは確かに速い。
日本にいる時の俺では目で追うこともできず一瞬でノックアウトされていただろう。
だが、それもアイネには通用しなかった。
ミドルキックが自分の体に直撃する瞬間、ひじ打ちをすねに当ててその足を叩き落とす。
すぐに体勢を低くしてモヒカンヘアーの男の裏拳をかわすと左手でその手首をつかみ、一歩前進。
そのままモヒカンヘアーの脇の下にひじ打ちを寸止めする。
「ぐおっ!?」
「ヒャ、ヒャハ……?」
その一瞬の動きに男達は唖然とする。正直、俺も驚いた。
アイネが二人を圧倒したことではない。
アイネの動きがとてつもなく速く『見える』のにやはり遅く『感じて』しまう奇妙な感覚にだ。
「もういいっす。アンタ達の実力、だいぶ分かったから。多分トーラギルドのおっちゃん達の方が強いっすね」
ため息をつきながらアイネはモヒカンヘアーの男の手首を離す。
すると嫌味っぽく笑いながらアイネは言葉を続けた。
「いいっすか、お兄さん達。上には上がいるんすよ。ね?」
そう言いながら俺を見てにっこりと笑うアイネ。
「え、俺?」
そのアイネの態度の意味が分からず、頓狂な声を出してしまう。
だがアイネの言葉は彼らを威圧するに十分だったようだ。
「……なんだこいつ。やべえぞ」
「じ、実は地雷踏んだ的な? ヒャハハ……」
「くそっ……」
捨て台詞を残すこともなく一目散に逃げ出す二人。
少し周囲の空気がざわついた。さっきスイを取り組んできた野次馬の数ほどではないが、それなりにアイネの一連の動きを見ていた者はいたようだ。
皆、目を丸くしてアイネの事を見つめている。
「流石アイネちゃん! すごいじゃん。リーダー君の助けなんて必要なかったねっ」
いつの間にか、トワも俺の肩に戻っていた。
ぱちぱちと手を叩きながらアイネをたたえている。
周囲の視線に気づいたのだろう。アイネは少し気まずそうにキョロキョロと視線を泳がせている。
「え、え?」
「凄いじゃないかアイネ。本当にかっこよかったぞ」
そんなアイネの頭を撫でてみる。
するとアイネは照れ臭そうに舌をちろりと出しながら、小悪魔のような感じで笑みを浮かべた。
「えへへ。ウチの勝ち的な? ……にゃはは」