96話 ナンパ
「ここら辺にあるのは討伐依頼っすね。知らない魔物が多いなぁ……」
「どう? アイネちゃん、倒せそう?」
「そっすね。一応ウチのレベルなら受けられる依頼ばかりみたいっす。そんなに強くないのかな……?」
「そうなの? でもこれなんか見た目結構強そうじゃない?」
トワが俺の肩から飛び立ち一枚の紙の前へと移動した。
それを見てみると、確かに彼女の言うとおり他のものとは明らかに雰囲気が違う魔物の写真が目に入ってくる。
黒い皮膚に一部から生えた赤い体毛。口からのびる二つの牙。四足の先にある爪を禍々しい程に真っ赤に染めた狼の姿。
その姿には見覚えがある。ゲームでは、この魔物を普通に倒せるようになるのが初心者卒業と言われていたぐらいで、プレイヤーにとって一つの壁になっているものだった。
「ブラッドウルフか。確かこいつのレベルは40ぐらいだった気がするぞ」
「あれ? リーダーは知ってるんすか?」
アイネが怪訝な表情で俺を見上げてきた。
──いけない、口を滑らせたか。
「あぁ……なんか、そんな感じのをスイが言ってた気がする」
「へぇ……?」
そうなんだ、と呟きながらアイネは紙に視線を移す。
どうにか誤魔化せたらしい。
「でも見た目すっごく強そっすねー。なんかかっこいいなぁー。素材を持って帰らないといけないみたいなんで、めんどそーっすけど……ちょっと受けてみたいかも」
ちらり、とアイネが俺の方を見てきた。
そのわざとらしい表情に思わず苦笑する。
「たしかにな。でもアイネなら勝てるんじゃないかな。ドン・コボルトよりは弱いだろ」
「えへへ。じゃあ修行がてら、次はこの魔物を倒してみますかっ!」
そう言いながらアイネはぎゅっと両手を握りしめた。
随分とやる気に満ち溢れているようで彼女の耳もピンと立っている。
──それにしても、サラマンダーを倒した後はトーラに戻らなくていいのだろうか?
そんな事を考えながらぼーっと彼女の顔を見ていた時だった。
「あれぇー? なんだなんだ、随分可愛い子がいるじゃん」
「お、マジじゃん。割と当たり的な? ヒャハハ」
「ひゃっ……」
唐突に、やけに甲高い声を出す二人の男が俺の視線を塞いできた。
髪をオールバックにまとめた大柄な男と、衝撃を受ける程に刺々しいモヒカンヘアーの小柄な男。
そんな彼らから逃げるようにトワが俺の首の後ろ辺りまで飛んでくる。
「ん……?」
あまりに急に現れたその姿に俺は呆気にとられてしまう。
そんな俺をよそに、二人がアイネに話しかけはじめる。
「ねぇねぇ君、そのクエスト受けようとしてるの? 今から?」
「え、あの──うわっ」
アイネの側に行こうと歩き出したらモヒカンヘアーの男に肩を突き飛ばされた。
慌てて後ろに足を出してバランスを戻す。
「ちょっちごめんねー。君に用無い的な? ヒャハハ」
手であしらうジェスチャーをするモヒカン男。俺の方を見てすらいない。
「え、ウチっすか……?」
二人の男に阻まれているせいでアイネの姿が良く見えない。
それでも声色から困惑していることが伝わってきた。
オールバックの男が掲示板に手をつきながらアイネに詰め寄る。
「君以外誰がいるってんだよ。なぁ、どうなの?」
「そ、そっすね……今日は遅いし、どんなのがあるのかなぁって見てただけで……」
「まぁそりゃそうだよね。でもさー、こいつはマジつええ魔物だから。やめておいたほうがいいよ?」
「割と危険な魔物的な? ヒャハハ」
モヒカンヘアーの男がアイネをとりかこむように掲示板に手をつく。
壁ドンというやつだろうか。それにしては少し威圧感がありすぎる気がしたが。
「あれ、そうなんすか? でもあの魔物のレベルって──」
「40だよ40。結構ベテランの冒険者でも一人で倒せるヤツは限られてるぜ。だからさー、そいつ倒すならパーティ組んだ方がいいよ? 割と強めなヤツと」
「そうそう、例えば俺達みたいな? ヒャハハ」
「は、はぁ……」
男のテンションはやけに高い。
いかにもチャラそうな雰囲気をかもしだす声のイントネーションだ。
「……なにアレ、からまれてるの?」
我に返ったようで、トワがつんつんと俺の頬をつついてくる。
「ま、まぁ敵意は無いみたいだな。どうしようか……」
「助けてあげなよっ、キミを慕ってくれる女の子だぞっ」
「す、すまん。そうだよな……」
思わず周囲に視線を移してしまう。
アイネがからまれていることに何人かは気付いているようだ。
しかし皆、見て見ぬふりをしている。
当然だろう。あの二人の男はみるからに雰囲気が怖い。
──なんか昔、俺にカツアゲしてきた先輩みたいだな……
足がすくむのを感じる。とはいえ何もしない訳にもいかないだろう。
なんとか自分を叱咤して足を一歩前に踏み出す。
少なくともドン・コボルトに比べればこの男達に威圧感は無い。
「あ、あの──」
「だからさー、俺らとパーティ組まねえ? 君みたいな女の子一人だと危ないぜ?」
「そうそう、俺らが守ってあげちゃう的な? ヒャハハ」
「だから……さっ!」
「ぐっ!?」
話しかけようとしたらオールバックの男に裏拳で頬を殴られた。
アイネからは見えないようにやったらしい。見た目と違って陰湿な攻撃をするものだ。
そこまで痛くはなかったが一気に恐怖心を掻き立てられる。
「どうしようトワ……無視されてるよ……てか、殴られたよ……」
「うーん……可哀そうだけど、ちょっと情けないぞ……」
トワがやれやれ、と言いたげにため息をつく。
──そんなこと言わずに助けてよ、トワえもん……
「そ、そうだな……すまない……」
──いやいや、なに弱気になってるんだ俺は。
とりあえず心を落ち着かせるために深呼吸をする。
冷静になってみればあんな裏拳、余裕で回避できるレベルが俺にはあるのだ。
殴られるとは思わなかったので、つい棒立ちになってしまったが今度は違う。
戦闘に向かう心構えでいけば大丈夫なはずだ。
「あ、そうかっ! やっと分かったっす!」
と、俺がもう一度彼らに近づこうとした瞬間にアイネの閃いた声が耳に届いてきた。
「ん、どしたの?」
「急にびっくりした的な? ヒャハハ」
一瞬、男達が動きを止める。
アイネの声に気を取られたせいだろうか。オールバックの男が掲示板から手を離す。
そのことでアイネの姿が見えるようになった。
「これっ、ナンパっすね!?」
その直後に聞こえてくるアイネの明るい声。
何か面白いものを見つけた時のような雰囲気だ。
──え、なにその反応? てか、今気づいたのか?
「えっ……」
「あははっ、ウチ、田舎者だからナンパとか初めてみたっす。都市伝説じゃなかったんすねーっ!」
──都市伝説って、おいおい……
男達もその反応は意外だったのか少し驚いた様子を見せている。
「……なんか、全然大丈夫っぽいな……」
「あ、あるぇー?」