95話 掲示板
ライルが立ち去った後、俺達は意味も無くその場に立ち続けていた。
周囲の人々は遠巻きに嫌な顔でこちらを見ていたが次第に興味を失っていったらしい。
五分も経つと先ほどまでと同じように、がやがやとした賑わいがギルドに戻っていた。
「えっと、私、クエストのお話しをしてきます」
ふと、スイが我に返ったように声をあげた。
明らかに無理していると分かるその笑顔を見て、トワが気まずそうに話しかける。
「あ、あのさ……」
「大丈夫ですから。ギルドの職員さんはプロです。どんな相手でも仕事はしてくれます」
その言葉を遮ってあさっての方向を見るスイ。
ここからではよく見えないがその方向に受付があるのだろう。
スイは背伸びをしながら目を細めている。
「馬車の手配とかの手続きも込めて二十分ぐらい話しをすると思うのでどこかで時間を潰しておいてください。ギルドの入口扉に待ち合わせしましょうか」
「でも、先輩……」
「大丈夫だよ。そんな顔しないの」
スイが苦笑いをしながらアイネの頭を軽くなでる。
「にゃふ、髪が崩れるっす……」
言葉とは裏腹に嬉しそうに目を細めるアイネ。
それを見て、安心したようにスイが俺達から離れ始めた。
「──じゃあ、行ってきますね」
一度だけ振り返るとスイは人影に溶け込んでいく。
その姿が見えなくなると、肩に座るトワは退屈そうに俺の頬に寄りかかってきた。
「うーん……いきなり時間つぶせって言われてもなぁ……」
「まぁ、たしかに少し困るよな」
殆どの時間を狩場で過ごしてきたせいで俺も建物の造りをしっかりとゲームで見てきたわけじゃない。
慣れない場所で落ち着かないのは皆も一緒のようだった。
しばらく何もしないままぼーっとする。
「うー……じゃあこのギルドがどんなクエスト出してるのか見てみるのはどうっすか」
しびれを切らしたのかアイネが苦笑いを浮かべた。
「ふーん、いいんじゃない? 二十分ならすぐにつぶせるでしょ。いこうよ、ね?」
その提案にトワも乗り気のようだ。
俺の頬から背中を離し足でとん、と鎖骨の辺りを軽く蹴ってくる。
「あぁ。でも俺文字が読めないからさ、アイネ……」
「オッケー、任せとくっす」
俺の言いたいことを察したのだろう。
胸をトンと叩くとアイネは俺の手をひいて歩き始めた。
──なんかエスコートされているみたいで恥ずかしいな……
そのまましばらくキョロキョロと周囲を見渡すアイネ。
「えーっと……あ、あそこかな? クエスト掲示板」
一分も経たないうちに俺達は掲示板を見つけた。
人が多かったせいだろう。近づいてみると思ってみたより遥かにその掲示板は大きく、大量の紙がずらりと横に並んでいた。
横に十メートルはあるのではないだろうか。
「うぉー……でかいっすねー……」
「アハハ。これ全部みるの大変そうだね」
トワの言うとおり、これを見ているだけで二十分などすぐに経ちそうだ。
……文字が読めれば、の話しだが
「んーと……あ、こっちは人探し系のクエストっすね……」
と、アイネが掲示板の左の方へと駆け寄っていく。
そこには色々な人の顔写真が印刷された紙が大量に張られていた。
「へー、そんな種類のクエストがあるのか」
ゲームは魔物を討伐するか収集品を集めるぐらいしかなかった気がするのだが。
見てみると殆どが強面のおっさん達だった。
「まぁでも、魔物討伐と違ってなかなか狙って達成できないっすから。とりあえず情報だけ見ておくって感じっすかね。この辺が賞金首で……あ、ここは行方不明者っすね」
アイネが掲示板の一番左を指さす。
すると五枚程、周囲とは雰囲気の違う感じの人の写真が貼られているのが目に入った。
その中でも特に目を引くのは真ん中の写真だった。
「へぇ……こんな小さな子が行方不明に……」
それに触れながら、よくその写真を見てみる。
長い銀髪に青い瞳、長い耳。エルフの女の子だ。
見た目の年齢は幼女から少女になりかけた、といった感じだろうか。
「ふーん……でも、なんか……」
トワが少し気まずそうに苦笑いを見せる。
──まぁ、言いたいことは分かるんだよなぁ……
不謹慎かもしれないがこのエルフは非常にみすぼらしいというか、小汚い格好をしているのだ。
肩のあたりから上ぐらいしか映ってないがこの写真の服はかなり淡泊なものにみえる。
髪型もボサボサでとても手入れがされているとは思えない。
エルフという単語から想像できるような清潔感は微塵も感じないような女の子だった。
──でも、顔そのものはかなり整ってるような……?
そんな事を考えてじーっとその写真を見ているとアイネも興味を持ったのかその写真をのぞきこんできた。
「へぇ、こんな小さな子が行方不明っすか……まだ12歳みたいっすよ。可哀そうっすねぇ……あ、ユミフィって名前らしいっすよ? 報酬金も他の十倍ぐらいあるし、覚えときますか……」
写真の下に書いてある俺には読めない文字をじーっと見つめるアイネ。
エルフは長寿だとか成長が遅いとかきいたことがあるが、どうもこの少女は見た目と実年齢が一致しているらしい。
「ふーん、ユミフィちゃんかぁ。でもここら辺でエルフって、あんまいないよね?」
「そっすねぇ。北の方に住んでいるって聞いたことがあるんすけど。ここから遠い場所に住んでるんじゃないんすか? 多分、形式的に情報出したってことだと思うっす。」
ゲームでの記憶を呼び起こす。アイネの言うとおり北の方に世界樹と呼ばれる大樹があり、そこがエルフの国になっていた。
そこからこの年齢の女の子が一人でここまでくるとは考えにくい。
誰かに拉致でもされたのだろうか。そう考えると胸が痛む。
「……まぁ、あっちの方いきましょか」
とはいえ、こうしていてもその子が見つかるはずもない。ただでさえスイのことで気分が落ち気味になっているのだ。もっと前向きなことを考えるべきだろう。
俺はアイネにひっぱられ右の方へと移動していく。
すると人の顔の代わりに魔物の姿が写っている紙が目にはいってきた。