93話 高圧
意味が分からないのでライルの顔を唖然と見つめる。
それがさらにライルの不快度を上げたようだった。
かなりイラついた様子で俺の方に詰め寄ってくる。
「あのさ。君は英雄の名前も知らないのかな」
「あ、知っています」
「は? じゃあなんなのその目は」
「え、えぇ……?」
ライルがどこに怒っているのか本気で分からない。
だが多分、これに関しては俺の方が悪いのだろう……
日本でも経験がある。いつのまにか相手を不快にさせ、こんなふうに怒られたことは何回かあった。
「あぁ、いらつくなぁ。何なんだい? そのぼやぼやした目はっ!」
そう言うや否や、ライルが剣の柄に手を当てる。
そのまま剣を抜き──
「えっ──?」
――剣を抜き!? 何やってんだこいつ!?
カットされたブルーダイヤモンドのような輝きを放つ刀身が俺に向かって襲い掛かってくる。
──ん、でもこの動きって……
「ちょっとっ!」
ライルが振りかぶった剣は俺の右頬の横で動きを止める。
直後に俺の鼓膜を鋭い高音が揺さぶった。
「な、何するんですかっ! いきなり切りかかるなんてっ……」
「えっ、今っ……」
背後からスイが剣でライルの剣を受け止めた。その事はすぐに認識できた。
しかし、それに至るまでの過程が俺にとっては衝撃的だった。
スイの剣は俺の頭を『通り過ぎた』のだ。まるで俺を幽霊として扱っているかのように。
「切りかかる? 馬鹿なこと言わないでくれ。最初から寸止めするつもりだったし、スピードも落としている。そうじゃなかったら君が受けられるはずがないだろう」
「──っ!」
スイが息を吸い込む音が聞こえてきた。ライルが目を細める。
──やはり、そうだったのか。
先ほど覚えた違和感が解消できた。
どおりでライルの剣に攻撃の意思を感じなかったわけだ。
「それにしても驚いたな。君達はパーティを組んでいるんだね」
ライルが少し目を細めて俺を見る。
その反応を見て俺も思い出した。絆の聖杯の効果を。
──攻撃が当たらないというのは、こういうことだったのか……
「それが何か──」
「何か、じゃないだろう」
「んぐっ!?」
スイが剣の柄を両手で支える。スイとライルの剣の刀身がカチカチと震えはじめた。
どうやらライルが力を入れてきたらしい。
「スイ。少し無神経じゃないか。僕に断りもせず男とパーティを組むなんて。メンバーなら僕が前に紹介してやっただろう」
「す、すいませんっ……少し私には合わなかったみたいで……うっ!」
スイが腰を低くして体勢を立て直す。
純粋なパワーではライルの方がかなり勝っているようだ。
片手のライルと両手のスイでようやくスイが剣を押し返すことに成功している。
「……それならば僕と一緒に行けばいいだろう。サラマンダー討伐について僕が教えてあげることもできるのに」
「ひゃっ!?」
さすがに片手では自分の方が不利になると悟ったのだろうか。
ライルは不意に剣を下におろして鞘におさめる。
いきなり力を抜かされたせいだろう。スイの体の体勢が大きく崩れた。
「おいっ、大丈夫かっ……」
「す、すいません……」
「ちっ……」
倒れそうになるスイを抱きとめて、スイの体勢をたてなおす。
ライルの方から舌打ちする音がきこえてきた。
「それがこんな弱い魔術師と組むなんてね。スイ、一体君は何を考えているんだ」
どうも俺がスイに触れたのが気に食わなかったらしい。
俺の肩をつかんで無理矢理スイから俺をどかすと、ライルは威圧するように自分の顔をスイに近づけた。
「何考えてるんだ、はこっちの台詞っすよ!」
と、アイネの怒鳴り声が周囲に響く。
スイをかばうようにライルの前に立ちふさがり、キッと彼を睨みつけた。
「はぁ? どういうことかな」
呆れたように半笑するライル。
「普通、初対面の相手にいきなり剣を向ける人はいないんじゃない?」
そんな彼に対して、こちらこそ呆れたと言わんばかりにトワが失笑めいた声をあげた。
「なんだ君達は。言葉使いがなってないな」
ライルがそう言いながらアイネの胸倉に手を伸ばす。
その手を後ろからスイがつかんだ。
「ぐっ……!」
やや力を入れにくい体勢のせいもあるだろう。スイの顔がじわりと歪む。
──いったい、ライルは何をしようとしている?
後から冷静になれば誰にでも分かる。ライルはアイネの胸倉をつかもうとしていた。
だが俺には理解できなかった。
──なぜ、こうも横柄で暴力的な態度ができるんだ……
日本でもこういうヤツには何回か会った事がある。その時にも似たようなことを感じたことがあった。恐怖というより、何が地雷なのかが分からなくて唖然としてしまうのだ。
その時と同じような感情を覚え、俺は自分の体が動かせなかった。
「せ、先輩っ!」