92話 初対面
しばらくしてスイは力が抜けたように笑いはじめた。
黙っていたアイネも不満の声をあげる。
「なんなんすか……あいつ……」
だがその声はかなり弱々しかった。
怒っていたらきりがなくなる
スイの言葉を思い出す。
俺達はまだシュルージュに来てから一時間程度しかたっていない。
それでも、スイに対する周囲の態度へ怒りを感じることに疲れすら覚えはじめていた。
こんな悪意に日常的に晒されているのだとしたら──
「またなんか言われたの? スイちゃん、気にしちゃだめだぞ?」
「それは大丈夫ですよ。もう慣れてますから」
病床に就く少女のような力無いスイの笑顔を見ると心が痛んできた。
当事者でない俺達ですらこの短時間で辟易しているのだ。引きこもらず外を歩いているだけでも偉業のように感じる。
「それに、今回は最強の助っ人がいますからね」
そんな俺の考えが顔に出ていたのだろうか。
スイが俺を励ますようにぽんと肩を手で軽く叩いてきた。
「最強の助っ人? そりゃあ、どんなヤツなんだい?」
そんな時だった。
ふと、聞きなれない男の声が耳に届いてきた。
「えっ……」
スイの目がはっと見開く。
ほぼ同時に声の方向へと視線を移した。
「あ、貴方はっ! なんでっ──」
「やぁ、久しぶりだね」
スイの後ろで、片手をあげながら爽やかな笑顔を見せる二十代前半と思われる男の姿が目に入る。
綺麗な銀髪にスイと同じ藍色のマント。銀の鎧に体を覆い、腰には水色に輝く宝石のような剣と鞘。
まるで少女漫画に出てくるような爽やか系の美青年だった。
「なんで、とはご挨拶じゃないか。君が街を離れている間、僕がここを守りに戻ってきていたんだぞ」
「えっ、そうだったのですか? すいません……」
スイが一歩、後ずさりする。どことなく怯えているように見えた。
アイネが察したようにスイに話しかける。
「先輩、この人がもしかして──」
「ほぅ、獣人族の……拳闘士かな。なかなか愛らしい子じゃないか。僕はライルだ。まぁ、知っていると思うけどね」
そう言いながらニカッと笑いアイネに手を差し出す。
「あ、どうも……アイネっす……」
一瞬、躊躇したように見えたがアイネはおずおずとライルと握手を交わした。
それを見てライルは優しく微笑むとスイに視線を移す。
「さて、そろそろクエストの期限が近づいてきたが……どうだ。僕に任せる気になったかい?」
スイに対して距離を詰めながらライルがそう言う。
「……いえ、明日もう一回チャレンジするつもりです」
「大丈夫なのか? 僕は君が傷つく姿は見たくないんだ」
そう言いながらスイの顔に手を差し伸べるライル。
「だ、大丈夫ですので……はい……」
スイは自分の顔にライルが触れる前に、それを手でさりげなく払う。
声がだんだんと小さくなっていく。
あからさまにスイは拒絶の態度を見せている気がするのだがライルにはそう見えていないらしい。さらにスイに歩み寄ろうとする。
──ここは食い止めるべきなのだろうか?
だがライルとは初対面だ。
色々話しをきいているとはいえ、いきなり敵意を相手に向けるのはどうだろう。
「本当か? 失礼だが、アイネ君にスイと並ぶ実力があるとは思えないんだがな。この子が最強の助っ人なのかい」
「ははっ、ウチじゃないっすよ。最強はこっち」
「……は?」
だが、俺が何か行動を移すまでもなくライルはスイに近づくのをやめた。
ライルの目が俺をとらえる。
「なんだ、この男は」
……まるで汚物を見るような目だった。あからさまに嫌悪感を示されている。
しかし、シュルージュに来てからこういった表情に慣れてしまったのだろうか。
そこまで心にダメージを負うことはなかった。
「あ、こんにちは。俺は──」
「いや、いい。興味はない。それに、ここら辺にいる魔術師なんぞどうせ落ちこぼれだろう」
前言撤回。結構ダメージを負った。割と俺は繊細なのかもしれない。
初対面で凄い言われようだが俺はまずいことを彼にいったのだろうか。
「なにそれ、ちょっと失礼じゃない?」
トワが俺とライルの間に飛び立ち、きつめの声でそう言い放つ。
一瞬だけライルはトワを見て驚いた様子を見せる。
「む、妖精? 随分珍しい物を持っているな。これはお前の趣味なのか?」
だがたいして気に留めた様子は無く、ライルはあっさりとそう答えた。
そのまま俺に対して見下した視線を送ってくる。日本でも感じた事があるような、趣味がアニメやゲームだと分かった瞬間に向けられる痛々しい視線。
──それにしても、物……?
「んぐっ、ボクは……」
「トワは『物』じゃないです」
ほぼ反射的に俺はそう答えた。
視線についてはともかく、その言葉には納得がいかなかった。
トワが少し驚いた顔で俺の方にふり返る。
「はぁ?」
同時に、あからさまにライルが俺に敵意を向けてきた。
──しかしまぁ、イケメンだなぁこいつ……
少女漫画の主人公を嫌な男から守るヒーローのような表情をしている。
俺が女で、今のライルの姿だけ切り取ったらときめくこと間違いないだろう。
だが現在起きているシチュエーションは最悪だ。
「君さ。少し無礼じゃないかな」
「えっ?」
先に無礼な態度をされたのは俺のような気がするのだが、こうも覇気満々に詰め寄られると不安になってくる。
少し茫然とライルのことを見つめているとライルが不快げに唇をかんだ。
「何? その目は。僕の名前を知らないのかな」
「え、ライルさん、ですよね?」
「そう、分かるね?」
「……え?」