91話 嫌味
「おーっ、ここがシュルージュギルドかぁ」
ギルドの扉を開けるや否や、トワが感嘆に満ちた声をあげた。
そのまま俺の肩の上でぐぐっと背伸びをするように両手をあげるトワ。
遊園地に来た子供を連想させるかのような輝いた目で周囲を見渡している。
「これはでかいな……」
俺も、もしかしたらトワと同じような目をしていたかもしれない。
やはりゲームで見たモニター越しの風景とは迫力が違う。当然と言えば当然なのだが、ただテクスチャーが張られていただけの場所もしっかりと空間になっている。
トーラギルドとは異なる石でできた壁と床。受付広場の大きさはトーラギルドの三倍近くあるように感じる。
二階が吹き抜けになっているのもより多く広さを感じる原因の一つだろう。二階は食堂になっているのだろうか。時間帯が夜になっていたこともあり酒の臭いと、男達の大きな笑い声が伝わってくる。
「うわぁ、広いっすねー……てか、人多っ……うっ……」
対照的に、アイネが居心地悪そうに辺りをキョロキョロと見渡していた。
半径三メートル辺り以内には必ず人が一人いる程度には混雑している。
人ごみとまではいかないかもしれないが、長くいたい場所かときかれたら俺は絶対にノーを答える。
「ここが特別広いというか、トーラが狭いだけだと思うんだけどね……ほら、大丈夫?」
スイが苦笑いをしながら少しふらつくアイネの体を支える。
シュルージュは人口が多くギルドの大きさはそれなりなのだが特別、シュルージュギルドの大きさが群を抜いている訳ではない。
とはいえトーラしか知らないアイネにとってはかなり慣れないものだったのだろう。
アイネの表情は少し暗い。
「まぁ大丈夫っすけど……あ、ここはポーションとかも、ちゃんとあるんすね」
ふと、アイネがギルドの入口の付近にあるショーケースを指さした。
スイがその場所に視線を移す。
「あっ、でもトーラと違ってタダでは配布されないよ。薬草採取場が近くにあるわけじゃないしね。その代わりクエストでもらえる報酬も多いから」
「ふーん、経済まわしてるんすねー」
スイの言葉通り、その場所ではどうもアイテムを売っているらしい。
二十代の女性が三人ぐらいで店番をしているようだ。
「ねぇねぇ、何か買っていく? 準備はしっかりしておいた方がいいよね」
トワがそこに興味を示したようだ。
期待した表情で俺達の顔を見上げてくる。
「うーん……まぁ、そうですね……」
スイが微妙な顔を見せる。
だが、アイネはそれを見ていなかったのかスタスタと歩き出していた。
「じゃあ見ていきましょうよ。どれどれ、エイドルフ商店……?」
ショーケースの近くに移動すると上に掲げられた看板を見てアイネがそんな事を言ってきた。
俺からすれば何が書いてあるのか全く読めないのだが、どうもエイドルフ商店という名前らしい。
「こんにちは。何かお探しで……あっ」
俺達を客と認識したのか一人の女性が声をかけてきた。
だがすぐに店員が露骨に嫌な顔をする。当然スイを見て、だ。
どうもアイネをスイの連れと認識していなかったらしい。
「はぁ……何かお探しでしょうか……」
「えと……」
スイが気まずそうにショーケースに視線を逃がす。
ショーケースの中には試験管のような形をしたいくつものポーション容器が並べられていた。中には様々な色の液体が入っている。
効能の説明はその横に置かれている紙に書いているようだが何が書いてあるか全く分からない。
一応よく使うポーションがどのような色をしていたかは覚えているのだが、ここにはそれがないようだ。
何がどういう薬品なのか俺には全く分からなかった。
「あ、ウチ、ポーションとかよく分からない……」
アイネが助けを求めるように俺のことを見上げてくる。
かといってショーケースの中にある商品を直接指定することはできない。
そこでゲームで店売りされているアイテムの名前を思い出すことにした。
レベル50から100の間でそれなりに有用で、かつコスパに優れるアイテムといったら──
「まぁ、ハイポーションとかにしておけばいいんじゃないか。緊急用に五十個もあれば十分だろ」
「はぁ……?」
と、店員が頓狂な声をあげる。
特に悪意を向けたという訳ではなく本当に俺の言葉に違和感を覚えたらしい。
だが俺も彼女の態度が理解できずその場で首を傾げることになった。
するとスイがフォローをいれるように話しかけてくる。
「あの、五十個って……そんなに持ちきれませんよ……? せいぜい携帯できるのは五個ぐらいじゃないかと……」
──あぁ、そういうことか。
だが、そういう理由ならスイこそ忘れていることがある。
「トワのアイテムポーチがあるじゃないか」
「あっ、でも……」
スイがハッと息をのむ。その後、不安げにトワを見る。
するとトワは俺の肩から飛び立って自慢げに胸を張った。
「大丈夫っ、ボクのアイテムポーチなら一万個でも余裕だよっ」
「え、妖精……!?」
トワを見て店員が息をのむ音が聞こえてきた。
しかしトワのことについてつっこまれるのは面倒だと察したのだろう。
特にそこに反応することもなく、スイがベルトの内側からカードを取り出すと店員に渡す。
「じゃあハイポーションを五十個、お願いできますか。支払はギルドカードで」
「……ここでお渡しするのですか?」
店員が怪訝に首を傾げる。
トワはショーケースの上にたつと両手を上でひらひらとふりながら自分の存在をアピールしはじめた。
「あ、並べてくれればボクがしまうから。よろしくーっ」
「……?」
何がなんだか分からないといった感じでスイを見る店員。
スイが苦笑いをしながら答える。
「とりあえず、お願いできますか」
「……かしこまりました」
店員はギルドカードを受け取るとそばにあった水晶のような石をそれにかざす。
すると淡くカードと石が青く光った。そのままカードをスイに返した。
今ので、支払いが完了したということなのだろう。
「では、並べていきますね……」
首を傾けながら後ろにふり返ると店員は奥の棚からポーション容器を持ってきた。
ショーケースの上にポーション容器が並べられていく。
直接置いて大丈夫か、なんて疑問も感じたが辺りを見渡してもレジらしきものは存在しない。
五十個も買う人間なんていないせいだろう。短い距離とはいえ何往復もする店員を見て少し可哀そうになってきた。
「ほいっ、じゃあしまうねー」
とりあえず十個が並べられるとトワはそれに触れていく。
フェードアウトするように消えていくハイポーション。
「っ!? これはっ、えっ、消えた……?」
「ほらー、次、早くぅ」
あたふたと慌てる店員をトワが急かす。
何がなんだか分からないといった様子で店員がもう一度ポーションを並べ始めた。
十個並べられるのを確認すると再びトワがそれをアイテムポーチにしまう。
「ははっ、凄いっすねぇ。これ。ちゃんと後で出せるんすか?」
「出せなかったらスイちゃんのお金が無駄になるねっ」
「それは困りますって……はは……」
割と本気で心配しているらしい。スイの笑顔がひきつっている。
「……でも、五十個も買えるんすか? ウチも出しますよ?」
アイネが別の意味で心配そうにスイの顔をみる。
するとスイはからかうような声で返事をした。
「アイネ、お金ためてるの?」
「ぎ、銀貨五枚なら……」
「うん。ここは私が払うよ」
銀貨五枚というのがどのぐらいの価値なのか分からない。ゲームではゼニーとかいう適当な名前の単位だったし売り買いをしても数字が増減するだけだったからだ。硬貨を使っていたわけではない。
だがスイの表情から察するに今回の買い物をするにはスズメの涙といった価値らしい。
「お金ってどうやって払ってるんだ?」
ふと、気になってそんなことを聞いてみる。
なんとなく察しはついているが念のため確認をしておきたかった。
「あぁ、今回はギルドカードで払いました。ちょっと手元のお金で払えそうにないので」
「……大丈夫なのか?」
「ふふっ、三人分の生活を営むぐらいなら余裕ですよ。無駄に貯金しても意味がないので、ここは私に払わせてください」
「それは凄いな。ありがとう」
俺には男のプライドなんて微塵も無いので遠慮なくお礼を言っておく。
スイが少し誇らしげにほほ笑んでいるからこれでいいのだろう。
──あぁっ、スイのヒモになりてぇっ!
「それは良いご身分ですね」
店員の冷たい声が響く。ぞくっ、と背筋に悪寒が走った。
──この女、俺の心を読んだのか!?
「あっ、すいません……」
だがスイが一気に顔を暗くして頭を下げる姿を見て、すぐにそれが勘違いだということに気づいた。
今のはスイに向けられた皮肉だったらしい。
トワが最後のポーション容器に触れながら怪訝な表情でこちらを見上げている。
「いえ。お買い上げありがとうございました」
「はい……」
無愛想に頭を下げあさっての方を見る店員。
とてつもなく気まずいので俺達は人影の中へ逃げるように歩いていく。
「……あははっ、失敗しましたね」