8話 大陸の八英雄
俺の視線に気づいたのかスイが眉を八の字にまげて苦笑する。
「ナハハ、こういう事をスイは自分から言いたがらないからな。こいつは大陸の八英雄の一人、スイだ。名前ぐらい聞いたことはないか?」
俺は首を横に振る。それを見てアインベルは拍子抜けしたように首をかしげた。
──大陸の八英雄?
そんな単語も俺には聞き覚えがない。
やはりここはゲームの世界と同じようでどこかが違う。
と、俺の内心を察したのか、気まずそうにスイが声をあげてきた。
「ち、違いますって。大陸の英雄は七人です。私は別に──」
「なーに言ってるんすか。キマイラを倒した時から八人目の英雄として先輩は超有名人っす! そのレベルは、なんと95! 父ちゃんよりも高いっす! ……あたっ!?」
まるで自分のことを自慢するかのように胸を張るアイネに、アインベルが軽く拳骨を当てる。
「アイネ、父ちゃんじゃなくて師匠とよべといつも言っておるだろうが。……だが、アイネの言うことは本当だ。スイは超凄腕の剣士でな。旅に出て一年しか経っとらんというのに噂がこんな田舎まで流れてくる。まったく、末恐ろしいヤツだ」
それをきいてスイは小さくため息をついた。
「うぅ、そんなたいそうなものじゃないですよ。英雄と呼ばれる方々はみんな私より強いですし……ちょっと、盛ってるんです。気にしないでくださいね」
髪をいじりながら居心地悪そうにスイはそう俺にいいかける。
だが俺はどちらかというとアイネの言葉の方に信憑性を感じた。
まだ会って間もないがスイは褒められるのが苦手な性格だということはある程度察しがついている。
本当に有名で実力のある剣士なのだろう。まさか大陸の英雄とまで呼ばれる程の存在だとは思わなかったが。
「むぅ、先輩はやっぱ謙虚すぎるっす。もっと自分の功績を見せつけてやるべきっす。先輩のおかげで父ちゃ……師匠も弟子が増えたんすよ。まぁ、今は五人もいないけど」
「最後は余計だ。名ばかりにつられた腑抜けが多くてな。たいして努力もせずにスイのように強くなれると思っとる奴等が結構きたもんだ。最近は減ってきたがな……」
困ったもんだ、と苦い顔をするアインベル。しかしその表情はすぐに明るくなった。
「だが、育て甲斐のあるヤツが何人かは来てくれた。これもスイのおかげだな。感謝する」
「そんな……それに多分、私の噂のせいで逆に迷惑を……いや、やめましょうか……」
少し表情を暗くしながらスイは首を横に振る。
褒められるのが苦手な彼女らしい、ということなのだろうか。
「さて、話を戻すが。これから仕事を見てもらう。大丈夫かね?」
ふと、アインベルはパンと手を叩き話題を変えた。
確かに少々脱線が過ぎたかもしれない。スイの表情に少し違和感を覚えたがそれはおいておくことにする。
ニートだった自分がいきなり仕事を覚えるのは大変そうだが、この人ならブラックなことはさせないはずだ──
「はい、よろしくお願いします」
一応、礼儀は正した方がいいだろう。
日本では就職活動に失敗しまくった俺だが最低限の礼儀は一応、心得ているつもりだ。
俺は姿勢を正しアインベルに改めて視線を向けると深く頭を下げる。
「ナッハハハ、ギルドに寄る冒険者は気性が荒いやつが多いからな。君みたいな好青年なら大歓迎だ。よろしくたのむよ」
「ウチからも、これからよろしくっす。一緒にお仕事することは少ないかもしれないけど、ここは人が少ないから結構顔を合わすことになると思うっすよ」
にっこりと笑みを浮かべながら手を差し伸べてくるアイネ。
スイに負けず劣らず、この子も俺の人生で知る限りトップクラスの美少女だ。
手を握るのは少し緊張する──
「はい、よろしくお願いします」
だがその無邪気な笑顔がその緊張をときほぐしてくれた。
変に緊張するのは自分が変な目でみているからに違いない。
そう考えて一度深呼吸をすると自分でも不思議なぐらい自然にその手を握ることができた。
──もしこんな人たちが現実世界にいたら、自分はニートなんかにならなかったんじゃないだろうか……
そんな今までの自分に対する言い訳を考えながらも、俺はこれからの仕事に少しわくわくしている自分に驚いていた。
†
「スイ、さっきの話だが……少し考えさせてくれないか」
その青年がアイネに案内され食堂に移動したのを見送ると、アインベルは重々しい声色で口を開く。
「もちろんです。しばらくはトーラに滞在しますので……」
対するスイの顔も少しだけ重々しい。
「うむ、すまんな。なるべく良い答えが出せるよう努力する」
彼の向かっていた方向をじっと見つめながら。
スイの方を振り返らず、アインベルはその場から立ち上がった。