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86話 気功縛

 ニヤリと笑みを浮かべた。

 練気の光を放つ手の平を頭上にかざす。


「気功縛・白刃取りっ!」


 直後、強風が吹き荒れるような、ごうごうとした音が鳴り響いた。


「えっ……」

「わお」


 スイが目を見開く。トワがヒュウ、と口笛をふく。

 目にうつるのは斧を見事に両手で挟み込み、その勢いを殺したアイネの姿。

 拳の光が縄のように形を変えて、ドンの体全体を縛り上げ、ドンに苦悶の表情を浮かべさせている。


「ふ、ふふっ……こ、これ……今度、先輩と組手する時に使おうと思ってた、とっておきだったんすけどね……」


 アイネの頬に一筋の汗が流れる。急いで拳に練気をかけなおす。

 ここまで連続してスキルを使用した負担はかなりのものだと思われる。

 それでも、彼女は気丈に笑みを浮かべていた。


 気功縛・白刃取りは練気・拳状態で使える技。

 武器を用いた相手の近接攻撃を無効化し、同時に相手の動きを封じるカウンター技だ。


 ……そう、この技は『武器を用いた』相手の攻撃にしか効果が無い。

 だからアイネは斧をドンに『渡した』のだ。


「気功縛!? アイネ、いつの間に……」


 これにはドンだけではなく、スイも相当驚いたらしい。

 そんな彼女に見せつけるかのようにアイネが高らかに声をあげる。


「いくっすよ!」


 一度、地面に拳を突きつける。

 隙だらけの体勢だが関係ない。相手は気功縛により動けないのだから。


「ラアアアアァァァッ!」


 地面から何かを吸い上げているかのように、アイネの拳に纏われた光が上に舞い上がる。

 青白い光がその色を金色に変えた。


「地襲崩獣拳!」


 アイネが一歩、足を前に踏み出した。体をねじりながら右の腕を振り上げる。

 金の光が虎の頭のようなシルエットに形成される。そのままアイネは拳を突き上げた。

 渾身のアッパーがドンの腹部に直撃する。

 同時にドンの体を縛っていた光の縄が消滅した。

 ドンの巨体が宙を舞う。

 

 地襲崩獣拳は獣人族の拳闘士が使うことができる高威力技。

 攻撃の準備動作も長く燃費もやや悪いがその威力は折り紙つきだった。

 ゲームでもアイネがやったように気功縛で相手の動きを封じてから叩き込むのがセオリーだったのを思い出す。

 

「はぁっ、はぁっ……どうすかっ!」


 ドシンと、背中から地面に叩きつけられるドンを前にしてアイネが膝に手をあてた。

 荒い息を整えながらゆっくりと上半身を起こす。

 同時にドンも膝をついて起き上がってきた。


「ま、まだ立つんすかっ……まいったな……これ、まだウチには消費が多すぎるのに……」


 手の甲で頬をつたう汗をぬぐう。

 アイネの息はあがったままだ。さすがに戦闘を続行するのはつらくなってきたらしい。

 だが──

 

「……?」


 ドンは膝をついたまま立ち上がらない。

 しばらく呆然とアイネを見つめていたが、ふと斧を手放して頭を下げる。


「ん? あれ?」


 アイネがきょとんと首を傾げた。

 それでもドンは俯いたまま動かない。


「もしかして、負けを認めているんじゃないか?」


 どうもドンが戦意を喪失しているように見えたのでアイネに近づいて声をかけた。

 アイネが怪訝な顔で振り返る。


「え、まだ戦えそうなのに?」


 たしかにアイネの言うとおりドンが完全に動けない程に傷ついているとは思えない。

 だが、最後のアイネの一撃は相当なダメージを与えたようだ。

 立ち上がるのがかなり辛そうに見える。

 もとより殺し合いをしている訳ではないのだ。引き際を見極めたということだろう。


「…………」


 スイが鋭くドンを睨みながら近づいてきた。

 トワが呆れたように話しかける。


「アハハッ、そんなに構えなくても大丈夫だと思うよ。多分本当に戦えなさそうだから」

「それでも油断はしません。不意打ちをされる場合だって……」


 スイが剣を構えてドンに対し警戒の体勢をとる。

 ドンは同じ体勢のまま動かない。そこまでする必要はないと思うのだが──

 とはいえ、アイネが勝てたようで安心した。肩で息をするアイネの背中をさすってやる。


「かっこよかったよ。お疲れ様」


 そう声をかけるとアイネが笑みを浮かべた。

 

「へ、へへっ……ウチ、ちゃんとリーダー守れたみたいっすね。必要は無かったかもしれないけど……」


 その笑顔に少し自虐的な色を感じた。


「……いや、そんなことない」


 彼女が何を考えているのか正確には分からない。

 だが、なんとなく察するに彼女は自分の力を認めてほしかったのではないだろうか。

 自分にもボスを倒せる力があると。サラマンダー討伐には協力できないにせよ、自分も戦闘で役に立てることはあるのだと。仲間として、自分の存在意義を示したかったのではないだろうか。

 そう考えて俺はアイネの頭に手を当てる。そのままゆっくりとアイネの頭をなでた。


「結構ビビってたから助かったよ。ありがとな」


 我ながら思い切った行動をしたと思う。

 何度か抱き着かれていたせいか感覚が麻痺していたのだろう。

 

「……うん」


 少し目を細め、ぴくんと耳を動かしながらアイネが優しく笑う。

 嫌がられなくてよかった。内心でほっと胸をなでおろす。

 アイネの笑顔から自虐的な色が全てとは言わずとも、少しだけ消えているように見えた。


「な、なんですかっ!?」


 ふと、スイの声で振り返る。

 するとドンの周りを取り囲みスイに対して威嚇の体勢をとっている何匹ものスティールキャットの姿が目に入ってきた。


 ──いつの間に現れたんだ? コイツら……


「スティールキャット……ドンを守ろうとしているのかな?」


 トワがそう言いながら苦々しく笑う。

 たしかに、ドンに対し警戒心を見せているスイに対してのみスティールキャットは敵意を向けているようだった。


 それにしても、スティールキャットはドンに守られるためにその寵愛を受けようとすると話しには聞いている。

 そのスティールキャットがドンを守ろうとしているということは──


「はぁ、これじゃ私が悪者じゃないですか……」


 スイが一つため息をついた。

 もとよりスイにとってドンは格下の魔物だ。

 アイネとの戦闘で傷ついたドンにならば不意打ちをされてもスイは完璧に対応できるのではないかと思える。

 その余裕もあってのことだろう。スイは黙って剣を鞘にしまいドンに背を向ける。


「……ウチ、話してくる」


 アイネが俺を見上げてきた。その顔の筋肉からは緩みが消えている。

 とりあえず頷いて背中を軽く押してやる。 

 するとアイネは安心したように、ふっと頬を緩めるとドンの方へと歩いて行った。


「あの、ごめんね。そんな素敵な奥さんたちに囲まれる貴方はとても魅力的なんだろうけれど……ウチ、好きな人がいるから。気持ちには応えられない……」


 アイネの言葉をきいてもドンは動きを止めたままだ。


 ──これはきっついなぁ。


 失恋の場面を直接見るというのは中々に気まずいものだった。

 魔物が相手というのが、なんかシュールだったが……


「……あの、さ。ウチらがなんでここにきたか、聞いてくれる?」


 それでも真摯にその気持ちと向き合う姿勢に心打たれたのか。

 ドンはそのアイネの言葉にうなずいてくれた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 種族固有のスキルがあるなら、リーダーにも使えないスキルがあるってことか(^^)
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