81話 魔物の住処
「やっぱり歓迎はされませんよね」
ウェイアス草原に戻り集落に移動した俺達は、そこで足を止めることになった。
ある程度まで集落に近づくと俺達に気づいたコボルト達がわらわらと集まってきたのだ。
数十匹のコボルト達が集落に入ろうとする俺達を取り囲む。
「やっぱり魔物の住処だったんですね……」
スイが小さくため息をつく。そして静かに剣の柄に手をあてて戦闘体勢に入った。
こうして近くにまでくるとここに人が住んでいないことははっきりと認識できる。
「マジかよ……」
一方、俺は情けないことに完全に委縮していた。
コボルトをこんなに近くでみたのは初めてなので圧倒されてしまったのだ。
各々の身長はスイやアイネよりも低くそれほど高くはない。
しかし、全身を覆う荒々しい体毛と、人間とはかけはなれた犬の顔、各々が手に持った物騒な武器の存在感が恐怖心を煽る。
ファルルドの森のムカデのように生理的嫌悪感をひきだすものではないのが救いだったが相手の数は数十匹だ。
昨日、そのコボルト達を蹴散らしたスイが横にいるのに足が少しすくんでしまう。
頭では恐怖する必要のない相手であると分かっている。だが体がついてこなかった。
「どこにドンがいるんすかね? こいつら倒せば出てくるとか?」
アイネがぴょん、と一回軽くジャンプする。
どうもビビっているのは俺だけらしい。
「ひゃぁぁ……攻撃されないといいなぁ……ボクは隠れてよっと……」
訂正。トワもビビっているようだった。
ひょいっとコートの中に隠れてきた。
「ねぇ、変なスピードで動かないでよ? ボク、ポケットの中でつぶれたくないから」
「分かったよ……」
トワの言葉で少しグロテスクな想像をしてしまった。
トワが内ポケットにいる時に無影縮地を使ったらどうなるのだろう、とか。
「にらみ合いじゃ埒が明かないですね。私がきいてみます」
と、スイがそう言いながら前に歩き出す。
俺達を取り囲んでいたコボルト達がざわめいた。
警戒心をあらわにする低いうなり声が大きく響きはじめる。
「スイ……?」
「大丈夫ですよ。この相手なら私一人でも勝てますから。……安心してください、貴方は私より強いのだから」
穏やかにほほ笑みながら俺の方に振り返るスイ。
……どうも、俺がビビっていることは完全にバレているらしい。
だが、スイはそれについて全く責める態度も、呆れた様子も見せていない。正直かなり有難かった。
「すいません、ドン・コボルトに会わせていただきたいのですが。私の言葉は分かりますか?」
再びコボルトの方に歩き出して、そう問いかけるスイ。
しかし、それは相手にとっての地雷だったようだ。
警戒心が限界を超えたのか一匹のコボルトが手に持った斧でスイに襲い掛かる。
「先輩っ!」
アイネの叫び声が響く。
だがその声が俺の耳に届く前に、スイの剣がコボルトの斧を弾く姿が目に入ってきた。
「……おかしいですね。コボルトは人間の言語を理解できる程度の知能があるってきいたことがあるのですが」
後ろ姿からでもはっきりと伝わるスイの殺気。
それが彼女の剣速を数倍に見せているような気がした。
コボルトが持っていた斧が地面に落ちたのを確認するとスイが冷ややかな目で周囲を見渡す。
それを契機に、周囲のコボルト達が襲い掛かってきた。俺の背後にまわりこんでいたコボルトも容赦なく行動を開始する。
「やばっ、リーダーッ!」
アイネが瞬時に反応し俺の背中に回り込む。
そのまま練気・拳を発動し自らの拳に青白い光を纏わせた。
だが、その瞬間──
「ブレイズラッシュ!」
スイの声が空中から俺の耳に飛び込んできた。その方向を見るとジャンプしたスイが剣を両手で抱えながら俺達の方に降りてくる姿が目に入ってくる。
いつの間にジャンプなんてしていたのだろうか。そんな疑問を感じる頃には彼女は優雅に着地をし、地面に剣を突き刺していた。
俺達を囲うように円形の炎の壁が爆発音と共に出現する。
襲い掛かってきたコボルト達が宙を舞うのが確認できた。
「おおっ……」
「さっすが先輩!」
炎の壁が収まるころには立っているコボルトの数は数匹にまで激減していた。
地面にささった剣を素早く抜き去りコボルト達を睨むスイ。
「もう一度、言います。ドン・コボルトに会わせてください」
──怖い。
はっきりとそう感じた。
コボルトではなく、スイが。
魔物の命を散らすことに一切の躊躇も無く、静かに殺意を放つ。
その姿を見て俺は真っ先にそう感じてしまった。
そもそも、ムカデ達とは違って人のシルエットに近い魔物が死ぬ様を間近でみるのは、やはり抵抗感がある。
相手もスイの命を奪うことに躊躇いは無いであろうからお互い様といったらそうなのだろうし、これがこの世界での常識なのだろう。
現にアイネはそんな俺の葛藤など全く無いらしくスイに賛辞の言葉を送っている。
──やはり、この世界は恐ろしい。
命のやり取りがこうも普通に行われているのだから。
――ふと、自己嫌悪の感情が胸を走る。
スイは俺の失くし物を探すために行動してくれている。
それなのに、こんな恐怖をスイに感じてしまうなんて失礼極まりないだろう。
そう頭では分かっているのだが気持ちがついてこなかった。
そんなことを考えていると──
「あっ……」