7話 拳闘士の黒猫娘
「ナッハハハハ、いやあ、すまんすまん。早とちりはワシの悪いくせでのお」
「ごめんなさい……」
先ほどの騒ぎが落ち着いた頃。
スイと俺、獣人族の男と少女は四人でギルド内のテーブルに座っていた。
「はぁ……いきなりこんな恥ずかしい目にあうなんて思いませんでしたよ……」
ため息をつき額に手を添えるスイ。それには激しく同意したい。
「いやぁ、しかしだな。スイの年齢なら嫁入りするおなごも多いだろう。お前もそろそろ男ぐらい……」
「……その話、まだ続けますか」
スイが少し声を低くして男の言葉を遮る。物凄い真顔で。
「じょ、冗談だ、冗談……」
それを見て、男は手のひらを胸の前に出し、どうどうと言いながらスイを落ち着かせる。
「んで、その人は誰なんすか?」
と、獣人の少女が俺の方に視線を送ってくる。
それは話にどうも入っていきにくい雰囲気だった俺にとっては実にありがたい助け舟だった。
「はい。俺は──」
俺は自分の名前と、スイに助けてもらった経緯を伝える。
話を聞き終わると男は顎に手をあて俺のことをじっくりと見つめてきた。
俺にとっては少々気まずい空気が流れる。
「ふむ、行き倒れか。魔術師ではないのかね」
「はい……俺はただのプレイ……いや、なんていうか、その……」
プレイヤー、と言いかけて言葉を濁らせる。
そんな単語を彼に言った所でわかるはずがない。どう伝えたらいいだろうか──
「なーんか怪しいっすね……」
それが当然の反応だろう。
獣人族の少女はじとり、と半目になりながら俺のことを見つめてくる。
「そう言うなアイネ。緊張しているが、一生懸命話そうとする姿勢はしかと見える。見た目も良い青年ではないか。スイの彼じゃないならお前の彼にしてみてはどうだ?」
──なんですと!?
よくこの空気でそんな事がいえるものだ。
あっけらかんと、そんなことを言う彼に俺は声を出すことができなかった。
「うぇっ!? ウチにはそういうのはまだ早いっすよ。でも、結構イケメンだし……割とありかも? でも、会ったばかりだし……」
「は、はは……」
ありなのかよ、と心の中でつっこむ。
どうやら彼女は、割とその場のテンションで話すタイプの子のようだ。
それはさておき、ここで働けなければ本当に野垂れ死にすることになる。なんとか誠意を伝えて雇ってもらうしかない。
まさかこんなところで就職活動をすることになるとは思わなかったがコネがある分、日本の時より遥かに楽なはずだ──
「あの、それで……俺……あ、僕を仕事につかせてくれないでしょうか。お願いします……」
「ナハハ、そんな堅苦しくならなくても良い。ワシはアインベル・シュヴァルト。ここのギルド長をしている」
机に肘を置きリラックスした体勢になりながら男はそう言い放つ。
「ウチはアイネ。アイネ・シュヴァルト! そのギルド長アインベルの娘っす!」
アインベルにあわせて横にいた少女も名前を名乗る。
アイネ──昨日スイと話した時に出てきた名前だ。
スイの妹弟子だったとか聞いた覚えがある。……アインベルの娘というのには少々驚きだったが。
年齢はスイより少し年下と言った感じで十代前半という印象を受けた。
アインベルと同じく黒い猫耳。その内側にはふわふわと灰色の毛が生えている。
黒色の髪を後ろに三つ編みで一つにまとめ、背中のあたりまでおろしたおさげの形。
動きやすそうな、袖が広く黄土色に近いオレンジ色の道着のような服を着ている。前は開けて中には黒いシャツ。おしゃれのつもりなのか、腰にはメイド服にくっついているリボンのような形をした藍色の帯がぎゅっと結ばれていた。
なるほど、スイの言った通り可愛らしく、そしていかにも拳闘士らしい恰好だ。
「仕事として指示には従ってもらうことはもちろんあるが上下関係というのは、ワシは強く求めない主義でな。是非、気楽にしてほしい」
この言葉、社交辞令だとしても俺にとってはうれしい言葉だった。
パラハラとかが無いなら日本で働くよりよっぽどホワイトかもしれない。
「君は、戦闘はできないんだったな?」
「はい、できないと思います……」
「よいよい。ならば早速、今から軽い仕事を覚えてもらう。なに、食堂で皿洗いをするだけだ。住む場所はあるのかね?」
「いえ、無いです……どこにもいくあてがなくて……」
「では、ギルド員の寮を貸そう。給料は天引きになるが、そこは許してくれ」
「はい、もちろんです」
頭を下げるアインベルに恐縮する。
……もしかしなくても、このアインベルという人は良い上司なのかもしれない。
トーラギルドにはゲームの中でもきたことがある。しかし、そこで働く人たちはモブキャラ扱いだったのでその名前や性格などは殆ど把握できなかったのだ。
どこかゲームの細かい裏設定を見ているようでワクワクする気持ちを抑えきれない。
「うんうん、素直そうな新入りさんっすね! ウチも後輩ができてなんかうれしいっす!張り切って仕事教えるっすよ!」
先ほどまでの疑いの眼差しはどこへやら。二の腕に手の平をあててガッツポーズをするアイネ。
スイの言っていた通りすぐに仲良くなれそうだ。
俺はともかく、彼女のコミュ力は高そうだし。
「お前は戦闘要員だろうが。そんなんでもエースなんだ、自覚をもて」
と、張り切って身をのりだしてくるアイネの頭をぽんぽんとアインベルが叩く。
てへへ、と笑うアイネ。
「エース……」
それは少し意外だった。~っす、なんて口調や後輩ができてうれしい、という言葉からアイネも新入りの方だと俺は思っていたからだ。
「へへ、これでもウチはレベル50の拳闘士っす! ギルドの現役戦闘メンバーじゃウチが最強っすよ!」
「調子にのるな。お前なぞまだまだワシには遠く及ばん。スイのように謙虚になれ」
「レベル50か……」
俺はそれを聞くと苦々しく笑みを浮かべた。二つ、驚いたことというか疑問が浮かんできたのだ。
まず一つ思ったのはレベルという概念がここでもあるのか、ということだった。
ゲームとは違って、ここではステータス画面が見れるわけではない。どうやってそれを確認するというのだろう?
加えて、レベル50という数値の微妙さだ。というのも、ゲームの中ではレベル50というのはむしろ低レベルと言える数値だからだ。
俺のやっていたゲームのカンストレベルは200。俺はそこまで数々のキャラクターのレベルをあげている。
しかし、アイネのレベルはその四分の一しかない。それでもエース、になるということはこのギルドのレベルが全体的に低いのだろうか──
しかし、俺はすぐにその考えを改めた。
ゲームではプレイヤーキャラクターが100もあればNPCが英雄扱いしてきた記憶がある。世界観上は50という数字はそれなりのものだったはずだ。
誰もよりつかないような死地に向かい、ぽんぽんレベルを上げていくプレイヤーキャラクターのレベルを現実に生きている人たちと比較することがおかしい、ということだろうか。
「まぁ確かに先輩の前で最強とかおこがましかったっすね」
てへへ、と笑いながらわざとらしく舌をちろりと出すアイネ。
それを見て俺はふと気になった。
スイはどのぐらいの強さなのだろう。
ギルドに入ってきた時のアインベルの会話から察するに相当のレベルの高さだと思われるが――
「……もしかして、私のことが気になります?」