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76話 魔物の生態

 ふと、俺達の背後から男の声が耳に届いてきた。

 ひゅんっ、とトワが俺のコートの中に入ってくる。隠れているのだろうか?

 それはさておき、振り返るとさっきスイがお金を払った男がこちらの方を見つめている姿が目に入った。


「ハハハ、失礼したな。立ち聞きするつもりじゃなかったんだけど」


 男は頭をぼりぼりとかきながらヘラヘラと笑う。

 するとスイが姿勢を正してその男に返事をした。


「いえ、どうも彼がオカリナを盗まれたみたいなんですよね」

「オカリナ? オカリナって楽器のあれか? 随分変わったもの持っていたんだな。魔術師のような恰好しているが、吟遊詩人なのかい?」


 男がじっと俺の事を見つめてくる。

 当たらずとも遠からずだ。吟遊詩人はクラスの一つで俺もレベルをカンストさせている。

 どう答えたものかと考えているとアイネがフォローするように返事をしてくれた。


「いや、前にウチがあげたやつなんすよ。ゴーレムの泥から作ったっていう……」

「ほぉ、ゴーレムのオカリナねぇ。彼女さんのプレゼントかい」


 ニヤリ、と男が笑みを浮かべる。


 ──どの場所でも、色恋沙汰は興味の対象になるんだなぁ。


 からかわれるのが面倒なので黙っておくことにした。


「鋭いっすね。そんなところっす」

「おいっ!?」


 と、思っていたが止めた。アイネが暴走しかねない。


「ハハハ、活きのいいカップルだ。それなら取り返さないといかんだろう。スティールキャットに盗まれた物の行き先なら心当たりがあるぞ」

「えっ、本当ですかっ!」


 前半部分はともかく、後半に重要な台詞が出てきた気がする。

 手のひらを返すようで申し訳ないが、俺は彼に対して身を乗り出した。


「あぁ。実はここら辺に出てくるスティールキャットはな。愛人なんだよ」

「……は?」


 だが、放たれた意味不明な言葉に硬直する。

 すると、男も俺につられたかのようにしばらく硬直し、その後に首をかしげた。


「愛人? いや、愛ネコといった方がいいのか……?」


 男はそう言いながら自問自答を始める。

 だがすぐに俺の方を見ると答えを返してくれた。


「ドン・コボルトって知ってるか? ここら辺に住むボスモンスターなんだけどな」


 その名前なら聞き覚えがあるので、とりあえず頷く。

 たしかに、ここウェイアス草原で出現するボスモンスターだったはずだ。


「私も名前だけなら……」

「ウチは知らないっすね。こっちまで来たことないし」

「なるほどな」


 俺達の様子から詳しくは知らないと判断したのだろう。

 男が言葉を続けていく。


「実はドン・コボルトはスティールキャットを侍らせているんだよ」

「……は?」


 ──侍らせる?


 ちょっと言葉の意味が良くわからない。単語の意味というよりかは文脈の意味が理解できないのだ。

 それはスイも同じだったらしく、すかさず男に質問をなげかける。


「あの、侍らせているとは、どういう?」

「最初にいったろう。愛人だってことだ。スティールキャットはメスが多いからな」

「……ちょっと理解しかねるのですが」


 ──スイに同じく。


 ゲームではそんな設定はきいたことがない。


「まぁ魔物の性癖なんざ知ったことじゃないがな。とにかくドン・コボルトは猫が大好きなんだよ。それでスティールキャットをかたっぱしから愛じ……愛猫にしているわけだ。逆にスティールキャットも戦闘力は高い方じゃねぇ。他の魔物に襲われることもあるぐらいだからな。だからドン・コボルトのように強い魔物に守ってもらうのは都合がいいわけだ」

「えっと……それがどう関係するんすか?」


 アイネが申し訳なさそうに口をはさむ。

 正直、俺も魔物の生態系とオカリナを取り返す話しがどうつながるのか理解できていないので助かった。


「分からねぇか? スティールキャットはドンの寵愛が無ければ安全が確保されねぇ。だから盗んだものをドンに献上して機嫌をとるのよ」

「ふーん、守られるためにっすか……」


 ──なるほど、そういうことか。


 そこまで言われれば流石に察しが付く。

 そんな考えが顔に出ていたのだろう。男は俺の顔を見ると指をピンとつきつけてきた。


「そう、ドン・コボルトの住処にいけば盗んだものは取り返せるかもな」

「ほー、住処って近いんすか?」

「十キロぐらい離れた場所にあるな。行くなら注意はしといたほうがいいぞ。ヤツのレベルは50ぐらいあるはずだからな。普通の冒険者なら五人から十人で戦う相手だ。まぁでも……あんた、スイさんだろ?」

「えっ……?」


 唐突に投げかけられた男の問いかけに、スイの顔がひきつる。

 男は、目を見開いたスイの表情を見て図星だということを察したらしい。


「やっぱりな。青い髪の剣士と言えば有名だぜ。こんな辺鄙なところに勤めてる俺でも話しはきいたことがある」

「そ、そうですか……」


 気まずそうに俯くスイ。

 だが男は対照的にからからと笑っていた。


「ハハッ、安心しろ。噂は色々きいているがキマイラを倒したのは本当なんだろ? ドンに負けるとは思えないからな。もし行くならドンの住処の地図を書いてやるから後で話しかけてくれや」

「……分かりました。ありがとうございます」


 スイがぺこりと頭をさげる。

 慌てて俺も頭を下げた。オカリナを失くしたのは俺なのだから。


「あいよ」


 男はそれを見ると片手をあげて俺達に背を向けた。


 ──さて、どうするべきだろう?


 そんなことを考え、小さくため息をつく。

 俺達が倒さなければならない相手はサラマンダーだ。

 クエストの期限もあるだろうし寄り道している暇などあるのだろうか。


「リーダー、別にオカリナがほしいならまた買ってあげるっすよ?」


 アイネが俺の顔を見上げてそう言ってくる。


「……そういう問題じゃなくてさ」

「分かってる。なんか恥ずかしくなったから言ってみただけっすよ。まさかあのプレゼント、そんなに大事にしてくれると思わなかったから」


 照れ臭そうに笑うアイネ。

 そんなアイネを見てこっちまで照れ臭くなってきた。

 思わずアイネから視線をそらす。


「……ね、ね。あの人もういったの?」


 ちょうどその時、俺のコートの中からトワの声が聞こえてきた。

 そういえば、と男が話しかける瞬間に隠れるようにトワがコートの中に移動してきたのを思い出す。


「あ、トワ。どうしたんだよ。いきなり隠れて」

「いやぁ。ボクの分のお金、払ってないんでしょ? 出ていて大丈夫かなって思って……」

「そ、そうか……」


 ……意外に律儀な理由だった。

 多分、無いとは思うがトワの分の料金を支払うことになってはスイに負担がかかる。

 その判断は褒めてあげたい。が、調子にのりそうなので言葉にはしないでおいた。


「話しは聞いてたけど、ドン・コボルトのところにいくの? 今から?」


 トワが少しわくわくした表情を見せる。

 しかしすでに日はかなり落ちてきてしまっている。流石にそれは無理があるのではないだろうか。

 そう思ってスイの方を見ると、どうやら俺と同じことを考えていたらしい。

 あまり乗り気ではなさそうに眉を八の字に曲げていた。


「今からは少しきついですね。明日にしましょうか」

「それで間に合うんすか?」


 少し心配そうにアイネがスイを見つめる。

 だがスイは対照的に軽い笑みを浮かべていた。


「日にちは一応余裕があるから大丈夫。ドン・コボルトの住処の場所次第だけど……明日シュルージュに到着するのは変わらないと思うから」


 それならばスケジュールに支障がそこまで出ることはないだろう。

 どうやら寄り道をすることが確定したらしい。


「じゃあ今日はゆっくり休んだ方がいいね。多分、戦闘になるよ? 頑張って!」


 トワの景気づけに俺達はこくりと頷いた。


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