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75話 紛失

「ふぅ、いい湯だったな」


 頭をタオルで拭きながら俺は服を着始める。

 風呂は煉瓦の建物の中にあった。というか、そのためにこの建物は建てられていたらしい。

 しかし利用者が少ないせいか常時湯を沸かしているというわけではないようだ。薪に火をつけるという原始的な方法を自ら行う必要があったのが面倒くさかったが、何時間もかかるというわけでもないし、若干働いた分、汗を洗い流した後の気分は最高だった。

 服を脱いだことでオートウォッシュが発動したらしく、身に着ける服もどこかいい匂いがする。

 今日は良い気分で寝ることができそうだ。


「……あれ?」


 と、思っていたのだが。

 俺はコートを着なおした時に、ある物が無くなっていることに気づいた。


「あれ、無いな……」


 内ポケットを探るが目当ての物は見つからない。

 慌てて更衣室をかきわけ探してみるがやはり見つからない。


 ──もしかしたら馬車に落としてきたのか?


 そう考えて俺は建物の外に出る。


「おっ、リーダー君じゃん」

「同じタイミングに出てくるなんて、奇遇っすねぇ」


 アイネと、その肩にのったトワが声をかけてきた。


「あ、あぁ……」


 だが失くした物が気になって俺は機械的な返事しかできなかった。

 そんな俺を見て心配に思ったのか二人は少し顔を曇らせる。


「あれ? どうしたの、リーダーくーん?」


 俺の左肩に移動しながらトワが話しかけてくる。


「いや、すまん。ちょっと馬車に行きたい」

「お? 忘れ物っすか?」

「あぁ……」


 早歩きで煉瓦の建物からテントの裏側へと移動する。

 伏せた馬達の横で馬車の荷物を整理しているスイの姿が目に入った。

 スイは俺達の姿を確認すると、手の平をひらりと振りながらはにかんでくる。


「あら、どうかしましたか? 馬車に異常はないですよ。私もそろそろお風呂に……」


 それに対し片手をあげて軽く返事をすると俺は馬車に乗る。

 そして自分が座っていた席の辺りをぐるりと見渡した。


 ──やはり、無い。


「ん、探し物ですか? さっき私が軽く掃除したところですけど、それらしいものはありませんでしたよ?」


 俺の行動から意味を察したのだろう。スイがそんな事を言ってくる。


 ──それらしいものは無い、か……


 とはいえ念のため、聞いておくことにする。


「オカリナ、無かったか?」

「え?」


 スイが怪訝な表情を見せてくる。

 やはり、手ごたえのある反応は見られなかった。


「なになに、どうしたの?」


 トワが俺の肩から頬をつついて、注意を向けようとしてくる。


「オカリナだよ。アイネがくれたヤツ。あれが無いんだ」


 以前、スイとアイネと一緒に魔物の体から作った楽器を見に行ったことがある。

 そこでアイネにプレゼントとしてもらったオカリナが無くなっていたのだ。

 トワはその時いなかったと思うが……見ているかもしれないし、そのへんは触れないでおく。


「え、あれ持ってきてたんすか?」

「貰い物だしな。コートの内ポケットに入れてたんだが……トワ、アイテムポーチに入れたのか?」


 トワは昼の戦闘で俺の内ポケットに隠れていた。

 その時にオカリナを見ているはずだった。


「ん? あぁ、何か入ってるなーと思ったけどアレ、オカリナだったの? ボクは勝手にアイテムポーチに入れたりしないよ。邪魔だったからそっちの内ポケットの方に入ってたし」


 トワが俺のコートの内ポケットがある場所を指さす。

 このコートには内ポケットが左右にあって、俺は左の方にオカリナを入れていた。

 トワが指さしているのは右側だった。俺自身の記憶を呼び起こしてみても、トワは右側の内ポケットに入っていた気がする。


「ま、マジか……」


 トワの仕業でもないとするといよいよ心当たりがない。

 どうやらガチで紛失したようだ。

 と、アイネが馬車の後ろ側を探していてくれたらしく、そこからアイネの声が届いてくる。


「うーん。こっち側にもないですねぇ。更衣室に落としたとか?」

「いや……更衣室は探したし……あっ!」


 その瞬間、俺はある可能性に気づいた。


「スティールキャットかっ!」


 自分で思っていたより大きな声が出てしまう。


「あー……なるほど、確かにそれはありえますね……」


スイが察したように顔をひきつらせた。


「くそっ、あの時……」


 スティールキャットはその名の通り、キャラクターのアイテムを盗むスキルを持っている。

 ゲームの中ではアイテムを盗むと一目散に逃げ出す特性があり、それが原因でプレイヤーからは嫌われていた魔物だった。

盗むアイテムはレア度の低いものに限られていたが、そもそもスティールキャットを相手にするようなレベルのプレイヤーは初心者だ。レア度が低いアイテムとはいえ、それなりに有用なものを盗まれた時の痛手はかなり大きい。

 そんなゲームの記憶と昼の戦闘の記憶を照らし合わせてみる。

 たしか、ある時を境にスティールキャットが一目散に逃げ出していたはずだ。

 あれは俺が一匹のスティールキャットを吹っ飛ばしたせいだと思っていたが、俺からオカリナを盗んだからだったのかもしれない。


「ま、まぁよくないすか? あんなオカリナ、どうだって。欲しいならまた買えばいいわけだし」


 苦々しく笑いながらアイネがそう話しかけてくる。


「そういう訳には……一応、アイネがくれたものだしな……」


 オカリナが好きだとか、気に入っていたとか、そういう訳ではない。

 しかし、どんな形であれ人からプレゼントをもらったのはあれが初めてだ。

 失くしてしまうのは心苦しいものがある。


「うっ……な、なんか不覚にもきゅんってしちゃったっす」

「あ、あのなぁ……」


 アイネが少し目を潤ませているが、どうもわざとらしいので放っておく。


「ですがスティールキャットに盗まれたとなると絶望的ですね……この草原の中から手がかりもないとなると……」


スイの言うとおり、もはや取り返せる可能性はゼロに等しい。

 この草原の中、盗んだスティールキャットを探すなんて何日かかるか分からない。


「なんだ、スティールキャットになんかされたのか? 声がきこえたけど」


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