73話 スティールキャット
スイはそう言いながら剣を構え、腰を低くする。
スイの足からふわりと風がふいた気がした。
「ソードアサルトッ!」
そう叫ぶと同時にスイがコボルトの群れへと突進していく。
俺と戦ったときにも見せた技だが、やはりそのスピードは凄まじい。
車が猛突進していくようなスピードだ。とても地球の人間が出す速さではない。
「ブレイズラッシュ!」
スイがコボルトの群れへと到達するやいなや、火の壁が出現しコボルトを焼き払っていく。
あの数を相手に大丈夫かと少し不安だったが完全に杞憂だったようだ。
スイを袋叩きにしようとしたコボルトが逆にどんどん宙に舞っていく。
「へー……スイちゃんも結構やるんだねぇ」
コートの襟からひょこりとトワが首をだす。
首にトワが直接触れたせいで、一瞬鳥肌がたつのを感じた。
「……英雄らしいからな。彼女は」
「ふぅん? リーダー君の方が全然強いのに?」
「そういう問題じゃないんだよ。ていうか近いぞ」
「アハハ、照れてるの? かわいいなぁ」
「そういうわけじゃない」
──そういうわけだから離れてくれ。
俺のその本音はトワにはバレているのだろう。
声が物凄くわざとらしかった。
と、そんなやりとりをしていると……
「うひゃーっ! なにするんすか、このネコーッ!」
アイネの悲鳴が俺の耳に入ってくる。
「アイネッ!?」
すぐに馬車の方に振り替える。
すると、アイネが十匹ぐらいの魔物に襲われている姿が目に入ってきた。
「リーダーッ、スティールキャットがこんなにっ!」
全長五十センチメートル程の猫が赤いリュックを背負っている。
子供向けの漫画に出てくる猫のキャラクターのように二足歩行で戦うそれは、手に持った小刀でアイネに襲い掛かっていた。
アイネはスティールキャットから馬達を守ることを重点に置いて行動しているようで積極的に攻撃を与えていない。
アイネは黒猫の獣人族だと思うのだが同じ黒猫だからといって仲間扱いはしてくれないようだ。
「いつのまにっ……このっ!」
急いでアイネの方向へ走り出す。
スティールキャットのレベルはそこまで高くない。
せいぜい10前後で冒険者であれば初心者でも倒せる魔物だ。
しかし、だからといって魔法で焼き尽くすわけにはいかない。
位置的に馬達に被害が及ぶ可能性が非常に高いからだ。
「えっ……うわっ!?」
と、スティールキャットが一気に俺の方を警戒しはじめる。
シャーッと威嚇するような声をあげたと思ったら五匹のスティールキャットが俺に襲い掛かってきた。
二匹ぐらいのスティールキャットが俺の背後をとり俺の体に接触してくる。
「ちょっ、ボク隠れてるから追い払って! ほらっ」
「無茶言うなって……くそ、どけっ!」
手に武器を持っているわけではないのでとりあえず向かってきた一匹を殴ってみる。
するとスティールキャットはギニャッと変な鳴き声をあげ、物凄い勢いで遥か後方へと吹っ飛んで行った。……その姿が確認できなくなるほど、遠くに。
──って、まて! お前どこまで飛んでいくんだよっ!
これが漫画であったらキラーンと星になっていく演出が入るのだろうが現実ではそうもいかない。
とはいえ、それを見て勝てないと判断したのだろう。残りのスティールキャットはすぐに散らばりはじめる。
「あっ、逃げた……」
アイネの方も同じだったらしい。先ほどまであんなに好戦的だったスティールキャットが俺達に背を向け全速力で走っていく。
こうなったら敢えて倒す程のものではないだろう。
魔物とはいえ積極的に生き物を殺すということはそう何度も経験したくはない。
「ちょっとー! だ、大丈夫ですか? 何かありました?」
逃げていくスティールキャットを見つめているとスイの声が耳に届いてきた。
少し息があがっている。魔物との戦闘というよりかは移動のせいだろう。
ゲームでも剣士はソードアサルトをキャンセルすることで高速移動が可能だった。スイもそれを利用していたと思われる。だがその行動は物凄くMPに負担をかけるものだった。
「すまない。スティールキャットの奇襲を受けた」
とりあえず状況を説明するとスイは急いでアイネの方にかけよっていった。
「え? アイネ、大丈夫?」
「ん。無事っすよ。向こうが逃げていったッす」
アイネはぴょん、とジャンプしながら無事であることをアピールする。
スイはそれを見て一回頷くと馬達の方にかけよりその体を丁寧に見ていった。
「……馬達も怪我はしてないみたいですね。よかった」
スイがふぅ、と小さくため息をつく。
アイネの猫耳がぺたり、と垂れた。
「すいません先輩、リーダーの魔法に気をとられてて……」
「気にしないで。怪我してなくてよかったよ。ちゃんと守ってあげられなくてごめんね」
「……へへっ、大丈夫っすよ……はは、……もる、か……」
アイネの頭をなでながらスイがそう言う。
その言葉にアイネは気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「ひゃーっ、大変だったねぇ。こんなのが続くわけ?」
周囲に安全が確保されたことを察したのだろう。
トワが俺の服の中から飛び出してきた。
「あんな群れに遭遇することは結構レアですけど。魔物とは何回か遭遇してもおかしくないですね。十匹ぐらいならまとめて出てくるのは普通ですよ」
スイがそう言いながら苦く笑う。
「うぅ、こりゃ寝られそうにないっすね……」
アイネがはぁとため息をついた。
たしかにウェイアス草原は魔物の湧きはそこまで低くなかった覚えがある。
「な、なんていうか……夜更かしさせちゃったのは私だから、アイネは寝ててもいいよ? 私だけでも魔物は倒せると思うから……」
「そ、それは悪いっすよ。頑張るっす。ウチだって役に立つってところ見せてやるっすよ!」
どうやらスティールキャットの奇襲にうまく対応できなかったことを気にしているらしい。
名誉挽回を図るためやる気満々のようだ。
──これじゃあ俺は寝たいなんて言えそうにないな……