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71話 アンラッキー

「えっ?」


 急に低くなったその声にアイネがピクリと耳を動かした。

 どういうことか、とスイの顔を見るがスイの顔の向きは前方から動かない。


「ほら、あそこです」


 その代わりにと言わんばかりにスイが前方を指さす。

 その方向に視線を移すと地平線の辺りに人影のようなものが目に入ってきた。

 ……かなり数が多い。五十人程はいるのではないだろうか。

 地平線をまたぐようにその姿が完全に見えはじめる。


「あっ、魔物っすね。ウチも戦いますよ?」


 軽い感じの声色とは裏腹にアイネの目が鋭く変わる。

 左手で右の手首を握り、気合をこめるように右拳を強く握りしめていた。


「え、あれは魔物なのか?」


 だが俺は状況が理解できなかった。

 ここからだと遠すぎてあれが魔物かどうか判別できない。

 魔物だとしても人型のモンスターなのだろう。


「えぇ。今日はちょっと……というか、かなりアンラッキーですね。あそこまで大きな魔物の群れに直撃するのは珍しいのですが」


 しかしスイやアイネの様子からみるに、それが魔物だということを確信しているらしい。

 先ほどまでののほほんとした空気が急変している。

 と、向こうの人だかりのようなものも、こちらに気づいたらしい。

 二手に分かれ、こちらの方へと移動しはじめてきた。


「あわわ、どうするの? 馬車にのったまま戦うわけ?」


 トワが裏返った声で話しかけてくる。

 そんなトワを落ち着かせるようにスイが穏やかに笑う。


「まさか。一度止めますよ。馬達を傷つけるわけにはいきませんから」

「でも結構な数っすね。迂回できないっすか?」

「障害物が殆どないから相手の視界から逃げ切るのは難しいかな。ここで全力疾走させて馬達に負担をかけたくないし、私が倒すよ……どうっ!」


 スイが手綱を握りしめ馬達に合図を送る。

 すると徐々に馬車が勢いを落としていった。


「まだ距離あるけど、ボクは隠れてた方がいい?」


 トワが心配げに俺達を見上げている。


「えぇ、中には弓矢を使う魔物もいるかもしれませんから。馬車の影になるところにいてください」

「オッケー! じゃあリーダー君、よろしくっ!」


 スイの話しを全く無視してトワが俺のコートの中にとびこんできた。


「おいっ! ばかっ……」

「うりゃっ……あれ? なんか入ってる……? こっちにするか……」

「くすぐったいからあまり動くなっって!」

「いいじゃん。役得だと思いなよっ」


 何をしているのか分からないが俺のコートの中でもぞもぞとトワが動いている。

 役得だとトワは主張するが彼女が羽をはばたかせながら動いているせいで虫が服の中で暴れまわっているような感覚がする。正直かなり気持ち悪い。

 非常に追い出してやりたい気分なのだが下手にトワをつかもうとすると握り潰してしまうのではないか。

 幸い前が開いているのでバタバタとコートを動かすことで抵抗を試みる。


「うわっと! リーダー君、頼むからポケットに入らせてよー」

「だからスイの言うとおり馬車の後ろに行けって、このっ……」

「何やってんすか。結構近づいてきたっすよ。相手は……いぬ?」


アイネがそんな俺の背中をぽん、と叩き前方に注意を向けさせてきた。

 だいぶ相手と距離が詰まってきたようだ。三百メートル弱といったところか。

 見渡しが良く明るいためこの距離になると俺も相手の姿が結構見えてくる。

 顔までは全然見えないが頭のシルエットは人間のそれには見えなかった。


「コボルトの群れだよ。レベルはだいたい15から25かな。アイネなら余裕だと思う。単体を相手にすれば、だけどね」


 ここからでは完全にその姿を確認することはできないがコボルトは二足歩行の犬のモンスターだ。

人が扱うような武器や防具を身に纏い攻撃してくる魔物でレベルはスイの言うとおりそこまで高くはない。


「むぅ。あの数だと無傷じゃいられなさそうっすね」


 そう言いながらアイネはくっと爪をかむ。

 確かにコボルトの数は相当多い。合計するとやはり五十匹ぐらいはいそうだった。

 もともと拳闘士は範囲攻撃に恵まれていないこともあることもあり、あの数を真っ向から相手にするのは相当骨がおれそうだ。


「大丈夫。私が片付けるよ。ちゃんとアイネを守るから」

「ぶぅ、ウチだって戦う事は……」

「どうっ!」


 その言葉を遮って、スイはもう一度馬達に合図を送り馬車を完全に停止させる。

 そのまま馬車をUターンさせると剣を抜き、立ち上がった。


「アイネは馬達を守ってくれると嬉しいかな。後ろの方に行ってくれる?」

「仕方ないな……りょーかいっす」


 アイネは少し不満そうな顔をしていたが素直にスイの言葉に従っていた。

馬車から降りて馬達の方に向かっていく。

 とりあえず俺も馬車から降りてスイの後をついていった。


「えっと、俺も戦った方がいいんだよな?」

「あ。そうですね。絆の聖杯を使ったんでした。なら一緒に戦ってくれた方が早いでしょう」


 思い出したようにスイがぽんと手を叩く。

 一人旅を続けていたせいなのだろうか。自分で戦うのが当然だと思っていたらしい。

 

「というかここから魔法使ってみたら? 練習にもなると思うし。まだそんなにスキル使ったことないんでしょ?」


 トワが内ポケットから首だけ出して俺に話しかけてくる。


 ──なんか、ミノムシみたいだな。


「そうだな。じゃあ……」


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