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70話 ウェイアス草原

 翌日。テントを片付けた俺達は再び馬車にのり進路を進んでいた。

 ……正直、馬車に乗るまでの記憶があいまいだ。

 俺達は昨日かなり夜更かしをしていたにもかかわらずいつも通りの時間に起床している。

 そこから昼ごろになる現在まで淡々とファルルドの森を北に向かっていた。


「むにゅ……2……」


 揺れる馬車の中でアイネがぼやけた寝言をいう。

 俺の肩によりかかり、アイネがうたたねをしている。

 その眉間には少しだけしわがよっている。どうもうなされているらしい。


「あはは……やっぱやりすぎましたか……」


 反対側には凛とした姿勢で座るスイがいる。昨日と違っていつも通りの鎧姿だ。

 同じように睡眠時間を削られたはずなのにスイは全く眠そうな様子を見せていない。

 しかしアイネがうなされている原因は察しがついているようだ。


「よく飽きなかったな。あんなに長い時間あれやったの初めてだよ」

「すいません……いつもパーティ組んでいる時は緊張してたので、ついはしゃいじゃって……」


 スイは気まずそうに頭を下げる。

 そんな彼女にフォローを入れるようにトワが話しかけてきた。

 

「まぁいいんじゃない? ボクは楽しかったよ。ホント」

「そうですか? ならまた……」

「いやまて、やるにしても別のことをやろう。マジで」


 スイを責めるつもりはないが、もうあの遊びはやりたくない。

 そもそもあんなものは数分時間を潰せたらマシなものなのだ。

 俺の拒絶する態度を見てスイは少し残念そうにため息をつく。


「う、すいません……あっ」


 だがすぐにその表情は明るくなった。

 というか、俺達を囲う景色そのものが全体的に明るくなった。


「おぉーっ! 森を抜けたねっ!」


 トワが俺の肩の上で立ち上がる。

 彼女の言うとおり今まで俺達を囲っていた木々が一気に無くなる。

 その代わりに俺の目に飛び込んできたのは広大な草原だった。


 ──綺麗だな……


 思わず息をのむ。なんとなく旅行とかアウトドアとかが好きな人達の気持ちが分かったような気がした。

 この雄大な景色に飛び込む爽快感を味わうためなら、そりゃあ時間と金と労力をかけて移動したくなるだろう。

 かすかに届いてくる草の臭いと髪をなでるようにふく風が心地よい。ゆるやかな丘が景色に絶妙な彩りを加えている。

 ただ一つ気になる事があると言えば進行方向の遥か先の黒い壁、地平線の向こうから天に伸びた封魔の極大結界が異様な不気味さをかもしだしていたことぐらいか。

 

「んにゅっ、森……?」


 と、アイネの頭が俺の右肩から離れていく。

 ふわぁ、と大きなあくびがきこえてきた。


「あ、アイネ。起きちゃった? 今ファルルドの森を抜けたところだよ」

「お……? おぉーっ、なんかすっごい!」


 周囲の景色を見て眠気が覚めたらしい。

 アイネの声に活気が戻っている。


「ウェイアス草原。アイネはここまで来たことは無かったかな」


 はしゃぐアイネを見てスイがくすりと笑う。

 ウェイアス草原はゲームにもあったフィールドだ。

 しかし、やはり俯瞰した視点でモニター超しに見るのと実際にその中に立つのとでは感じるものが全然違う。

 俺もアイネ程ではないが、はしゃぎたい気分だった。


「そういえばさ。俺達ってどこに向かってるんだ?」


 それはさておき、俺はそんな疑問をスイに投げかけてみる。

 俺達がサラマンダー討伐のために動いているのは理解しているが具体的にどうするつもりなのか全然聞いていないことを思い出したのだ。


「あっ、説明してませんでしたっけ。シュルージュですよ。この草原を北に向かうとある街ですね」


 その街の名前にもやはり聞き覚えがある。

 トーラよりは遥かに人が多く序盤で拠点としていた街だったからだ。


 ──シュルージュはどんな感じで表現されているのだろう?


 そんなことを考えていると、アイネが横から口を挟んでくる。


「そこにサラマンダーがいるんすか?」

「街中にいるわけないでしょ。ギルドに寄っていくんだよ」


 少し呆れた感じで笑うスイ。

 と、それをきいて一つ疑問が湧いた。


 ──ギルドに寄る? なんでそんなことをする必要があるのだろう?


「あれ? もうクエスト受けたんじゃなかったのか」

「はい。ですが今回のクエストは少し特殊でして。本来サラマンダーは火山の近くに現れる魔物なのですが今回はウェイアス草原の西の果て辺りで発見されたんですよ。だから観測班からどの場所にいるのか報告を受けないと」

「へぇ……」


 ゲームでのサラマンダーはスイの言うとおり、ここら辺で出現することはないモンスターだ。

 ただシステムにのっとって動くゲームとは違い、そういうこともあるのだろう。

 と、アイネが不安げに顔をしかめた。

 

「え、でもウェイアス草原ってここなんすよね? いきなり鉢合わせってことないっすか?」


 その不安は俺も同感だった。

 最悪今すぐに戦闘が始まるということもありえるのではないだろうか。

 だがスイはそんな俺達の不安とは対照的に淡々とした顔でアイネに言葉を返す。


「ウェイアス草原の西の方はテンブルック荒野に繋がっているんだけど、そっちの方がサラマンダーは住みやすいみたい。少なくとも私が討伐クエストを受けてからはそこまで移動していないらしくて……まぁ、今回に限ってはギルドでの報告は形式上だけのものかな。もちろんイレギュラーは起こり得るから油断はしないつもりだけど、ここはかなり南の方だし。サラマンダーと鉢合わせすることはないと思うよ」


そこで一度言葉を切るとスイはトワの方を見ると苦笑いを浮かべた。


「……あ、すいません。トワには良く分からない事でしたね」


 どうも沈黙していたトワに気をつかったらしい。


「あ、大丈夫。トーラギルドでリーダー君と話してた時、実はボクもいたから。色々と盗み聞きしてるから心配しないで」

「そ、そうですか……」


 だが返ってきた言葉はスイの杞憂を示すものだった。

 とはいえ、隠れて自分の話しをきかれて良い思いをするはずもなく。

 悪気も無くニコニコと笑うトワを前に、スイは先ほどとは違った色の苦笑いをみせる。


「それはともかく、シュルージュまではどのぐらいかかるんすか?」


 と、アイネがタイミングよくそんな質問を投げかけてきた。

 俺も気になっていたところなのでありがたい。


「うーん、明日の昼ぐらいには着くかなぁ。そこからサラマンダーの場所まで移動することになるから。一度シュルージュに泊まって朝に出発する予定だよ」


 ──ってことは今日も野宿決定か。


 現代に生きてきた俺としては流石に二日風呂に入らないというのは厳しいものがある。

 たとえ引きこもっていたとしても不潔な体のままというのは気持ち悪いのだ。

 気まずさとかそんなものはどうでもいいからトワにトーラに戻させてもらえないだろうか。


「結構遠いんだねぇ。ボクはまだトーラの周辺しか行ったことないから転移魔法も使えないしなぁ」

「大丈夫ですよ。どんなに遅くても明日の夜にはつくはずですから。今日を乗り越えればゆっくりできます」

「早くお風呂はいりたいっすねー」


 ──言い出せる空気じゃないなこれは。


「そういや、トワちゃんもトーラで生まれたんすか?」

「ん……まぁそんなところだよ。ボク、まだ他の場所には行ったことないんだよねぇ」

「あはは、じゃあウチと一緒っすね。シュルージュかぁ、どんなところなんだろうなー」


 そう言いながらぐぐっと背伸びをするアイネ。

 そのまま大きなあくびをするとまた俺の肩によりかかってきた。


「しっかし、暇っすねー。もうちょっと寝てようかな……」


 アイネにとって夜更かしのダメージは結構大きなものだったらしい。

 最初に見たときは草原の雄大さに感動したが、景色の変わらなさは相変わらずだ。

 そのせいで眠気が蘇ってきたらしい。

 と、そんなアイネをよこに、スイは剣を膝に置き直して柄をぎゅっと握りしめる。


「……別にそれはいいけど。ちょっと今は騒がしくなるかもしれないよ」


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