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69話 安眠のための戦い 後編

 これは好機とみた。


「ほらいくぞ。いっせーのーせ、0」


 無理やり二人の意識をゲームに戻して続行する。

 

「おっ、当たってる! 凄いっすねリーダー」

「ゼ、0!? そんなのありですかっ!」

「いや、ありだろ?」


 少しだけ得意げにスイにそう言ってみた。

 アイネが多めの数を連続で宣言していたし、皆が指をあげる回が多かった。

 だからそろそろ誰も指をあげないタイミングになるのではないかと予想してみたのだが。

 俺の、のびのびと寝たいという強い思いがカンを冴えわたらせたらしい。


「そうっすよ先輩。まさか0って数字じゃないと思ってたんすか?」


 と、アイネが仕返しだと言わんばかりにスイを挑発する。


「そ、そんな訳ないでしょっ!? ひどいよアイネッ」

「へー? さっきまでウチのことバカにしてたのに、よくいうっす」

「うぐぅ……絶対体育座りさせてやるっ……!」

「ふふん、やってみろっす」


 アイネの自信はどこからくるのか分からない。

 だが、結局のところこのゲームは運と心理戦だ。

 もうアイネがボーナス的なミスをしてくれるとは思えない。


「いっせーのーせ、1!」


 スイが強めに声をあげる。しかし二人とも指をあげない。

 アイネは直感的にスイが宣言する数を予想したのだろう。

 確信をもって指をあげていないように見えた。


「へっへー! 一回0って言われただけで指あげるようなビビリじゃないっすよ」

「ぬぬぬぬぬ……」

「ほら、いっせーのーせ、2!」


 スイは指をあげず、アイネは両手の指をあげる。的中だ。

 スイはアイネに対してペースを握られることが多い。


「あっははは。こう言ったら絶対先輩意地はって指あげないって思ったっす。単純っすねー!」


 ──アイネは心理戦に強いのかもしれないな。


 直感的に相手が何を考えるかを察する能力が高いようにみえる。


「ちがっ! 今のは確率を計算して……! だいたい、2って言いながら自分もあげるなんておかしいんだよっ。それって0って言ってるようなものじゃん。私は右手と左手があるから、そのどちらかをあげるパターンがあるはずで、ここは1を宣言するのが右手と左手両方のパターンに対応できて……」

「あー、もう全然分かんないっす。次、どうぞ次」

「そんなっ、リーダーなら分かりますよね。私の言いたいこと。私、ゲームの本質を理解してますよね? だからその分点数があってもいいですよね?」

「すまん。意味が分からない……」

「うぐぐぐ……」


 スイが奥歯をぎりりとかみしめながらアイネの指を見つめている。

 どうも難しく考えすぎているようにみえる。というかアイネにペースを乱されすぎだ。


「はーやーく、はーやーく」

「せ、せかさないでよっ。えっと……今最高の数字は3で……だからえっと、アイネが親指を三本あげて私が両手をあげたら5になるから確率的には……」


 ──親指を三本あげるってなんだよ、大丈夫か?


 スイも確率の計算とかは苦手なのかもしれない。

 苦手なのに俺が、確率がうんぬんと言って一番にあがったからそれに従おうとしているのだろう。

 アイネのように直感的に行動した方がスイに合っていると思うのだが。

 

「降参っすか? おーい」

「い、いっせーのーせ、1! ……あ」


 その変な素直さが命取りだったようだ。

 完全に混乱したスイは両手の親指をあげてしまう。

 ニヤリ、とアイネが笑みをみせた。

 

「……? あれ、先輩。もしかして2と1を逆に覚えてます? 1って数字は2より少ないんすよ」

「ぐっ、ア、アイネッ……!」


 スイがうぐぐ、と唇をかみしめる。

 その隙をアイネがついた。


「はい、いせのせ、1! はい、あがりっ!」


 アイネだけが指をあげる。的中だ。

 それが分かるやいなやアイネはばたんと体を寝かす。


「え、今のずるくない? タイミングひどくない? 不意打ちじゃんっ!」


 それを見てスイが悲鳴のような声をあげる。


 ──まぁ、気持ちは分かる。


 確かにアイネの掛け声はいつもより短かったように聞こえた。


「でもちゃんと掛け声かけたじゃないっすか」

「でも早かったじゃん。ちょっと早かったじゃんっ、いきなりなんてひどっ……」

「先輩。魔物と戦う時も『いきなりなんてひどい』なんて言うんすか?」


 頭を手で支えながらスイに対し半目で視線を送るアイネ。


「いやいやっ、これは戦いじゃ……」

「戦いっすよ。ウチらは『のびのびと寝る権利』をかけて戦ってたんす」

「う、うぐぅうううっ! そ、そんなぁ……」

「ふふふ。覚悟の差が結果の差っす。そこで座ってるがいいっすよー」


 アイネはふてぶてしく指をくいくいとまげて挑発する。

 とてもスイの後輩とは思えない態度だ。

 それだけ完全に気を許していることなのだろう。少しうらやましい関係だった。


「そ、そんなぁー……本当に体育座りで寝るの……」


 しょぼんとうなだれるスイ。それをみて少し同情してしまう。

 とはいえアイネの言葉には同感だった。

 態度にはそこまで出していないように気を付けていたが俺は本気だった。

 ……大人げないぐらいに。



 ──やべぇ、罪悪感で死にそう……



 いやいや、勝負の世界に男女の差があってたまるか。

 ぐぬぬ……



「うーるさいなぁ。なに騒いでるのさ」


 と、俺の背後からトワの声がきこえてきた。

 ふり返ると頬を少し膨らませながらふわふわと飛んでいるトワの姿があった。


「あっ、ご、ごめんなさい……起こしてしまいましたか?」

「べっつにいいんだけどさ。なんでボクだけハブいて楽しそうに遊んでいるのさ」


 トワが俺の肩に降りてくる。

 そのまま俺の肩を、地団駄をふむように蹴りながら不満をアピールしてきた。


「別にそんなことしてないぞ。ただ眠れないから時間を潰してただけだって」

「なら呼んでくれればいいのに。新入りだから入ってくんなってことー?」

「いや、寝てたんだったら起こしたら悪いって……」

「なーんだ、トワちゃんも起きちゃったんすか? じゃあ一緒に夜更かしっすね!」


 と、アイネがいきなり口を挟んでくる。

 するとトワは一気に表情を明るくした。


「わーい、すごい不健康じゃんっ! やろやろっ!」


 そんなトワの様子を見て、俺は自虐的に笑みをこぼした。


 ──なるほど、言い訳なんかしないでこうやって素直に誘えばいいのか。


 自分のコミュ力の低さを見せつけられたような気分だった。

 だがそんな事で暗くなるほど俺も空気が読めないわけじゃない。


「もう一回! もう一回やればコツがつかめるはずっ! アイネ、もう一回やろっ!」

「じゃあ今度はトワちゃんも一緒ってことでっ! いくっすよー!」


 この後、滅茶苦茶、手遊びをさせられた。

 もう、二度とこのゲームはしたくないと思うほどに。

 

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