68話 安眠のための戦い 前編
──眠れねぇええええええっ!
十分ほど経過した後、俺はガバッと体を起こす。
横わたった時にアイネの体がこれでもかというぐらい密着してくる。
一応アイネに背を向けて寝てみたのだがガンガンに緊張して眠れなかった。
「……やっぱ、寝れないですか?」
俺が体を起こすとスイも同じように体を起こしてきた。
その直後にアイネも体を起こす。
「あぁ。寝れない」
「寝れないっすね」
全員が座り直し沈黙する。
どうも考えていることは似たようなものらしい。
「トワは寝てるみたいだけどな……」
トワの姿は俺からは見えない。
どうもコートの内ポケットに入って眠っているらしく俺達が動いているのに出てくる気配がない。
「うーん。どうせなら何かして遊びます? 無理に寝ようとするのも辛いじゃないですか」
手を合わせてスイがそう提案してくる。
「何かって、なんすか?」
「…………」
しかしアイネの質問にスイはすぐに沈黙してしまった。
修学旅行とかの記憶を呼び起こしてみるに、こういう時やることと言ったらトランプが王道なのではないだろうか。
しかしそういった道具がここにあるとは思えない。そもそもトランプというゲームがこの世界にあるのだろうか。
「うわー、なんもやることないっすね。無理やり寝るしかないんすか」
アイネが足の裏をスイの横腹をぐりぐりと押し付けて退屈そうにテントの天井を眺めはじめた。
──仕方ない、何か提案でもしてみるか。
「まぁ、じゃあコレでもやるか……」
時間つぶしの定番で思いつくことはそう多くない。
とりあえず両手を握り、指をあわせて前に差し出してみる。
ゲームの名前は知らないが親指をあげるあのゲームだ。指スマ等、色々な呼び方があるらしい。
「……ん、なんすかそれ?」
「あ、それ知ってますよ。私がトーラに来る前だったかな……すごく小さなころ、遊んだ記憶があります。どうやるんでしたっけ……?」
──この世界でも子供が考える遊びなんて同じようなものか。
アイネはともかく、スイが知っていそうなのが意外だった。
半分冗談のつもりで提案したのだが。
とはいえなぜか二人の顔が輝いていたので一応ルールを説明する。
「手遊びだよ。『いっせーのーせ』って掛け声を一人が言った後に皆で親指を適当にあげる。掛け声をかけた人は数字を宣言するんだけど、その数字とあげられた指の数が同じなら一つの手を下げる。そして両方の手をさげれば勝ち。最後まで残った人が負けって遊びだ。数当てゲームって言った方が分かりやすいかな」
「あー、思い出しました。 ちょっとやってみた方が早いかもしれませんね? アイネ、同じように手をだして」
確かに口頭で説明しても頭に入ってくるものではないかもしれない。
アイネが怪訝な顔のままスイの真似をして手を出してきた。
「いっせーのーせ、1」
そう言いながらスイが親指を一つあげる。当然、当たりだ。
「あげられた指だから一個だから当たりでしょ。だからこうやって一個下げる。二個下げたら勝ち」
「あぁなるほど。簡単なルールっすね」
一連の動きをみてアイネもルールを理解したらしい。
まぁ小学生がやるような手遊びだ。すぐに飽きそうだがとりあえず時間をつぶすにはもってこいだろう。
それにしても最後にこれを遊んだのは何年前だっただろうか。
レトロゲーをプレイするような懐かしさを俺は感じていた。
「じゃあ負けた人は体育座りで寝るってことで」
……そう気軽に考えていたのだがアイネの提案でそれが変わる。
これは本気で挑まないと大変なことになりそうだ。
「じ、地味に辛い罰ゲームだね……」
スイも少し笑顔がひきつっていた。
他方、アイネは初見のゲームであるにもかかわらず自信があるようで強気に笑みを見せている。
「でも他の二人はスペースが空くから大助かりっす。ウチの番からはじめるっすよ」
「そこはジャンケンとかじゃないんだ……」
呆れたように笑うスイだが特に異議はないようだ。
アイネが一番このゲームを知らなそうだしこのぐらいのハンデは仕方ないだろう。
「いっせーのーせ、10!」
──いや、むしろハンデをあげて当然だったな。
正直、ここまでアイネがバ──天然だとは思わなかった。
「あー、外れかぁ」
スイは片手の親指を、俺は両手の親指を、アイネは親指を一本もあげていない。
つまり正解は3だったということだ。
この状況にはスイもあきれ果てたのか、はぁとため息をつく。
「……いや、あのさ。アイネ。それはないよ」
「え? どういうこと?」
やはり理解できていないようでアイネはきょとんとした顔をしている。
「俺達三人しかいないだろ。両手の親指しかあげられないんだから6が最高だぞ。てか6を宣言したとしてもアイネが指をあげないと絶対6にならないぞ」
「あぁっ!?」
──この子は一人で買い物ができるのだろうか?
アイネは前にオカリナを買っていたことがある。それぐらいはできると思うのだが……
おつりの計算をごまかせば簡単に騙せそうな感じがした。
そんな俺の心配をよそに、アイネはすぐに気をとりなおした様子を見せてくる。
「じゃあ次リーダーで」
「俺?」
スイを見ると、目でいいですよと合図を送ってきた。
「じゃあ……いっせーのーせ、2」
「お、当たった!」
アイネの猫耳がピクリと動いた。
スイとアイネが片手で一本ずつ親指をあげている。的中だ。
「凄いですね。何か確信があったんですか?」
「いや、確率的に2がいいかなと思っただけ」
俺が指をあげなかった場合、あげられた指の総数が二本になるパターンは三つあるはずだ。
全パターンを検証してないので良く分からないがすくなくとも0や4を宣言するよりはマシだと思ったから2を宣言したのだが結果的にうまくいった。
だが、予想通りというべきかアイネは俺の言葉の意味が理解できていないらしく怪訝な表情をみせている。
「え? なんで」
「……? あ、そうか」
他方、スイはなんとなく俺の言葉の意味が理解できたらしい。
何かひらめいたような顔をしている。
「次は私ですね。いっせーのーせ、3」
「んー、おしいっすね……」
スイが片手、アイネが両手、俺が片手で合計4だ。
微妙に外れている。
「じゃあウチの番っすね。いっせーのーせ、6!」
スイが片手、アイネが両手、俺が片手で合計4。
……外れだ。
「んはぁー! なかなか当たらないっすね」
あちゃー、と言った感じで軽く頭を叩いて自虐するアイネ。
──こいつ、気づいていないのか?
スイも俺と同じことを思っているらしい。
さらに呆れた様子でアイネを見る。
「いや、いやいや……アイネ……」
「ん、どうしたんすか? 二人とも変な顔して」
「俺は一つしか手だしてないから今は最高が5だぞ」
「うはぁ!?」
俺がそのことを指摘するとアイネが体をのけぞらす。
少し心配になってきた。アイネが買い物に出かける時がきたら絶対についていくことを心の中で決める。
「何すかこのゲーム……超、頭使うッす……」
「いや、流石にそれは……」
「むぅ。バカしてるっすね?」
「そっ、そういうわけじゃないけどさぁ」
苦々しく笑うスイ。まぁ言いたいことは分かる。
──だが俺は体育座りで寝るつもりはない!