67話 アイネの武器
その後。髪がかわくまでたき火のそばにいた俺達だったが、流石に時間も遅くなってきたので交互にテントの中で着替えを済ませた。
そして全員が着替えをすませテントの中に移動する。
アイネは前にみた白いネグリジェ、スイは水色のネグリジェを身に纏っている。
なかなか破壊力のあるシチュエーションだったが俺達が直結した問題はそこに気をまわすことを許してくれなかった。
「……意外に狭いですね」
真ん中におかれたカンテラを俺達は体育座りになりながら見つめている。
その中でスイがボソリと声を出した。
テントは一つしか張られていない。男女が共の空間で寝るというのはどうかと思ったがそこを敢えて指摘しても解決することではないので野暮はなことはしないでおく。
問題はその広さだった。体育座りをしている今でさえ窮屈に感じている。
このまま寝るとなった場合、スペース不足になるのは必至であろう。
「うーん、このハンガーかけや装備品がスペースとってるんすよね。外に出します?」
「一応装備品はテント内に置いておきたいなぁ。万が一ってこともあるし」
アイネの提案にスイは苦々しく笑って答える。
テントの中にはアイネの言うとおり俺のコートやアイネの服をかけたハンガー、スイがいつも使っている鎧、それに加えて剣が数本置かれていた。
「今更言うのもあれっすけど、よくこんな重い装備つけられるっすよねー。ウチなんて剣持つのも結構大変なのに」
感心している、というより皮肉に近い言い方だった。
邪魔だ、とアピールしているのだろう。たしかにスイの装備品を外に出せば少しはスペースに空きができる。
「それにしてもアイネちゃんは武器、使わないの?」
と、トワが話しを変えてきた。
スイが申し訳なさそうに苦笑いを続けているのに対して助け舟を出したのだろうか。
アイネが少し顔をしかめる。
「ガントレットタイプならともかく、武器なんて敢えて使おうなんて思わないっすよ。重心保つの大変じゃないっすか」
「うーん、剣に関してはそこそこ才能ありそうなんだけどなぁ。アイネも」
「えー? 先輩に比べるとなぁ。父ちゃんとは違って斧を使う才能は絶対なさそうだし、やっぱ女は拳でしょっ!」
ぐっと拳を前に握ってニカッと笑うアイネ。
ふと、そんな状況を見ていたらスイと初めて会った事を思い出した。
「あ、見張りとかしておこうか」
あの時スイはテントの中に入らず外の丸太に座っていた。
そのまま二人して眠ってしまったわけだが、見張りは必要なのではないだろうか。
「大丈夫ですよ。この辺りには簡単な魔除けの結界が張られているので。魔物が入ってくることはかなり珍しいですから。最悪、万が一の時には馬が反応します」
だがスイは首を横に振る。
なるほど、馬が見張りの役割を担うとは盲点だった。
やはり最初の夜は、スイは気まずくて外にいたということだろう。
今日はアイネもいるから安心しているということなのかもしれない。
「まぁウチらが死ぬような魔物がこの辺で出てくることはないっすよ。また黄金ムカデが来たら大変だけど……リーダーと先輩がいれば大丈夫っしょ」
──いや、ムカデは生理的に見た目が受け付けないので頼りにしないでほしい……
そんな俺の内心などつゆ知らず、アイネはリラックスしているのか体育座りを崩して重心を後ろにさげる。そのまま寝そべりそうな体勢だ。
「にしたって、ここで三人は寝れないと思うんだけどな」
アイネが完全に寝そべる前ですらアイネとスイの体がぶつかってしまっている。
このまま全員がテントの中で寝たらぎゅうぎゅう詰めになるのではないだろうか。
「あれ? 今ボク、ナチュラルに省かれた?」
そんな事を確認してくると俺の肩からトワが話しかけてくる。
「いやトワはカウントしなくてもいいだろ……」
「それならボクが一度トーラギルドに戻してあげようか?」
「は?」
と、トワの口から出てきた言葉に衝撃を受けた。
トワの顔を見ると、彼女は呆れた顔で俺を見上げてくる。
「『は?』じゃないよ。ボク、転移魔法が使えるって言ったの忘れたの? 一度トーラギルドに送って、その後ココにボクが送ってあげればいいんでしょ?」
トワがそういった瞬間、頭の中が真っ白になった。
固まる俺を見てトワが首をかしげる。
「……いや、まて。ならさっきの俺達はなんだったんだ?」
「え?」
俺がそう問いかけると、トワは何が言いたいのか分からないと言いたげにきょとんとした顔を見せてきた。
「……あ」
だがアイネはそれを理解してくれたようだ。
ひきつった笑みを見せている。
数秒ほど沈黙が流れた後、スイが言葉を続けてきた。
「え、えっと……そんなこともできるのですか? ちょっと物を動かせるだけのものかと……」
「そんなーっ! ちゃんと説明したじゃんっ」
トワが頬を膨らませる。
「……風呂、入りに行く? ていうか、寝に行く?」
どうやら少し前の自分達の行動は茶番劇だったということらしい。
どことなく悲しくなってくるがトワがせっかく提案してくれているのだ。
とりあえず二人の意思を確認してみることにした。
「いやぁ、まぁなんといいますか。別にそこまでしなくてもいいんじゃないでしょうか……」
「そ、そっすよ。旅の醍醐味が全くないじゃないっすか。こういうのも楽しみましょうよ」
「そうだな……」
目を泳がせながら二人はそう答えてきた。
なんとなくその心中を察してしまう。
トーラギルドの人たちは割と盛大に送り出してくれた。
それにもかかわらず一日も経たないで戻るというのはどうなのだろう。
正直、それはそれでかなり気まずい。
「でも三人だとちょっと狭いよな。やっぱり俺外に出ようか」
「ん? 別に一緒でいいじゃないっすか。寝れないことはないっすよ。一回寝てみましょう」
「うわっ、ちょっ!」
「えっ、何やって……」
アイネがそう言いながら俺にもたれかかってくる。
そのまま俺を押し倒すようにアイネは俺と一緒に寝転がった。
「……近いっすね」
「近いよな」
二人寝ころんだ段階で体が完全にくっついてしまっている。
昨日同じようなことをされたばかりとはいえ、やはりこの体勢は俺にとって刺激が強い。
この状況でスイまで体を寝かせたら大変なことになるのではないだろうか。
「まぁでもウチは気にしないんでこのまま寝ましょう」
「私は気にするよっ!」
後ろからスイの震えた声がきこえてくる。
アイネの反対側には俺の身体に触れないようにつまさきをひっこめているスイの姿がある。
顔を赤くしながら抗議するスイにアイネは一度体を起こすと俺とスイの間に入り込んできた。
「じゃあウチが真ん中になればオールオッケーすね。ほら」
「まぁ、そうですね……」
少し納得がいかない、と言いたげな複雑な表情でため息をつくスイ。
とはいえ良い代替案が思いつかなかったのか、そのままスイは体を寝かした。
「ボクはどこに寝ようか、ここでいい?」
寝る空気を察したのか、トワが俺の肩から頬をつんつんとつついてくる。
「寝返りでつぶれそうなんだが大丈夫か?」
そもそも寝返りを打てるかどうかも怪しい窮屈さだが一応そうきいてみた。
「うーん、それは勘弁してほしいなぁ」
トワの眉間にしわがよる。
仕方ない、とつぶやくとトワはハンガーかけの方に飛んで行った。
「じゃあリーダー君の服の中で寝ようかな。ここならつぶされないでしょ」
「臭くないといいな」
「大丈夫だって。どうせオートウォッシュかかってるんでしょ、これ。それにリーダー君って結構いい匂いするよ。イケメン、だしね?」
──絶対反応しねぇぞ、いじらせねぇぞ。
そう内心で決意してトワから目をそらす。
「じゃあ、寝ましょうか……」
少し疲れた様子でスイが体を寝かした。
明日も馬車で移動するのだ。早く寝た方がいいだろう。
余計な事で頭を悩ます前に俺もアイネと一緒に体を寝かした。