65話 洗
「俺?」
ふと、アイネの方に視線を移す。
「あ、じゃあリーダー……よろしくっす……」
「マジ?」
思わず変な声を出してしまった。
普通、やるにしても異性の俺が髪を持ち上げる役割を担い直接洗うのはスイにまかせたりしないだろうか。
まぁそれを指摘するのも面倒なので俺は携帯シャワーに手をかける。
「いや、別にいいんだけどどうやって使うんだよコレ」
「普通にそこを握ってくれれば水が出てきますよ?」
スイの言葉に従ってシャワーについているレバーを軽く握る。
するとちょろちょろと水が流れてきた。とりあえずそれに触れてみる。
冷水、という程ではないが肌に触れると少し冷たく感じてしまう。
「大丈夫かな……」
「ま、大丈夫なんじゃない? やってあげなよ」
ためらう俺をトワが急かす。
確かにアイネの体勢は楽そうには見えない。しかし──
「いや、タオルとかかけてあげないと背中に水がかかるだろ」
「じゃあこれかけとくっす。ほら」
アイネがそう言いながら器用に腰にまいたリボンのような帯をとった。
うつ伏せになりながら手渡してくる。少し無理した体勢らしく手がぷるぷると震えている。
「ならかけるぞ……」
「よろしくっす」
とりあえずそれを受け取ると帯をアイネの首回りにかけてやる。
スイがアイネの髪を上にあげているせいで妙にアイネのうなじが強調して露出されているようにみえた。
──アイネは恥ずかしくないのか?
散髪する以外で人に頭を洗ってもらうというのはなかなか無い体験だと思うのだが。
とはいえ悩んでいても仕方ない。俺はアイネの髪全体を少しずつ濡らしていった。
「ん、いい感じ」
どうも冷たさについては大丈夫そうだ。アイネの頭皮に当たるように水をかけてやる。
すると三人がぺちゃくちゃと話しはじめてきた。
「アイネって結構髪長くなったよね。昔は短めだったのに」
「あははっ、先輩に憧れて長くしてみたっす」
「二人とも髪の毛綺麗だよね。手入れとかしてるの?」
「ブラッシングくらいしかウチはしてないんすけど、先輩どうやってるんすか?」
「私もそのぐらいだよ。使うシャンプーは宿屋に泊った時のを参考に……あっ、水濡らす前に軽くブラッシングしとかないとっ!」
スイがはっとした様子で俺を見てくる。
──これは気が利かなくて申し訳ありませんでした。
「え? そうなんすか。濡らす前なのに?」
「うん、髪が絡まったままシャンプーするといたんじゃうんだって。アイネはやってなかったの?」
「そうっすね……いきなり水で濡らしてたかも……」
「ふーん。でもボクが見る限りアイネちゃんの髪、綺麗だけどね」
「確かにアイネは髪質恵まれてるよね。いいなぁ」
本格的に俺が入れないようなガールズトークが始まっていた。
髪を洗うのにそこまで考える必要があるのかと半分驚き、半分感心する。
──女子は大変だなぁ、いやマジで。
「えっと、すまん。一度乾かすか?」
「うえー、めんどくさいっすねー」
「まぁいいんじゃない? アイネちゃんの髪の毛もともとサラサラだし、今日ぐらいは」
トワのアイコンタクトに重ね、スイが頷いてくる。
「おねがいしまーす」
「……オーケー」
アイネが良いと言うのだからこのまま進めても大丈夫なのだろう。
とりあえずシャンプーを手で泡立たせてアイネの頭にふれる。
「あぅあ~……なにこれ、きもちいぃ~」
ペタリ、とアイネの猫耳が垂れた。
──そういえばこれはどういう仕組みなんだ?
前から少し触ってみたいという好奇心はあったのだ。それを満たすチャンスかもしれない。
そう考えて耳の裏側を洗ってみる。
「リーダーうまいっすねー……いい感じに力が……にゃはは……」
前に薬草をつけてあげたような変な声ではなくリラックスした声だ。
別に特殊な髪の洗い方はしていないはずなのだが。
いつも俺が自分の頭を洗うようなやり方で大丈夫らしい。
女の子が相手なので流石に力を弱めてはいるが。
ピクリと動く猫耳の感触を堪能しながら、その耳の中を軽く洗ってやる。
その瞬間──
「んぁっ……」
アイネが妙に色っぽく喘ぐ。
……どうやらここは地雷原のようだった。
「な、何変な声だしてるの?」
「ち、ちがっ……リーダーが耳の中まで触るから……ひんっ」
「……なにやってんの?」
トワが呆れた顔で俺を見上げてくる。スイも何か言いたげに俺を見つめていた。
──くそっ、ここを触るのはだめなのかっ!
もう少し触れていたいという欲望を必死に抑え俺は猫耳から手を離す。
「あ、もうちょっと上で」
アイネの言葉に従い上の方をかいてやる。
「あ、違う違う。上って、ウチの頭の上ってこと。後頭部じゃなくて、もっとてっぺんあたり」
「ごめん、ここか?」
「あー、そこ。そこ……あと、おでこの方とか……そんな、感じ……にゃはーっ! これいいっすね!」
どうもかなり気に入られたらしい。
俺が頭をかいてやるたび、アイネがしっかり反応してくれるのが楽しかった。
「ちょっとアイネ、はしゃぎすぎじゃない?」
「そうっすか? 先輩も後で……」
「流すぞ」
「あ、その前にこっちの方もお願いします」
だがアイネとは対照的に俺は結構緊張しているので、長く続けるのは正直しんどい。役得ではあるのだが。
頭皮の辺りが洗えたので髪の先まで泡をつけるとスイが持っていたアイネの髪を俺に預けてきた。
最後に全体をつかんで洗えと言う指示なのだろう。俺がアイネの髪をわしづかみにして頭皮ごと洗う。
しばらくするとスイがアイネの髪を再び持ち、地面につけないように浮かせてきた。
俺は再び携帯シャワーに手をかけるとアイネの頭についている泡を流してやる。
「ん、ありがとっ。洗い残しないっすか?」
「じゃあ私が最後に確認します。どれどれ……うん、なさそうですねー……」
スイが手ぐしを通しながらアイネの髪の隅々を確認していく。
手が空いたし、せっかくなので俺はスイの邪魔にならないようにアイネの頭をマッサージしてあげることにした。
指先で頭を抱え込むようにぎゅっと力を入れていく。
「え、え? なにこれ、すっご! きもちいい! やばい!」




