62話 泊まり
俺達が乗る馬車はファルルドの森へと入っていた。
日も随分と落ちてきたことに加え木々の影のせいで辺りがかなり薄暗い。
そろそろ移動をするのも限界なのではないか。そんな事を考えていた時、馬車が広場のような場所へ進入する。
半径十メートル程の円の形に雑草が綺麗にとりのぞかれており地面の土がくっきりと見える。
「はい、じゃあ今日はここで泊まりましょうか」
スイがそう言いながら手綱を持ち馬達に制止の合図を送る。
すると馬車はゆっくりとその勢いを衰えさせていった。
「あれ、ここは……」
辺りはかなり暗くなっている。それでも俺はこの場所に見覚えを感じていた。
広場の中央付近には焚き火用のものと思われるマキがいくつかあり、その周囲には椅子の代わりのように丸太が置かれている。
「覚えていましたか? お察しの通り、初めて貴方と一緒に泊まった場所ですよ」
そうスイが話しかけてくる。
やはり、この場所は俺がスイに助けられた後に来たところらしい。
「えっ!? それどういうことっすか!」
と、アイネが唐突に大声をあげる。
「え……?」
その意味が分からずに俺とスイは首をかしげた。
するとトワがニヤニヤした顔でスイの顔の近くに飛んでいく。
「ほほー、『泊まった』場所ですか、やりますなー」
──そこに反応するのかよっ!
「ち、ちがっ! そうじゃなくてっ、初めて会ったのがこの近くで……」
スイは、はっとした表情で顔を赤らめながら慌てて否定しはじめる。
こういう時、アイネは追い打ちをかけるように煽ったりすることが多い。
だが今回はスイの言葉にほっとした表情を見せていた。
「まぁ、そりゃそうっすよね。何かあるはずないか……」
「あたりまえでしょっ! もぅ……」
スイがふぅ、ため息を漏らす。
そして馬車から降りると馬車の後ろの方へと移動していった。
「じゃあ、私。馬達の世話をするので。自由にしてもらって大丈夫ですよ」
そう言いながらスイは馬車の後ろでゴソゴソと荷物をあさる。
そしてしばらくすると、手に大きな樽を持って馬達の方へと移動していった。
「んじゃ、ウチはテントとか張っておくっす。んー、張り方覚えてるかなぁ」
スイの様子を見ると、アイネもぐぐっと背伸びをしながら馬車から降りていく。
そんな二人の様子を見て俺は内心で焦りはじめた。
とりあえず馬の世話はできそうにないのでアイネに声をかけてみる。
「あ、俺も手伝おうか?」
「ん? テントの張り方分かるんすか?」
「いや……」
「なら大丈夫っすよ。ウチ何回かやったことあるんで、ここは任せてほしいっす。遊んでていいっすよー」
──いや、遊んでていいって言われても……
携帯ゲーム機とかあるわけでもないし、一人で遊ぶことなんてあるはずがない。
「……え、どうしよう」
「ん? 自由にしてていいんでしょー?」
一人、馬車に残される俺の肩にトワが降りてきた。
もしかしなくても、そこを定位置にするつもりなのだろうか。
少し照れくさいのだがトワは特に気にしていないらしい。
「いや、俺だけ何もしないってのはどうなんだ……?」
自分の肩にいるトワに視線を移すのは少し首が痛い。
と、そんな俺に配慮したかのようにトワが上半身を前に傾けてきた。
「じゃあキミができることをすればいいんじゃない。何ができるの?」
なかなかグサリとくる問いかけだった。
しかし見栄を張ってもしかたないので正直に答える。
「それは……何もできない……」
「あははっ、じゃあ何もやることないねー」
あっけらかんと笑うトワ。全く悪気は無さそうだった。
まぁ、トワ自身、その体の大きさから手伝うことが無いからなのだろうが。
とりあえず馬車から降りて丸太の方へと移動する。
スイとアイネが自分の作業に没頭する中、何もすることなくぼーっとすごす。
ここしばらく仕事をする充実感を感じていただけに妙に居心地が悪かった。
まるでこの世界に来る前、ニートをやっていた時のような気分になる。
「なんで暗い顔してるの? 何もしなくていいんだから楽じゃん」
「ん、そうだな……」
まぁ、楽といえば楽なのだが。
自分が何かをやっている、或いはやれている、という自信と充実感が無いというのは、それはそれで辛いものだ。
苦しいというわけではないが、慢心的な虚無感と無力感で何もできなくなっていく──
日本にいる時と違い、周りから責められことがないぶん幾分か楽ではあったが。
「どうしたの? なんでボクのことじっと見つめてるの?」
「いや、別に……」
特に見つめていたわけではないが視線がトワに固定されていたようだ。
金色の羽がはばたくその姿で我に返る。
「……申し訳ないけど、ボクはキミが異世界から来たってことしか知らないよ? なんでここにいるのかとか、キミが居た世界のことはよく分からない」
俺の沈黙の意味を勘違いしたのか、トワが苦笑いを浮かべながらそう話しかけてくる。
「まぁでも、今までキミを見てたけど悪い人じゃないとは分かるし。なんか面白そうなことになりそうだからキミについていこうかなって思っただけ。さっきも言った通りだよ」
「ふぅん……」
無邪気に話すトワからは嘘をついている様子が見えない。
ふと、初めてトワに会った時に話したことを思い出した。
「でもトワ。初めて会ったときに魔王を止めるのが理由じゃないかって言ってたよな? 他に知ってることあるんじゃないか」
「あれー、言ったっけ……?」
怪訝な顔を見せるトワ。
「俺が来た理由はなんとなく分かるって言ってただろ」
「あ、あー……確かに……」
トワがうーっと唸りながら腕を組み始める。
この様子だと本当によく覚えていないらしい。
とりあえず言葉を続けてトワの記憶を呼び起こそうとしてみた。
「その魔王ってヤツは、あの中にいるんだよな」