59話 押しかけ友達
二人が落ち着いたころをみはからって俺は絆の聖杯について尋ねる。
するとアイネが意外といった感じで首をかしげてきた。
「あれー、これも知らないんすか?」
「あぁ……」
少し恐縮してしまう。
だがすぐにスイがフォローしてくるように話しかけてくれた。
「絆の聖杯はパーティを組む時に使用されるアイテムです。非常に希少価値の高い鉱石を溶かして作成されるとかきいたことがありますが……入手方法は極秘に扱われていて、国から公認ギルドへ一つだけ配布されるものです。それでもこの大きさのものは見た事がありません」
「この大きさだと百人ぐらいのパーティが組めるかもしれないっすね。一応トーラギルドにもあるんすよけどこんな大きさっすよ」
スイの説明にアイネが続く。アイネは両手の指先をくっつけてマルを作るとそれを俺に見せてきた。
普通のコップより少し小さいぐらいの大きさだということだろうか。
しかし、それでも腑に落ちない。ゲームではパーティを組む時にこんなアイテムを使った覚えはないからだ。
「パーティを組む時にそんなのが必要なのか?」
その疑問を二人に投げかけてみる。すると、すぐに二人が答えてくれた。
「当たり前じゃないっすか。これ使わないと味方に攻撃が当たっちゃうんすよ! めっちゃ動きにくいっす」
「はい。特に魔術師と組む時には必須になりますね。どういう理屈かは分かりませんが絆の聖杯を使うと攻撃が味方に当たらなくなるのです」
なるほど、と納得する。
ゲームではシステム上、対人フィールドでもない限り他のプレイヤーに自分の攻撃が命中することはなかった。
しかし現実世界となればそうはいかないだろう。
スイの言うとおり範囲魔法を使う魔術師であれば常時フレンドリーファイアが発生することになってしまう。
特に上級ダンジョンになれば魔術師の範囲魔法は安全地帯を作り出すために常時展開される事が多い。あれが味方にヒットするとなれば魔術師なんてパーティにはむしろ邪魔だろう。
「しかし、なぜ貴方がこれを? 個人が手に入れられるものじゃないですよね? 国宝クラスのアイテムのはずですが。しかもこの巨大さって……」
と、スイがトワに対して怪しげに視線を送る。
どうやら絆の聖杯というアイテムは相当なレア物らしい。
「んー。ボク妖精だから。だいたいのものは持ってこれるよ。少なくとも盗んできたものじゃないからそこは信じてほしいな」
そう言いながらトワは困ったように笑う。
──妖精だからってどんな理屈だよ……
あまりにつっこみどころ満載の理由に思わず絶句する。
しかし──なんとなくだが、嘘をついているようには見えなかった。
スイもそう感じたのか一回頷くとそれ以上の追及をやめる。
「まぁとにかく。これで君達はパーティが組める。実はボク、結構彼の事見ていたんだけど……確か、彼はギルドカードが発行されていないんだよね? ギルドでパーティを組むことはできないでしょ。絶対に必要になると思ったんだよね、これ」
──見ていた!?
若干ストーカー的な怖さを感じるのだが大丈夫だろうか。
「見ていたって、どこにいたんだよ……」
「普通にいたよ? 隠れてたから気づかなかったと思うけど」
「いや、なんで隠れ……」
「まぁまぁまぁ、これあげるからさ。ボクをパーティに入れてよ? そしてボクを友達にしてくれない?」
と、追及を続けようとしたら強引に話題を打ち切られた。
……やはり怪しい点はぬぐえない。
しかし表情から友達にしてほしいという言葉は真摯なものに聞こえた。
まぁ、トワの演技力が優れていたらということも考えられるがそんなことをしても彼女に何のメリットがあるのかも分からない。
疑い始めたら埒が明かないからここは素直に応じた方がいいかもしれない。
「あっはは。友達になるのにそんなのいらないっすよ。でもパーティ組めるのは嬉しいっすね」
「たしかに。彼の魔法に巻き込まれたら私達、即死すると思いますからね」
さらりと恐ろしいことを言い出したスイ。
何故に俺に協力を依頼したし、とつっこみたくなる。
……ともかく、それならば、もうこちらに選択肢なんてないかもしれない
さっきから打算で考えてしまっていて少し自己嫌悪してしまうが、そうだとすればもはや断る理由なんてないだろう。
「でしょ、でしょっ!? ってことでパーティ結成しよう。ね? それにボク、転移魔法とか使えるから結構役にたてると思うよ?」
俺達が賛成に傾いていると察したのかトワが俺の前でふわふわ飛びながらさらにアピールをしてくる。
するとスイがトワの言葉に疑問を思ったのか怪訝な表情を見せた。
「転移魔法?」
「うん。一度いった所なら魔法で連れてってあげられるんだ。人、物限らずね」
胸を張り自慢げな表情を見せるトワ。
対してスイは眉をひそめる。
「そんなことができるのですか? 本当に?」
「本当だって。簡単になら見せてあげるよ、ほら」
そう言いながらトワは馬車の後ろの方に飛んでいく。
何をするつもりなのかと俺達はトワの背中を見つめていると、トワは荷物を置いている場所の方で降りて行った。
その直後──
「えっ!?」
スイが素っ頓狂な声をあげる。
振り返ってみると、スイの膝には彼女がいつもつけている剣が鞘に納められた状態で乗っかっていた。
「ほら! そっちに剣行ったでしょ?」
背後からトワの声が聞こえてくる。
その数秒後にトワが再び俺達のところへ飛んできた。
スイとアイネは目を丸くしながら剣とトワに交互に視線を移している。
「凄いです。こういうタイプの魔法は見た事がないですね……」
「こんな魔法もあるんすか……」
二人のことを見て、ふと思った。
ゲームでは人が拠点にするような村や街を移動する場合、NPCがワープポータルを出してくれていた。
まともに間のフィールドを移動するなんてことは初心者でもやらないようなことだったのだ。
しかし現に俺達は徒歩ではないにせよ馬車を使ってフィールドを歩いている。
それはこの世界に転移魔法が浸透していないからなのだろう。思えば、あのNPCは世界観とは少しマッチしていないメタ的な発言をするキャラだった気がする。
「そうなんだ? ま、でもキミは信じてくれるよね。アイネちゃんを助けに行く時、ボクが送ってあげたでしょ」
トワがそう言いながら俺に視線を送ってきた。
たしかに俺は自分の身をもって体験している。
あれが今ここでトワが実演した転移魔法と同質のものなのであればトワの能力は疑いようがない。
「あれ、あの時トワちゃんに会ってたんすか?」
予想通りアイネが俺にそう問いかけてきた。
「あぁ。俺がアイネの所に戻ろうとした時に送ってくれたんだ」
「おーっ! じゃあトワちゃんも命の恩人なんすねっ! ほんと助かったッす。ありがとーっ!」
「どういたしましてっ、仲良くしてほしいなー」
急にアイネとトワがキャピキャピした空気を出してきた。
スイが二人のはしゃぎように苦笑いを浮かべる。
「まぁ……それが本当ならば断わる理由はないですね。是非よろしくお願いします」
「うん、よろしくねー。スイちゃん」
スイに対して手を振りながらそう言うトワ。
その後、トワは俺の方に振り返って話しかけてきた。
「んで、ほら君も。なんか難しい顔してないでさっ」
「……分かった。よろしくな、トワ」
小さな体だから握手はできない。
その代わりと言わんばかりに、トワは俺の手の平にのるとにっこりと笑みを浮かべてきた。
「えへへっ、これでボク達は友達だねっ!」