56話 旅の始まり
歓声の中で、やはりスイは俺とアイネに交互に視線を移しているだけだった。
──さて、どうやって答えたらいいものやら。
昨日の夜のことを詳細に説明するわけにもいかないだろう。
「いや、俺は、えっと……」
どこまで話せばいいのか分からず、俺はアイネに視線を移す。
情けない話だが、こうして助け舟を求めることしかできなかった。
しかしアイネはにこにこと笑いながら俺の腕にしがみついているだけで視線を合わせてくれない。
周囲の歓声のせいで俺の声が打ち消されているのもあるだろう。
アイネはずっとそのまま俺の二の腕に頭をこすりつけているだけだった。
アイネの髪から漂うシャンプーの香りが鼻をくすぐる。
──これはこれで幸せかもしれない
「なにーっ! スイが負けたかっ!」
「うそだろっ、どっちも奥手だと思ってたのに、マジかよっ!」
「くっくっく……俺の勝ちだな……」
「ま、まさかっ……アイネ一点張りが正解だったとは……! 二人いけよ、ばかっ……」
と、受付広場のテーブルで銀貨をばらまく男達の姿が目に入る。
大多数の男が俺を恨めしそうに見つめてくる中で、一人の男が親指をたてて、よくやったと声をかけてきていた。
それに対し、スイは左腕を払いながら抗議する。
「ちょっと! 何やってんですかっ!」
「ははは……なんか、賭け事のネタに使われてたみたいっすね……ま、それはともかくウチもいくんでよろしくっす」
「な、なんてっ……! いや、そうじゃなくて!」
わたわたと両手をコミカルに振り回すスイ。目が渦を巻いているようだった。
そんなスイの肩を軽く叩きアーロンが諭すように話しかけてくる。
「あらいいじゃない。恋する乙女は強いのよ。スイちゃんの討伐依頼に協力するのは無理だとしても道中なら心強い味方になると思うわ。それに一緒に旅するのって楽しいものよ?」
「い、いやいや! そういうことじゃなくてっ! そ、そもそもだよ? アイネ、貴方がトーラギルドから抜けたら戦力が……」
「うっ、それは……」
スイの言葉にアイネがしゅんと耳を垂れさせる。
しかしアーロンがその流れをきってきた。
「大丈夫よ。アイネちゃんの乙女っぷり、しかたと見届けたわ。ここは私にまかせなさい。それに、昨日の戦いで少し私の筋肉がうずいちゃったのよね……! 筋肉がつきすぎるのも困りものだけど、やっぱ運動しないとだめねっ!」
──笑っているんだよな、あれ?
毎度のごとながら笑顔がとても禍々しい。筋肉のきしむ音がこちらまで聞こえてくる。
だがアイネはご機嫌だった。
「お、おーっ! さすがアーロンさんっす! かわいいっすよ!」
「まぁアーロンがやる気になったのなら、戦力的な意味なら何も心配ない。エースとはいえアイネのレベルが抜群に高いという訳でもない。ほれ、何の気兼ねもなく行って来い。なんなら依頼が終わった後、帰ってこないでお前らで旅でもしてきたらどうだ。ナッハハハハ」
手を払いながらアインベルが笑い始める。
厄介払いでもするかのような言い方だった。
当然、アイネは不満をあらわにする。
「む、むー! なんかすごいむかつくっすね、それ……」
「ナッハハハ、せいぜい精進せよ。そして、幸せになりなさい」
「と、父ちゃん……」
と思っていたのだが。なんかすぐにアインベルとアイネが目を潤ませながら見つめ合いはじめた。
「い、いや……ちょっと、なんかその台詞って……」
その謎の空間を目の当たりにして非常に恐縮なのだが。
一応、声をかけてみる。しかしすぐにそれは遮られた。
「それと新入り。ありがとうな」
「えっ、は?」
「こいつもあと少しで成人するしなぁ。嫁入りを考える年齢なのだが……いかんせん、トーラから出たことが無くてな。貰い手をどうするか悩んでいたのだ」
「よ、よめっ!?」
スイの声が聞こえてくる。
もはや彼女はただの突っ込み役になっていた。
「アイネ! そこまで話しがいってたの!?」
「え? いや別に。でも将来的には狙うつもりなんで、父ちゃんはほっといていいんじゃないっすか?」
「あ、だめ……なんかくらくらしてきた……」
──俺もだよ、スイ……
内心で彼女に共感を覚える。
しかもそれに追い打ちをかけるようにアインベルが手を叩き始めた。
「いやぁ、アイネも相手が見つかってよかった。めでてぇ、めでてぇ! ナッハハハハ」
──あれ? この流れ、ここに来た時にもされたような。
そう思うや否や周囲の人たちも拍手を始めてきた。
「おめでとうアイネ! お前もこれで大人だなっ!」
「彼氏ー、アイネを大事にしろよー! 俺達にとっても娘みたいなもんだから」
「アイネを泣かせたらゆるさねっからなぁっ!」
「おめでとう! おめでとう!」
「コングラッチュレーション……おめでとう……!」
「う、うーっす! がんばりまーっす!」
歓声と拍手の中、アイネが顔を赤らめながら皆に手をふっている。
今回はただの勘違いではないし、あまり否定してもアイネを傷つけるだろうし、本当にタチが悪かった。
そこで俺は前回、爆発オチを担当した英雄に目を配る。
「くっ……な、なんですかこれは……」
期待できそうになかった。
彼女は呆れたようにため息をついているだけだ。今日は湿気が強いのかもしれない。
ふと、スイは俺の視線に気づいたのか笑みを浮かべてくる。
……明らかに無理して作ったと言わんばかりの笑顔を。
「……大丈夫ですよ。別に、私が口を出すことじゃないですし。全然」
言葉とは裏腹に眉がひくひくと痙攣している。
物凄く何かを言いたげな様子に見えた。
そんなスイにアイネが煽るように指を指す。
「あれー、そうなんすか? ウチが独り占めしていいの?」
「それは、どういうことかな……?」
「それは、どういうことっすかねー?」
あははははは、と笑いながら二人が見つめ合っている。
──なにこの空気? 超怖い……
笑顔で牽制しあう二人の姿はいつもの言い争いより数段怖く見えた。
ともあれ、拍手歓声が響くこのエリアからなんとかして逃げたくて、俺は口を開く。
「あの、そろそろ出発しましょう……? ね?」
するとスイは一回ため息をつくと、再び満面の笑顔を見せてきた。
「……そうですね。いこうか、二人とも? よ、ろ、し、く、ね」
──やっぱり怖い……
何も答えられない俺に、彼女は笑顔のままでアイネと一緒にギルドの入口扉の方へ歩き出す。
「よーっし、がんばるっすよ」
俺から離れ、走り出すアイネ。こちらに一度振り返りウインクを投げてくる。
……ふと、一週間程のここでの思い出が頭をよぎった。
このギルドにいた時間は短かったが毎日が充実していた。
それがスイとアイネのおかげであることはいうまでもない。
そしてもちろん、このギルドの人たちのおかげであることも。
「あの、行ってきます」
二人が扉を開けて外にでる姿を見て、俺は周りの人たちをぐるりと一周見た。
直接話さなかった者も中には大勢いる。ここにはいないが妙に喧嘩をふっかけられた人もいた。
しかし俺は感謝していた。このギルドに拾われなければ俺は生きていなかっただろうから。
「行ってらっしゃい。無理しちゃだめよ」
「ナッハハハ、アイネをよろしくなっ!」
アインベルとアーロンに対し、一回頷いてアイコンタクトを送る。
そして俺は二人の後を追いかけて行った。
旅の始まりに、胸を躍らせながら。
これでようやく1章が終わりました。
ここまで読んでくれてありがとうございます。
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これからの異世界少女達との旅も、是非楽しんでくださいっ!