55話 暴露
日がやや傾き始めた時間帯に、俺は食堂の掃除を終え受付広場へ移動してきた。
あの後、馬車の用意等といった旅の準備をするスイを待つのを兼ね、俺はいつもの仕事に戻っていた。
そして待ち合わせの時間になり、早めに今日の仕事をあがらせてもらい今に至る。
「あっ、きたきた」
俺を見ると受付カウンター近くのアイネがこっちに近づいてきた。
どうやらアイネも早めに仕事を終えたらしい。クエストの納品をしていたようだった。
そして、アイネがいた場所のそばにはアインベル、アーロン、スイの三人が並ぶようにして立っていた。
午前の時間帯とは異なり、ギルドの受付広場は常連冒険者や職員でいつものようににぎわっている。
いや、この時間帯にしてはこの騒ぎ方は珍しいかもしれない。
そもそも、ここにいる全員がスイや俺達の様子をうかがっている。
まるで送別会のようなムードだった。スイを見送りにきたのだろう。あまりスイが他の冒険者と話す姿を見た事はないが、皆少し寂しそうな顔をしている。
「すでに馬車も用意できているが……本当に今からいくのか」
「えぇ、できる限り早く出発したいので」
心配そうに声をかけるアインベルに、スイが笑みを浮かべながら答える。
「おーいっ! なんかよく分かんねーけどがんばれよー」
「はい。頑張ります」
周囲から飛んでくる声にもスイはしっかりと答えていた。
服装はいつもとちがって鎧を外したままだが、いつもの調子を取り戻しているようにみえる。
そんな中──
「新入りさん……」
と、アイネが声をかけてきた。
少し表情を曇らせている。なんとなく察しはついていた。
「先輩といっちゃうんすか……」
「えっと……」
声が詰まる。俺自身もこうなる事は予想していなかった。
アイネの告白のことも、スイの依頼のこともだ。
両方を無視できないだけにアイネが寂しそうな顔を見せてくるのが辛かった。
そんなことを考え沈黙していると、アイネは腰に手をあて上半身をぐいっと傾けながら俺を見上げてきた。
「あの、伝わってるんすよね? ほんとに」
「えっ……」
「昨日の」
少し顔が赤くなっている。
さすがに、俺はそこまで鈍感ではない。
アイネの問いかけに首を縦にふる。
「あぁ……」
「ん、よかった」
そう言いながらアイネは背筋を張り姿勢をもとにもどす。
そして俺の肩をぽん、と叩くとスイの方へと歩き出した。
「なら、ウチだって……」
アイネが歩き出す時に、そんな声がきこえてきた。
──何かするつもりなのか?
その言葉の意味が分からず黙って歩いていくアイネを見つめていると──
「あのっ! ウチも連れってってほしいっす!」
そんなアイネの声がバシッと耳に届いてきた。
──ん?
「アイネ……? え、連れてくって……私に?」
ぽかんとした表情をみせるスイ。周りも一瞬、シンと静かになった。
そんなスイらの意識を呼び起こすかのようにアイネが大きな声をあげる。
「ウチだって、ついていきたいっ!」
「アイネ、何を言っている。お前が協力できる相手では……」
と、アインベルがアイネを止めに入った。その肩をつかもうと手をのばす。
だがアイネは逆にその腕をつかんでそれを止めた。
「そ、そうじゃないっ!」
アイネの真剣な叫び声が辺りに響く。
アインベルの顔を睨むように見つめるその表情からその場にいる全員がアイネに注目する。
「……アイネ?」
何を言うつもりなのか。数秒ほどの沈黙の中で、ついその名前を呼んでしまった。
「新入りさんっ!」
アイネがそれにこたえるようにこちらを見る。
そしてそのまま俺に駆け寄ってくると──
「ちょっ、アイネ! なにし……」
「先輩と一緒に居たいってのもあるけど……ウ、ウチは! 新入りさんについていきたいっ!」
そのまま俺の腕に抱き着いてきた。
同時に受付広場に響くアイネの声。
「えっ!?」
ざわりと辺りの空気が動く。
全員が目を丸くしてアイネを見つめていた。
当然、俺も含めて。
──もしかしなくても、今ぶっちゃけた?
「あぁそういうことか。ならば行ってこい」
と、アインベルがさも当然といった感じで声をかけてきた。
まるで買い出しを頼む時のような気軽さで。
「へへっ、父ちゃんらしくもなく察しがいっすねー」
アインベルに対して人差し指でつんつんとつつくポーズをしながらアイネがそう答える。
昨日の夜の時と同じように俺の思考が停止した。それはおそらくこの場にいる殆どの者がそうであろう。
しばらく全員がそのように硬直していたが、その中でスイが一番早く立ち直る。
「い、いやっ! え、どういうこと?」
「こういうことっす」
目を泳がせながらといかけてくるスイに、アイネが俺の腕を抱きしめる力を強くする。
だがそれでもスイは状況が理解できていないようだった。
「え……え?」
俺とアイネを交互に見ながらスイが困惑の声をあげている。
情けない話だが俺は声帯を奪われたかのように、全く声をあげることができなかった。
そんな俺達に呆れたように、アイネがむぅと頬をふくらませる。
そして──
「先輩は察しが悪いっす! つまり、こういうことっ! ……んっ、ちゅっ……」
俺の腕を引き寄せるアイネ。
唐突にそれをされたことで俺が体のバランスを崩す。
その直後、頬に柔らかな感触が走った。
「えっ……」
何事かとアイネの顔を見つめる。
少し頬を染めながら俺を見上げ、唇をゆっくりとなめるアイネ。
──なに、そのエロい動き?
別の意味で俺は驚いてしまった。
「アイネっ!?」
スイの悲鳴のような声が響く。
それを皮切りにして──
「うおおおおおおおおおっ!?」
周囲の冒険者達が歓声をあげた。
殆どがオッチャンなだけあって、むさ苦しさに拍車がかかる。
「えっ、でも……え? 貴方達、そういう……?」