53話 受けた依頼
「えっ!?」
「せ、先輩が……?」
と、その言葉にはさすがに驚いた。
アイネと俺はほぼ同時に素っ頓狂な声を出す。
──スイが嫌われている?
実力の高さから嫉妬の対象にはなるかもしれないが、嫌われるような人格の子には全然見えない。
と、アインベルがそんな俺達を見て口を開く。
「それについてはスイのせいではない。ないのだが……」
そこで口を閉ざしアインベルはスイを見る。
対して、スイは無言で頷いた。アインベルが言葉を続ける。
「実はスイは元貴族の娘でな。両親は王族の財産を横領しようとして捕まり貴族の地位を失ったという過去がある。スイが親元から離れてワシに預けられたのもそれがきっかけになっていたのだ。単純に言えばスイは重罪人の娘なのだ」
「っ!?」
それを聞いてアイネが顔をひきつらせた。
おそらく、俺も同じような顔をしていただろう。
スイのこともそうだが、アイネがそれを知らなかったことにも驚いていた。
「……実は二か月程前、両親のことが周囲にバレまして。犯罪者の娘だってことで……その……」
そこまで言うとスイは顔を俯かせた。
──これは思ったよりヘビーだな……
スイの表情がここまで暗いのも合点がいく。
英雄の師匠、なんて肩書きがあるにも拘わらずアインベルの弟子がかなり少ないのもこの点が影響しているのかもしれない。
「そんなのっ!」
と、アイネがバンと机をたたきながら腰をあげた。
まさに怒り心頭といった表情で。
「そ、そんなのひどくないっすか! だって、先輩は何も……」
アイネがそこまで言ったところでスイが首を横に振る。
「それはアイネが私の友達だから言えるんだよ。アイネが仕事を発注する時、そのクエストを犯罪者の家系の人に安心して任せられるかな? パーティを組もうとした時、命を預けられる? 報酬をとられないか不安にならない?」
「っ……」
その言葉にアイネはくっと唇をかみしめる。
正直、今まさに俺もアイネと同じような事を言おうとしていた。
そしてアイネと同じようにスイが言うところまで想像できていなかった。
「その依頼ってスイが絶対達成しないといけないものなのか?」
ふと、俺は話題を変える意味も込めてそんな疑問をぶつける。
ゲームではギルドから受けたクエストはキャンセルすることができた。
ペナルティとしていくらかの金額を支払うことはあるが、どうもスイは依頼達成に固執しているようにも見える。
それが少しだけ疑問だった。
「それは……」
俺の言葉に、スイはさらに表情を曇らせる。
何かまずいことをきいてしまったのだろうか。いくつもの苦虫を噛み潰したかの如く苦い顔をしている。
と、アイネがスイの代わりと言いたげに俺に言葉を返してきた。
「依頼をキャンセルすれば信用も下がるし、違約金もかかるんすよ」
「そ、それもあるんだけど……はぁ……」
スイがそうじゃない、と言いたげに視線をちらちらと移す。
そんなスイを見かねてアーロンが口を挟んできた。
「ちょっとスイちゃん大丈夫? 私から伝えようか?」
「いえ、大丈夫です……すいません……」
ぺこりと頭をさげてスイが数秒ほど沈黙する。
その後、改めて俺を見ると一つ深呼吸をした。
再び数秒の沈黙を挟んで、スイは口を開く。
「その、ですね……話すと長くなるのですが……ライル・スローガルって人を知っていますか?」
「ん、ライル……?」
アイネは心当たりがあるようだ。ピンときた表情をしている。
だが、俺の方は申し訳ないことに心当たりは全くない。仕方ないので首を横に振る。
「大陸の英雄と呼ばれる者の一人だ。聞き覚えはないか」
「いえ……」
「ふむ。スローガル家といえば炎の魔物に精通する冒険者を出すことで有名なのだが……」
アインベルが念を押してきたが本当に心当たりがないのでもう一度首を横に振る。
出鼻をくじかれた感じになったスイが苦笑いを浮かべた。申し訳ない気分になる。
「えっと、まぁそういう剣士の男性がいるんですよ」
「それがどうかしたっすか?」
アイネが怪訝な表情でそう問いかける。
確かに、少々文脈が見えない。
「……その方に交際を申し込まれているのです」
「「えぇっ!?」」
同じ驚きの声を同時に俺とアイネがあげる。
十秒ぐらい俺とアイネは唖然としていたのではないだろうか。
苦々しく笑うスイの表情が痛々しい。
このまま黙っていても気まずいので俺は白くなった頭に思考をよぎらせ、なんとか言葉を続けていく。
「……あの、それとどういう関係が?」
「ライルさんとは何度かパーティを組んだことがあります。犯罪者の娘とばれた後でも殆どの方が私を避ける中、かまわず私に接してくれた方で……三か月程前から交際を申し込まれているのですが……」
「おぉ~……いい人なんすね!」
「……まぁ、そうなのかもしれないですけど。なんかその、私には優しく接して……いや、優しいのかな、あれ……」
スイはそこで一度言葉を切ると苦々しく笑った。
「と、ともかくっ、苦手というか、ちょっと変というか……信用できなくて……」
スイの顔がどんどん憂鬱なものになっていく。
なんとなく察しがついてしまった。
「英雄なのにっすか?」
だがアイネはそうではないらしい。
まぁ確かに英雄と呼ばれる存在にもかかわらず人格に難ありというのは少し想像できなかった。
そんなアイネにアーロンは苦笑いを浮かべながら答える。
「……要するに下心が見え見えってことよ」