51話 抱っこ
同時に響くスイの声。
俺の竹刀はフォースピアーシングで作られた光の刃を弾いた瞬間、黄金の火花を放つ。
それが光の刃を伝ってスイの竹刀、そしてスイの体を襲う。
「なっ……スタンパリング!? 剣士のスキルまで使えるのですかっ」
横に転びそうな体勢になるも、スイは竹刀を杖のように使って急いで体勢を立て直す。
「そうみたいだな……」
スタンパリングは剣を装備した状態で物理攻撃を受けた際これを無効化した上で相手を一瞬スタン状態にする剣士のスキルだった。
自信は無かったが、やはり竹刀は剣として扱われるらしい。
相手に与えるダメージは無く消費するMPが非常に多いため、これを使うぐらいなら攻撃スキルを使った方がダメージレースとしては有利なことが多かったのだが……
──そういえば俺のMPってどれぐらいあるのだろう?
ふと、そんな疑問が頭をよぎる。
クラスが剣士の場合、スタンパリングを五回も使えばMPが空になった気がするのだが。
そもそもMPという概念がこの世界でどう表現されているのか不明だった。
これを消費し仮に枯渇したとしたら、どのような状態になるのだろうか。
「くっ……それでも、攻めるしかっ!」
スイが一歩足を踏み入れてくる。
それを見て我に返った。さすがに戦闘中にまであれこれ考えるのはバカだったかと反省する。
──ものはためしだ、考える前に有用そうなものから色々試してみよう。
「やあっ!」
右上から振り下ろされた竹刀をスイの右側にもぐりこむようにかわす。
と、これは読まれていたようでスイはそのまま左足をつかって回し蹴りをしかけてきた。
これも軽くしゃがんで回避する。
頭の上を巨大な鈍器が通り過ぎたかのような風がふいた。
スイの全身そのものが凶器に見える。
しかし、やはり俺の身体はその攻撃を全て見切ってくれた。
しかも数回スイの攻撃を見たおかげでそれに対する恐怖心も薄れてきた。
スイのスカートの中がスパッツだったことに気づける程度に。
──まぁそりゃ当然か。
俺は攻撃を回避しながら拳闘士のスキルをイメージする。
「こ、これはっ!?」
スイの攻撃の手が止まった。その表情がさらに驚愕の色に染まる。
「ば、ばかなっ! あれは練気……!? しかも、一瞬で全ての練気をっ」
横からアインベルの声も聞こえてきた。
習得できるレベルが100であるため、彼らから見れば驚くのも無理はないかもしれない。
──こうも驚いてくれると、なんか照れ臭いな……
俺が使ったのは練気・全。消費するMPが重く、チャージを必要とするが練気・脚、拳、体の効果を同時に得ることができるスキルである。
とはいえレベル2400の恩恵のおかげかMPを消費した感覚もチャージにかけた時間も皆無と言って良いものだったが……
ともかく、練気・全は脚の移動速度を上がる効果、拳の攻撃力が上がる効果、体の防御力があがる効果を生じさせ、そして何より拳闘士のスキル使用の前提として非常に優秀なスキルだ。
これを使用できるのはかなり心強い。やはり俺は全クラスのスキルが使えるとみて間違いない。
俺はそう思い、拳闘士で有用なスキルをさらに試す。
「よっと……」
無影縮地という練気・脚状態で使う事ができるスキルがある。
それは自分の指定した場所に一瞬で移動するというものだ。
ゲームでは、これを連続利用することにより拳闘士は他の追随を許さない機動力を誇っていた。
「え、消えた……?」
無影縮地を使った瞬間、写真を切り替えたかのように風景が変わる。
もっとも、周囲が似たような景色のためそこまでガラリとは変わらなかったが。
俺はスイの後ろ側に瞬間移動していた。
「先輩、後ろっす!」
遠くからアイネの声が聞こえてきた。
それに反応しスイが俺の方に振り替える。
「なっ、なんでっ!?」
急いで竹刀を構えなおすスイ。
「なんですか、そのスキル。見た事がありません……しかも、その光、練気ですか?」
「あぁ……」
──あぁそっか、どおりでなんかまぶしいと思ったんだよなぁ。
俺は自分の体を見下ろす。練気の効果で体中に青白い光が集まっていた。
「くっ……ブレイズラッシュ!」
と、スイが竹刀を地面に叩きつけ再びそのスキルを使ってきた。
今度はスイの前方に幅狭く、かつ俺の方におそいかかるような炎の壁が出現する。
「器用だな、ほんとに……」
スイはブレイズラッシュの炎を自在に操れるようだ。
こういう事はゲームではできなかったため感心する。
とはいえ回避は簡単だ。体を横にずらせばいい。
もっとも、炎がこちらに到達するスピードは車が突進してきているかのようなものだ。
やはり日本にいたときの体では絶対に反応できなかっただろう。
「そこっ!」
と、俺の耳にスイの小さな声が届いた。
その瞬間、俺はある違和感を感じた。
──スイの声の場所が高い……?
「フォースピアーシング!」
「っ!」
そのスキルを発動させる掛け声に俺はようやくスイの居場所を確認した。
スイはブレイズラッシュで発生した炎の壁の上から俺を睨んでいる。
天地が逆転したかのごとく足を天にのばしこちらに対して剣を引いている。
炎の壁の高さは、三メートルは確実にあると思われる。
あの高さまでスイは自力でジャンプしたということだ。しかもこの僅かな間に。
「やああああっ!」
ブレイズラッシュの炎の壁が消え始めた瞬間、スイの突いた剣から俺の方に青白い光の刃が伸びてくる。
おそらく、その一撃はスイの渾身の力が込められていたのだろう。
今までの攻撃の中で一番鋭く、そして一番恐ろしかった。
「くそっ……フォースピアーシングッ!」
思わず、俺はそう叫んでしまう。
すると右腕に何か強大なエネルギーが集約していくのを感じた。
ほぼ反射的に腕を前に突き刺す。
今までスキルや魔法を使った時とは異なり、エフェクトをイメージしなくてもそのスキルが発動した。
──スキル名を叫ぶとこうなるのか。
「……えっ!? が、ぐあっ……!?」
俺の竹刀から延びた青白い光がスイの体を貫く。
スイの手から竹刀が離れ、スイのフォースピアーシングが消滅する。
その瞬間、俺の竹刀が突然輝き始めた。
同時に俺は自分の右腕に今まで感じた事のないような物凄い気怠さを感じた。
「スイ……?」
だが、そんな事に気を取られている場合ではなかった。
俺の攻撃を受けたスイは上空に突き上げられ十メートル近くと思われる程上空に、その体を弾き飛ばされている。
「スイ!」
アーロンの悲痛な声が響く。
流石の俺もこの状況で唖然とする程バカではなかった。
すぐに今の状況を理解する。
先の右腕の感覚は竹刀にかけられた魔法が発動したに違いない。
そうだとすればスイは生きている。しかし、あの高さから地面に叩きつけられたらどうだろう?
「スイーーーッ!」
俺は竹刀を投げ捨て、スイを見上げながら走り出す。
やや斜め下の方向から攻撃を受けているせいでスイの体は弧を描くように空中に舞っている。
とはいえ、そこまであさっての方向にはとんでいない。すぐに落下点を読むことができた。
「ぐはっ! あ、ぐ……かはっ……」
どんな衝撃が来るのだろうと覚悟していたが意外にもスイの体は軽かった。
この体は空気しか入っていないのかと疑問に思う程に。
しかし、スイの苦悶に満ちた表情を見れば彼女の受けた衝撃が凄まじいものだということはすぐに察しがつく。
「おい、大丈夫かっ!」
そう言いながらヒールをかけた。
スイの体をエメラルドグリーンの光が包み込んでいく。
「う、うぅ……ヒールですか。さすがですね」
その光が消えると同時に、スイは穏やかな笑みをみせてくれた。
それを見て安心する。顔色は良く、傷があるようには見えなかった。
「勝負あったな。やはり実力は本物らしい」
「すごい……先輩が何もできないなんて……」
「……圧倒的ね。見事だったわ」
勝負を見守っていた三人が近づいてきた。
それを見てスイがその笑顔に苦みを混ぜる。
「あはは、まいりましたね……たった一撃で致命傷ですか……」
そう言いながらスイは自分の腹部に手を当てる。
それを目で追ったことで、俺はスイの鎧に穴があいていることに気づいた。
しかもスイの鎧は全体にひびが入っている。どうも俺のフォースピアーシングの仕業らしい。
とはいえスイの肌をじろじろと見るわけにもいかない。
俺はなんとか理性を働かせスイの顔に視線を釘づけにした。
そして本来一番ききたかったことを彼女に問いかける。
「スイ、なんでこんなことを……」
「はい。お話しします。しますけど」
スイは俺の問いかけに優しく微笑みながら返してくれた。
しかし、すぐにスイは顔を赤くして俯いてしまう。
「あ、あの……おろしてくれませんか……?」
その瞬間に俺は気づいた。
自分がスイをお姫様抱っこしていることに。