50話 本気の模擬戦
「ここでいいですね」
トーラギルドから歩いて十分程の場所にグラウンドのような場所があった。
やや雑な感じはあるが整備もされているらしく雑草が生えているようには見えない。
地面はしっかりとした土がまかれているようで硬すぎず柔らかすぎず、そして何より凹凸が殆ど無いため歩きやすい。
俺はこの辺りにはあまり来たことがないので意外な場所があることに驚いていた。
アインベルが弟子を育てる訓練場として使われているらしい。
「準備はいいですか?」
俺から十メートル離れた場所に移動しスイが話しかけてくる。
アーロンとアイネはグラウンドの端に移動し、アインベルが俺とスイを三角形で結べるような位置にいる。
「な、なぁ……本気でやるのか?」
答えなど分かっているが念のためにきいておく。
「少なくとも私は」
淡々と答えるスイ。姿勢を変えないままキッと俺を睨みつけている。
正直それが怖くて理由をたずねてしまった。
「なんでそんなに怒っているんだ? 俺は……」
「怒っていません。気を抜いていないだけです。アーロンさんの言葉が本当なら、私は一瞬で死ぬ可能性がある。もちろん、そうなるつもりはありませんが」
──死ぬ!?
物騒な言葉に反射的に言葉を返す。
「俺がスイを殺すわけないだろっ!」
「分かっています。でも、貴方がそのつもりでなくても、そうなるかもしれない」
「……!?」
どういうことか分からず思考が停止する。
だがすぐに俺はアインベルの言葉を思い出した。
少なくとも『お前が』死ぬことは絶対にない、という言葉を。
俺が、ということは、スイは死ぬ可能性があるということを示唆していたのかもしれない。
その言葉から俺はある疑問点に気づいた。
俺が持っているこの武器……というか竹刀でどうやって魔法の威力を軽減するのだろう。
この竹刀にかけられているという魔法が効力を発揮するのはこの武器を使ったスキルや攻撃に対してのみなのではないか。
そうだとすればスイの言葉にも説得力がある。
しかし余計に理解できない。
何故、スイは命を懸けてまで俺の力を試そうとするのか。
「だから気を抜けないのです。別に怒っていません……そろそろ勝負を開始しますか」
これ以上の思案は許されないようだった。
スイは竹刀を片手で持ち腰を低くする。居合の構えのような体勢だ。
「ではスタートの合図はワシがするか」
アーロンは腕を上げる。スイを不安そうに見つめる仕草が、俺の不安をも掻き立ててきた。
「くそっ……」
思わず舌打ちする。
だが、勝負の前に気づくことができてよかった。
ようするに魔法を使わなければいいということなのだから。
「はじめっ!」
アインベルが素早く手を振り下ろす。
ほぼ同時にスイは竹刀を地面に向かってきりおろした。
「ブレイズラッシュ!」
スイの竹刀が地面にぶつかった瞬間、スイの前方から強烈な爆発音とともに炎の壁が出現した。
スイの身長の倍ぐらいの炎がその姿を隠す。
「ん……?」
ブレイズラッシュは自分の周辺に円形の炎の壁を作って敵をノックバックさせる剣士のスキルだ。
一見、炎属性の魔法のようにも見えるがあの炎は魔力で出来たものではなく気を爆発させて作るという設定があったはずで、物理属性を持っている。
だがスイが使ったブレイズラッシュは俺の知っているそれと少し違っていた。
炎の壁はスイの周辺ではなくスイの前方のみに出現している。
その代わり、その炎の壁は随分と分厚く、また幅も大きく横に広がっていた。
──いったい何をやっているのだろう?
ブレイズラッシュはどちらかというと迎撃やモンスターハウスを処理する時に使われるスキルだ。こんな遠距離で使うスキルではない。
スイの狙いが分からず俺はしばらく呆然と炎の壁を見つめていた。
「やああっ! ソードアサルト!」
悠長にそんな事を考えている俺に喝を入れるかの如く、スイが炎の壁を突き破ってこちら側に突進してきた。
ソードアサルトは僅かながらチャージを必要とするスキルだが高速で相手に突進することができる剣士のスキル。
俺は緊張を抑えながらとりあえず竹刀を構える。
「ブレイズラッシュ」
と、突進の途中でスイは再び竹刀を地面に叩きつけた。
再び出現する炎の壁でスイの姿が隠れる。
「……?」
流石に意味が分からず首をかしげた。
スイはソードアサルトの突進を途中でキャンセルしてブレイズラッシュを使っている。
しかし剣士は言うまでもなく接近戦をするクラスであり、こんなことをしてもMPの無駄にしかならないはずなのだが──
「ソードアサルト!」
もう一度炎の壁を突き破りスイが突進してくる。
それを見て、俺はようやくスイの狙いに気が付いた。
スイが突進してきた地点とブレイズラッシュを使った地点は大きくずれている。
こうやって自分の姿を隠しながら相手の不意をつくように接近していく作戦なのだろう。
そしてなにより相手の姿が見えなければターゲットが定まらず敵を指定して使うような魔法であるアクアボルトが使えない。
ゲームでは自分のキャラクターを俯瞰することのできる視点で操作できたため、こんな事は起こらなかったのだが……
スイは、俺が魔術師であることを前提に立ち回り方を考えているのだ。
──もっとも、俺は魔法を使うつもりはないわけだが。
「やぁっ!」
竹刀の攻撃が届く範囲まで近づくとスイは俺に対し袈裟切りを仕掛けてきた。
なんとか後ろに下がり攻撃を回避する。
ブオンッ、というとても竹刀で風をきったとは思えないような音が聞こえてきた。
スイのスピードは恐ろしく早い。
昨日ゴールデンセンチピードに一度牙を向けられたことがあったが、それよりも数段スピードが上に見える。
こんな攻撃が直撃すれば竹刀とはいえ人が殺せるのではないだろうか、と戦慄した。
おそらく日本にいたときの体であればこの時点で勝負が決まっていただろう。ていうか俺は死んでいただろう。
しかし、そんな攻撃をしっかりと見切ることができる自分自身に驚いていた。
「シッ、やあっ!」
ボクサーがパンチを繰り出す時のような息を吐きながら、スイが追撃をしかけてくる。
斜め下からの切り上げ後、体を一回転させながら横に切る。
それが後ろにかわされたと分かると素早く二歩前進して突き。
竹刀という武器から連想される剣道の動きとは全く違うが、演武でも見ているかのような鮮やかな動きだ。
一つ一つの挙動が全て殺人的な攻撃に見える。
しかし、それでも俺はしっかりと回避ができていた。
自分でもどうやっているのか分からない程に。
「くっ……なんて動きっ……」
スイが焦りの混じった声を漏らす。
だが攻撃の手は緩まない。
突きを回避されたと分かるやいなや竹刀を俺のいる方向へ横に薙ぎ払う姿勢を見せる。
これでは後ろに下がるしか回避できそうにもないのでバックステップをする。
──そこを、スイに読まれた。
「フォースピアーシング!」
素早く手を引いてもう一度竹刀を突きつけるスイ。
スイのその行動をみた時に気づいた。薙ぎ払いはフェイントだと。
本当の狙いはバックステップを誘発しスキルで文字通り俺を刺すことにあったのだ。
通常の攻撃であれば竹刀の射程が届く距離に俺はいない。
しかし、フォースピアーシングは範囲こそ狭いものの前方数メートルにむけて敵を貫通する気の刃を発生させる技。
スイの右腕から竹刀へ青白い光が伸び、そのままその光が刃となって俺の身体に襲い掛かる。
「くっ……これは……」
かわせないかもしれない。
そう思った瞬間、俺の右腕が勝手に動いた。
ほぼ反射的に俺の頭にあるイメージが湧く。
その直後、握られた竹刀がスイの放った気を弾く光景が目に入った。
「きゃあああっ!」