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4話 深夜の語り

「……眠れねぇ」


 そう言いながら俺は上半身を起こす。

 テントの中は簡素な造りになっており一枚の寝袋が用意されていた。

 おそらくはスイのものだろう。……寝袋に入る時、青い髪が目に入った。

 それを目にしたせいか、どうも眠ることができない。


 ――あんな可愛い子が使ってた寝袋に入るなんて……


 邪念を振り切って寝ようと瞼を閉じると今度はアーマーセンチピードの姿を思い出してしまう。

 だいぶ落ち着いてきたとはいえ、どうも緊張がとれないのだ。

 こうなったら最後、数時間はこのまま無意味に寝返りをうつだけになってしまうことになるだろう。

 そう考えた俺は寝袋から体を出すとテントの外へと出た。



「あれ? 寝ないんですか? 結構夜も遅いですよ」


 俺を見て、スイはきょとんとした顔を見せる。まぁ予想通りの反応だ。


「いやぁ、やっぱり助けてもらった上に見張りまでしてもらうのは……申し訳なくて」

「ほんとに気にしなくていいんですよ?」

「うぅ~ん……」


 彼女がそう言っているのだからテントに戻るべきか。

 よくよく考えてみればもし万が一再びアーマーセンチピードに会ったら俺は足手まといになるのだから隠れていた方が良いのではないか。ちょっと居心地が悪くても彼女の指示通りにした方が良いかもしれない。

 そんな悩みを俺が見せていると彼女はくすっと笑い、座っている丸太をとんとんと叩いた。


「ふふっ、分かりました。ではどうぞ」

「……はい」


 自分の行動を操作されているみたいで少し居心地は悪かった。

 とはいえテントの中でごろごろ寝返りばっかりうつのも気持ちが悪いし、そもそもスイが精一杯気遣ってくれるのは感じる。悪い気持ちになるはずはない。

 そんな事を思いながら彼女の横に座る。女の子の近くに座りながらたき火に当たるなど俺の人生からすればありえないシチュエーションだった。……これはこれで緊張する。

 スイの容姿がかなり可愛らしいのもそれに追い打ちをかけていた。


──これは、相当モテるんだろうな。


 内心でそう思う。しかし、そんな俺の推測を裏切るような言葉がすぐに返ってきた。


「あ、あはは……ごめんなさい。ちょっと男の人と二人っきりって全然経験が無いもので……私といても、き、気まずいですよね……」


 漂う沈黙に耐えられなくなったのか、スイは苦笑いを浮かべる。

 ――なるほど、どうやらスイも俺と似たような気持ちだったらしい。

 思えばテントの中で寝る事をすすめたのも二人でいるのが少し気まずかったから、という部分もあったかもしれない。だとしたら悪いことをした。


「な、なんか私、緊張してるみたいで……すいません……実は私、一人旅が多くて殆ど友達もいなくて、男の子が好きな話題なんて特に分からないし……まいったな……」


 不自然な程に炎を見つめながら彼女はほほをかく。

 どこを見ていいか分からないのだろう。

 不思議なもので自分より緊張している少女をみると、どこか緊張がほぐれていくものだった。


「いや、本当に助かりました。ありがとう。まだしっかりお礼していませんでしたね……」


 そう言いながら俺は頭を下げる。

 思えば、命を助けてもらったのにずっと自分のことばかりどうしよう、どうしようと呟いていた気がする。

 さすがにそれは恰好が悪すぎたというか失礼ではないだろうか。

 と、そんな俺に対して恐縮したのか、スイは両手を胸の前で左右にふりながら首を横にふった。


「いえいえ、たまたま私が近くにいたみたいだったので……私も無我夢中だったから……暗かったし、人が襲われるところを見たのは初めてだったので、ちょっと手際悪かったかもしれないですし……」


 恥ずかしそうにうつむくスイ。あれほど鮮やかに自分を助けたのにそんな事を思っているのが意外だった。

 普通ならただ謙遜しているだけと考えるべきなのだろうが本当にそう思っていると俺は直感した。

 どうもスイという少女は結構、謙虚な性格らしい。


「スイさんは剣士なんですよね。若いのにあんな勇敢に戦えるなんて凄いです」

「え? あ、いや……あっはは……そうですか?」

「ええ、かっこよかったです」

「あはは……」


 やはり人に褒められる事に慣れていないのだろう。

 そういっただけで顔を赤くして俺から目をそらす。

 少年は好きな子の気をひきたくてその子のことを苛めることがある──よく言われることだが俺にはその経験はなかった。しかし、なんとなくその気持ちが分かったような気がする。



 ──女の子に赤面されて顔をそらされるなんて脈ありっぽい反応を見ることができるなんて最高ではないかっ!!



 恩人に対して失礼なのは重々承知だがそんな事を思ってしまう。


「いや、でも若いって……貴方も私とそう年齢は変わらないですよね……? ちょっとそちらの方が年上みたいですが」


 と、スイは思い出したかのようにそういいながら俺の顔をじっと見る。

 変に意識しなければ異性と視線を合わせることは全然、余裕のようだ。


「へぇ、スイさんはおいくつなんですか?」


 言った直後ではっと気づく。

 女性に年齢をきくのはマナー違反。そんな言葉が俺の言葉をよぎったのだ。

 しかしスイはたいして気にすることもなく即答する。


「16です。こう見えて成人はしています」

「……なるほど」


 彼女の言葉に一瞬、疑問は感じたがすぐにそれは解決した。

 ゲームの中では十五歳が成人として扱われていた。そういう世界観だったのだ。

 改めて自分がゲームの中に来てしまったことを痛感する。

 だが黙っていてはスイに気まずい思いをさせてしまうだろう。

 ふと、俺は頭によぎった疑問をぶつけてみることにした。


「あの、じゃあ……俺に紹介してくれるっていうギルドの話がききたいです」

「あ、そうでしたね。それ話しておかないと。さすがです」


 それを聞いてスイはぽんっと手を叩いた。

 何がさすがなのか分からないが、おそらく結構時間を稼げそうな話題を出してくれたことに感謝しているのだろう。


「えっとですね。私が剣術を習った時の師匠が運営しているギルドなんですけど……トーラはもともと人が少ないところなので慢性的に人手不足なんですよね。仕事に困ることはないと思うんですよ。前にギルドの事務係や薬草採取の人手が足りなくて困ってる……なんてことも言ってましたし」

「なるほど……俺にできるのかな……」


 バイトですら俺は長持ちしたことがない。

 何度かコンビニ店員のような簡単なものをやったことはあるが、とにかく辛くてすぐに逃げてしまったという記憶しかない。


 先輩に無断欠勤され仕事を押し付けられ、シフトに入ってから二回目で十時間の単独深夜夜勤を強制され、おつりを間違えたらヤクザに絡まれ、体育会系の先輩に金を貸すことを強要され……その度に、すぐに辞めてしまった経験を思い出す。



──何か辛いことがあったら逃げてばかり、そんな自分に何か仕事ができるのだろうか……?



「大丈夫ですよ。基本的な仕事だと薬草の採取とかですかね。誰にもできますけど、ギルドに集まる人って戦闘に出たがる人が多いですから。需要の割に人手がいないんですよね」


 不安な顔を出してしまったからか、彼女は努めて明るい声色を出している。それぐらいは俺にも分かった。

 こんな少女が初対面の相手を気遣ってくれるのだ。あまり弱音みたいなことは言わない方がいいだろう。心の中で、そう自分を戒める。


「そこには私の妹弟子もいるんですよ。元気が良くてかわいい子ですから。多分すぐに仲良くなれますよ」

「妹弟子ですか……」


 とはいえ、何かうまい返しができるわけもなくオウム返しにならざるを得ない。


「私も最近はそこで働きたいと思っているのですが。ちょっと別のお仕事が入っていて、どうしてもそこにいけないんですよね」

「別のお仕事、ですか?」

「えぇ、ちょっと面倒な……えっと……」

「なるほど……」


 どうやら話せる事ではないらしい。スイの表情が曇る。

 コミュ強だったら話を盛り上げることもできたのかもしれないが引きこもってばかりの自分がそんなに会話がうまいとは思えない。

 ゲームの世界ではチャットで会話をしたことはあるが廃プレイもあって俺は基本ソロプレイだった。


「あ~……アイネ、何してるかなぁ……一年ぶりだしなぁ……」


 ふと、彼女があくびをしながらそう呟く。少し緊張がほぐれてきたのかもしれない。


「アイネっていうんですか、その子」

「えぇ……結構可愛いんですよ。拳闘士なんですけどね……いつもがんばってて………」


 膝に肘をおき、そのまま手のひらに顔をのせるスイ。

 その仕草を見て俺はようやく彼女の状態に気が付いた。


「あ、もう寝ます……?」

「……私も……がん……ばる……って、きもち、に……にゅ……」


 夜ももう遅い。彼女は結構前から眠かったのではないだろうか。

 思えば足手まといを一人抱えてこんな所で野宿なんて緊張しないはずがない。

 しかも相手は初対面の男だ。最悪、何をされるか分からない……


「……ハハ、マジっすか」


 スイはそのまま何も言わず静かに寝息をたてはじめる。

 話をすることで彼女を奮い立たせていた緊張をきってしまったのだとしたら──


「俺が見張りやるしかないよな、これ……」


 せめて魔物に襲われないよう、彼女を見守ってやろう。

 それぐらいなら今の自分にもできるはずだ。


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