47話 そーゆーこと
それと同時にアイネが一歩近づいてきた。
「アイネ……?」
さらにアイネが一歩近づいてくる。
俺はすでに足を止めているのに。
加えて、もう一歩。俺の至近距離まで近づくとアイネは──
「……ありがとう」
「!?」
ぞくり、と体中に鳥肌が走る。
気が付くと、アイネの顔が俺の胸によりかかっていた。
同時に俺の背中に回される小さな腕。
俺は、アイネに抱きしめられていた。
「いや、アイネッ……何やってんの?」
見れば分かる。アイネは俺を抱きしめている。
それでも俺はそう言わざるをえなかった。
「……わかんない」
俺の胸に顔をくっつけたまま、アイネがそう答えてくる。
──いや、答えになっていないんですが!?
「いや、分かるだろっ。なにやっ……」
「嫌かな……?」
「え……」
俺の言葉を遮るアイネ。
その表情を見ようとするが、アイネがそれを避けるように俺の胸に額をくっつける。
「いやならすぐに止めるっす。でもウチはもうちょっと……こうしたい、かも……?」
背中から伝わる、アイネの手の震え。くぐもった声と、ぴくりと動く頭の耳。
やわらかなネグリジェの布の感触、アイネの髪からにおうシャンプーの香り。
それら全てが、俺から思考力を奪っていく。
「……オッケーってこと……っすね?」
アイネがぎゅっと抱きしめる力を強くする。
より強く、アイネの体が俺に密着してきた。
「新入りさん……いい匂い……」
俺の胸の中でアイネがすーすーと音をたてて息をしている。
少しくすぐったい。逃げようとするが、アイネに抱きしめられて背中をそらすことしかできない。
──とりあえず何か話して気をまぎらわせよう、このままだと色々まずい……
「そ、そりゃ、さっき風呂はいったからな」
「うー、そういう意味じゃないっすよ」
と、アイネが俺の胸にあごをつきつけながら俺のことを見上げてくる。
俺はどうしていいか分からず、アイネから視線をそらす。
完全に棒立ちのまま立ち尽くすことしかできていなかった。
アイネはもう一度顔を俺の胸にうずめる。
「あの。さっきも言ったけど……ウチ、割と新入りさんと話すの楽しかったっす」
「う、うん……」
背中にまわされた手が、ぎゅっと俺のシャツを握りしめる。
「……割と、新入りさんと話すと元気が出たっす」
「そ、そうか……」
アイネの体の重心が俺に傾いてくる。
だんだんとアイネの声がうわずってきた。
「だ、だからその……わ、割と……新入りさんが……お気に入り、かな……? 多分……あぅっ!?」
唐突にアイネが頓狂な声をあげる。
何事かと思ってアイネを見たが、すぐにその原因が俺にあることが分かった。
──あれ、いつのまに俺、アイネを抱き返してたんだ?
どうやら既に俺の理性は欲望に敗北していたらしい。
アイネの柔らかな体の感触が腕に広がっていくのが心地よい。
「お、おう……ありがとう……」
反射的にそう言ってごまかす。
アイネがゆっくりと俺を見上げてきた。
暗い部屋の中でも、その顔が赤くなっているのが良くわかる。
「……いや、まだよくわかってないんすけどね? 多分、お気に入りって……そーゆーこと……なのかな……? えっと……そう、なんだよね?」
アイネは俺を見つめながら、そう問いかけてくる。
当然、答えられるはずがない。
──つまり、どういうこと?
「お、俺にきかれても……」
「ぅ……そうだよね……」
恥ずかしそうにはにかむアイネ。
「な、なんつーか……新入りさんが来た時は全然、そんなこと考えてなかったんだけど……今日、新入りさんに助けらてから……なんか……その……だ、抱っこされた時のことが……ちらちら思い浮かんできて…………」
そう言いながら、アイネは手に回した手を俺の胸の方にまわしてくる。
そして俺の鎖骨付近まで手をあげると、そのままシャツをぎゅっと握った。
「あはは……おかしいっすかね?」
「いや、別に……」
「……新入りさん、もしかしてびびってます?」
「え、あー……」
正直、思考が停止していた。
もはや単語を出すことも難しくなってきている。
「う、ウチは結構びびってます……こんなことしちゃってる自分に……」
「そうか……すまん……」
「くすっ、変なの」
アイネはそう言いいながらもう一度背中に手をまわしてくる。
しばらくの間、そのまま何も言わずに俺達は互いを抱きしめあっていた。
「ん、うおっ!?」
と、アイネが俺の身体を強くおしてくる。
抵抗しようとしたが、足をからめられ器用に転ばされてしまった。
俺はアイネを抱きかかえたまま布団に尻もちをついてしまう。
「えへへ……ごめんね? なんか力が入らなくなってきて、立ってるのが辛かったから……」
俺のふとももの上にのっかるように座り体勢を整えるとアイネはそう言ってきた。
──それにしても、それならそうと転ばす前に言ってくれればよかったのなぁ。
そう抗議しようかと思ったがアイネの抱擁が心地よくてそんな考えもすぐに吹っ飛んでしまった。
今度はアイネの手が首に回っている。そんな状況でまともな思考などできるはずがない。
座りながらお姫様抱っこをしているような体勢だ。色々と刺激が強すぎる。
「……だからその、ちょっと考えてくれると嬉しいかも……しれない……」