478話 愛の蒼炎
テントから出て、歩くこと十分弱。
エクツァーの門を出て広大な砂漠を前に、スイが立つ。
既に日は落ちており、周囲は少し肌寒い。
そんな中、月光に照らされるスイの顔は、とても幻想的で美しかった。
「スイ……」
凛と背筋を伸ばし、厳かな雰囲気を出すスイ。
そんな彼女に声をかけるのは、少し怖いぐらいだった。
だが、スイは俺の方に振り返ると、優しく微笑みを返してくる。
「ソードイグニッション……試してみようかなって」
「……そうか。分かった。見てるよ」
――なんとなく、予感がする。
多分……スイは、それを成功させる。
というか、これで成功しなかったら――
「ありがとう。じゃあ――」
その感覚は、俺よりもスイの方が強く感じているはずだ。
剣を握る手が少し震えているのが分かる。
ただでさえ、あの剣は予備の剣であり、スイが使い慣れたものではない。
本当に上手くできるのか――その不安が、彼女の背中を見ているだけで伝わってくる。
「――やぁあああああああああっ!」
だが、彼女は意を決したのだろう。
力強い叫び声とともに、剣を真上に振り上げる。
「くっ――!?」
――黒煙だ。
肌を切り裂くような風が、スイの剣先から発せられる。
スイのマナが炎へ変化しようとしている――それ自体は感じることができる。
だが、そのまま剣を振るえば失敗する。それも確信してしまった。
「スイッ、そのままやると――!」
「大丈夫っ! ここで、こうっ――!」
黒煙を振り払うように、剣を横に薙ぐスイ。
代わりに、スイの剣に炎が宿った。
「技術は得たっ――ううん、既に私は持っていたっ! 私に足りなかったのは、心の在り方っ!」
それは、徐々に輝きを増していく。
夜の砂漠を照らす、小さな太陽のように。
煌めく炎を掲げ、スイが叫ぶ。
「でも今なら大丈夫っ! 私の心のあるままにっ! この気持ちを――欲望をっ! 私は全て認めて、受け入れるっ!!」
もう一度剣を上に。
そして、そのまま剣を地面に向けて――
「リーダーッ!! 愛してますううううううううっ!!」
「――は?」
……一瞬、幻聴かと思った。
それだけ、彼女の叫んだ内容は突飛なものだったから。
――いや、冷静に考えれば突飛でもなんでもない。
受け入れると決めたじゃないか。
俺がスイのことが好きなこと。スイが俺のことを好きなこと。
人とかかわることで生じる責任と向き合うこと。
いつまでもそこから逃げていては、俺達は次のステップに進めない。
「やぁあああああああっ!!」
スイの剣に纏う炎が凄まじく勢いを増し、色を変える。
荒々しくも穏やかで、情熱的でいて静か。
何よりも美しい――蒼い炎。
「ソードッ……イグニッショオオオオオオオオンッ!」
スイの剣が地面に叩きつけられた。
目の前の砂が巻き上げられ、スイの目の前で蒼炎が躍る。
「……できた」
目の前にできた巨大なクレーターを前に、スイが呆然とした様子で呟く。
――たしかに。彼女の言う通り、今のは、完璧なソードイグニッションだ。
いや、スイのそれは完璧を超えている。
「できたっ! リーダーッ!! 出来たよっ!! ――えと、出来てます……よね? これ、前にリーダーに見せてもらった、『ソードイグニッション』ですよね! だよね!? できてるっすよね? あれれ?」
さらりと剣を落として、スイが俺に向かって走ってくる。
嬉しさのあまり、よく分からない言葉遣いになっているが――それすらも愛おしい。
「あぁ。出来てるよ。スイ……超えたな」
正直にいって、彼女のソードイグニッションの威力は、俺が以前使って見せたそれよりも低い。レベルの差は明白だ。
だが――彼女のみせた炎は、俺が以前使って見せたそれより、遥かに美しいものだった。
というか、蒼い炎のソードイグニッションなんて見たことがない。
「やったっ、やった――! リーダー、ありがとうっ、ありがとうー!!」
「はは……俺は何も――」
「してくれたっ! してくれたよっ! リーダーのおかげで、私……私っ!」
涙声になりながら俺に抱き着いてくるスイ。
童顔なのも相まって、無邪気に喜んでいるその姿は、本当に幼く見える。
でも、こんなに素を出してはしゃぐスイを抱きしめられることが嬉しくて誇らしくてたまらない。
「なるほど。少しはやるようになりましたか」
――ふと。やや不機嫌そうな少女の声が背後からきこえてきた。
その声で、慌てたようにスイが俺から離れる。
「え……リステルッ!? なんでっ……!?」
振り返ると、不満げに頬を膨らませたリステルの姿があった。
その後ろには、苦笑いを浮かべているセナと、うっすらと笑うユミフィ。
「別に貴方に興味があったわけではありません。従者として、マスターに夜のご奉仕をしようかと考えていたところでして、貴方はそのついでに――」
「って言いつつ、スイの集中を邪魔しないようにしてたからなコイツ。めんどくせーよなー」
「なっ――セナッ! 撃ち殺されたいのですかっ!!」
「えー、やだよ。勘弁してくれって。なぁ?」
「大丈夫。リステル、こういう子。私達、なんとなく分かってる」
「ちょっと! 聞き捨てなりませんね。その浅薄な思考回路で私を理解したつもりになるなど……!」
ギリギリと歯をくいしばるリステルを軽くあしらうセナとユミフィ。
ある意味相性がいいのだろうか。特にユミフィは、結構人見知りするタイプだと思っていたが――
「……あはは。なんですかそれ……あはははっ」
そんな彼女達を見て、スイが笑いだす。
「何を笑っているのですか。断っておきますがマスターの従者として最もふさわしいのはこの私です。多少まともなスキルを習得したようですがその程度、私から言わせてもらえば雑魚同然。マスターの寵愛を受けたからといって、私と同格になろうなど――」
「まぁまぁリステル。ほら、大好きなチーズだぞ」
「んむっ――何をするのですかっ! やめなさい! 私は別にチーズなど……うむっ――このっ、口に手を入れる人がいますかっ! なんて下品な……けほっ、げほげほっ……むせっ……むごっ……」
――じゃれあっているセナとリステルは……まぁ、おいておくとして。
さりげなくスイの方に歩いていき、ユミフィがパチパチと手を叩く。
「スイ、凄い。今の……完璧」
「……えと、見ていたのですか? 全部?」
「うん。愛の告白。かっこよかった」
「スイのあんな声、きいたことなかったなぁ。……リーダーと何かあった?」
「うっ……それはその……」
セナの声に、スイが顔を赤らめて俺の方をちらりと見る。
そんなスイを見た瞬間、リステルが奇声をあげながら銃を取り出した。
「殺すっ――殺します! セナッ、その手を離しなさいっ! 私はスイを殺しますっ!」
「分かってる分かってる。照れ隠しだよなー。オレ、リステルが良いヤツだって分かってるよー。大好きだぞー。ほら、なでてやるから落ち着けって」
「不快極まりないっ……! 調子にのらないで頂けますかっ!? 私は貴方のような馴れ馴れしい人が大嫌っ――」
――大丈夫なのだろうか。
まぁ、リステルが本気を出したら、セナのからみなんて簡単に振りほどけるだろうから大丈夫だろうとは思うけれども。
そんな俺の内心を見透かしたかのように、ユミフィが俺の服を引っ張りながら話しかけてきた。
「大丈夫。リステル、まんざらでもない」
「そ、そうですか……? ならいいのですが……」
「大丈夫。スイ、おめでと」
いつもと同じ、注意をしなければ分からないぐらいに口角をわずかにあげて笑うユミフィ。
だが、その声には、スイに対する敬意がたしかに込められていた。
「……私、ほんとにちっぽけだなぁ……」
やや呆然とした様子で呟くスイ。
「……? スイ、凄い。ちっぽけ、違う」
「ふふ、そうですね。ありがとう、ユミフィ」
そう言いながら、スイは不思議そうにスイを見上げるユミフィの髪を優しくなでる。
そして、ゆっくりと俺の方に振り向くと――
「それと、リーダー……改めて、ありがと……ね」
「ん……?」
「私を導いてくれて……好きになってくれて、ありがとう。私……ほんっとーにっ――」
思いっきり言葉をためた後、思いっきり俺に抱き着いてくるスイ。
「リーダーッ! 貴方が――大好きっ!」
直後に放たれたのは、ストレートな愛情が込められた言葉。
少し涙声になっているのをごまかしているかのように、俺の胸に顔をうずめるスイ。
その後ろで、まるでスイの姉ではないかと錯覚するほど温かい眼差しを向けるユミフィ。
スイの背中に手をまわす。
この世界のことはまだよく分からない。
自分達が何と戦っているのかもよくわかっていない。
そして、彼女達がその敵に勝てる力を得ているわけではない。
だから多分、これからも俺は――彼女は、皆は、色々な悩みにぶつかるだろう。
でも、俺は、その全てを受け止められるような人間にならなくちゃいけない。
それだけの愛を、皆から注がれているのだから。
「ちょっ――何を抜け駆けしているのですっ! 許しませんよ! この半端者おおおおっ!!」
リステルの金切り声を流しながら、俺はそんなことを考えていた。