476話 両想い ★
……その言葉は、俺の予想した通りのものだった。
でも、いざその言葉を耳にすると、心臓が高鳴ることを抑えられない。
まるで過呼吸にでもなったかのように、息が自由に出来なくなる。
「好き、なんですっ……リーダーが、好きっ……好きです!」
そんな俺の様子に不安を感じたのか。
それとも、俺の様子なんて目に入れる余裕なんてないのか。
切羽詰まったような声を上げるスイ。
「スイ……」
「うぅっ……ごめんなさいっ……本当は、こんな形で好きなんて言いたくなかった……貴方と一緒にいることに、自信を持ちたかった……でも、でもっ……!」
スイの頬を再び涙が伝う。
「全部――全部、リステルの言う通りなんですっ。所詮、私は『半端者』……貴方と『仲間』でいることに甘えて……それ以上を求めてしまった私の感情が怖くてっ……貴方を異性として、好きになってることを認めるのが怖かったんですっ……! 自分の『欲』を認めるのが恐かった! だって私は――人の『欲』を気持ち悪いと思ってしまったことがあるからっ!!」
胸が痛む。
半端者。その言葉は、俺にこそ刺さるものではないか。
欲というのも――それは、俺だって……
「それだけじゃないっ……! だんだんと貴方を慕う人が集まって、アイネが想いを告げて……でも、私は、何もできなかった……!」
何もできなかったのは、果たして本当にスイなのか。
話しているのはスイだ。その気持ちを抱いているのはスイだ。
でも、スイが俺の気持ちを代弁しているかのような錯覚に陥ってしまう。
「アイネみたいに勇気も持てなくてっ、皆みたいに貴方を励ますこともできなくてっ……剣の腕も足りない……それどころか、私は……貴方を支えたいとか考えてたけど……本当は、貴方に気にしてほしかっただけなんてっ――」
嗚咽のせいで言葉が続かず、スイが少しうずくまる。
背中をさすろうと手を伸ばすと、逆にスイの方が俺の手を掴んできた。
「怖い……怖いですっ!! 貴方にとって、私が『ただの仲間』になることがっ! 貴方を慕う人が増えてきて……リステルみたいな、強い人も仲間になって……だから、余計にっ……!!」
「そう……だったのか……」
俺がスイを『ただの仲間』になんて思うはずがない。
でも――それは、俺だから分かることだ。
結局、俺は自分一人のことしか考えていなかったということなのだろう。
「ごめんなさい……わ、私……自分のことばっかっ……こんな私じゃ……全然ダメッ……ダメなのにっ……!」
「そんなことない――って、言っても無駄なんだろうな」
「えっ――っ!?」
スイの肩を掴む。
うつむくスイの顎をつかんで、半ば強制的にこちらへ向けさせた。
そして――
「ん……んっ……んぅうっ!?」
呼吸が止まる。
裏返ったスイの頓狂な声。
何度も俺の体を叩いてくるスイ。
「んっ……んむむむううっ……んっ……む……」
だんだんと叩く力が弱まってきた。
それどころか、スイは俺の腰に手をまわしてきて――体を寄せてきた。
「んっ……ん……って、ひぇええっ!?」
と思いきや、今度は俺のことを突き放して奇声をあげるスイ。
そのコミカルな声に、思わず笑いそうになる。
「こ、これ……え、キスッ!? うそっ……リーダーの唇が……うぇえっ……うそっ!?」
「いきなりごめん。でもスイ、俺はスイが好きなんだ。女の子としても」
「――っ!?」
さすがにやりすぎただろうか。
でも――スイが勇気を振り出して言葉を伝えてくれたのだ。
せめて、こういうことは俺からするのが礼儀だろう。
「初めてあった時からずっと……スイのこと、かわいい女の子だと思ってた。トーラにいた時も、そこから旅に出てからも……スイの傍にいたから、俺は居場所を感じることができたんだ」
「へ……はひ……?」
「正直……一目ぼれみたいな感じだった。それぐらい、スイは可愛い」
「なっ――うぁあああっ!?」
奇声ともいえるような頓狂な声を上げ続けながら、スイは何度も何度も瞬きを繰り返す。
でも、こんなんじゃ足りない。まだまだ、全然伝えきれない。
「もちろん、それだけじゃない。スイは――この世界で初めてあった女の子だ。何も分からんかった俺の手助けをしてくれた女の子だ。俺に居場所を作ってくれた女の子だ。そんなの――好きになるよ」
「ぃ……ぁあうっ……あぅあ……ぅ……うぅうううううう! ちょっと待ってください、ほんとに待ってっ!!」
ぐーっと俺の体を押し返して、四つん這いになってベッドの奥に逃げていくスイ。
かけてある毛布にくるまりながら、涙目でこっちの方を見つめてくる。
「でっ、でもっ……貴方はアイネを選んで……だから……」
「そうだな。俺はアイネも好きだ。だから俺とアイネは恋人だ」
「っ――」
一瞬、スイの顔が張り裂けそうなぐらい悲痛なものに変化する。
「でも俺は……アイネと同じぐらい、スイのことも女の子として好きなんだ。俺にとってスイは、ただの仲間なんかじゃない。友人でもあり恩人でもあるけれど……それよりも」
ここで、俺は一度言葉を切った。
――思い浮かんだのはアイネの顔だ。
これから俺がスイに言うことは、少なくとも日本では許されなかったことだ。
この世界では常識とはいうけれど……同じ人間だ。嫉妬心ぐらい、当然あるだろう。
でも――
「俺はスイが好きだ。だから一緒にいたいんだ。俺だって同じだ。スイに触りたくて、スイを抱きしめたくて……今こうしてる」
スイの目が大きく見開く。
大きく息を吸い込んだ後、おそるおそるといった感じで声を出すスイ。
「嘘……です……」
「本当にそう思ってるのか?」
「…………」
しばしの沈黙。
だが、すぐにスイは目を潤ませながら首を横に振る。
「うぅん……思ってない……うぇ……思ってないよぉ……」
「はは、またティッシュが必要か? とってくるぞ」
「い、いいですっ! 大丈夫ですっ! えと……そっちいきますから」
そう言いながら、ハイハイで近づいてくるスイ。
そのまま俺の横に座りなおすと、じーっと俺のことを見詰めてくる。
「わ、私も……いいの? 私が……貴方の……恋人……」
「なりたい。……どうしても。ダメかな」
「そ、そんなの……うぇえっ……」
再び嗚咽を繰り返し始めるスイ。
そんな彼女の気を紛らわしてやりたくて、少しだけ乱暴に頭をなでる。
「ほーら泣く。やっぱティッシュ必要だろ。とってきて――」
「泣かない! 泣かないからっ! 行かないでくださいっ!!」
「ん? あ、あぁ……」
スイが悲痛な表情で訴えてくるが、ティッシュ箱は、立ち上がって少し歩けば手が届く位置にある。
そんな必死にならなくても――と思ってしまうのは、俺が女心を理解していないからなのか。
ふと、スイは、少し表情を暗くして俺に向かって話しかけてきた。
「アイネ……怒らないよね?」
「ははっ、俺にきかないと分からないか?」
敢えて、そう即答する。
普通の感覚でいえばアイネに対する裏切りなのだろうが――この世界の常識は違う。
いつまでもそういうところで悩んでいても、返って皆を傷つけるだけだ。
ここはそういうところだと、俺はそういう人間だと割り切るしかない。そして、そこから生じる責任を受け入れるしかない。
この選択こそが一番正しいと自分で決めるんだ。
現に、アイネだって――
「……ううん。アイネ、ずっと言ってた。リーダーがいない時……一緒に……リーダーと恋人になろって……言われたのっ……! いい加減、リーダーのこと好きなの認めたらってっ……!」
それは初耳だ。
だが……まぁ、俺の前でも二人で一緒にみたいなことは言っていたし、意外ではない。
「……でも怖かったのっ! もし、リーダーに気持ち悪いって思われたら……そんなの、そんなのぉっ……」
「そうだな。俺も怖かった。スイが変な男に言い寄られたことがあるって知ってたからさ。スイにそう思われるのが嫌で、スイのことを女の子として好きだって……認めるのが怖かった。スイに気持ち悪いって思われたくなかったから」
「そ、そんな――私が、そんなこと思うはずがないです。私は、ずっと……」
そう言いながら、スイは俺の腕をぎゅっと抱きしめてくる。
――スイのかけてくれる言葉は本当に嬉しい。
でも、それは結果論だ。
結果的に、気持ち悪いと思われなくてすんだだけだ。
スイは、俺に気持ち悪いと思われたくなくて怖がっていた。
その感情はよくわかる。多分、俺とスイはずっと同じ気持ちだったんだ。
「だからこそ……先に好きだと言ってくれたスイは凄いよ。俺にはできなかったことを……スイがしてくれた。こうやって抱きしめてくれた……スイ、本当にありがとう。君は本当に凄い人だ。想いを告げる勇気をもった……尊敬すべき人だ」
「ふぇ……そんな……」
「それにな? スイはさっき、自分が必要とされたかっただけって……俺の役に立つなんて考えてなかったっていったけど……それは違うよ。絶対な」
「え……?」
きょとんと、目を丸くするスイ。
そう――これからスイとどんな関係になるにせよ。
これだけはちゃんと伝えないといけない。
「伝わってるよ。スイがちゃんと、俺を思いやってくれてること。スイは本当に思いやり深くて優しい人だ。だから俺はスイを好きになった。スイは――俺を尊重してくれている」
「…………」
沈黙のまま、スイは俺のことを見つめている。
そう――人の心は単純じゃない。
例えそこに自分の欲望や保身があったとしても――それで、その人の心の全てが決まるわけじゃない。
その奥底に相手に対する思いやりがあるのなら、それは――
「スイは見えなくなっているだけさ。たくさん戦って傷ついて、疲れているせいだと思う。俺にはちゃんと分かる。スイの優しさ……スイが持っている心の美しさが。だからゆっくり休んでくれ。そこから、ゆっくりでもいいから……俺は……スイに自分のことを好きになってほしい。誇りに思ってほしい」
「私が……私のことを好きに……?」
「あぁ。その手伝いをすることが相手を――スイを尊重することだと、俺は思ってるよ」
「うぇえっ……えええ……ええええんっ、うえええっ……」
スイが腕を抱きしめる力が強くなる。
涙を流し、声を震わせて。
嗚咽の中で、少しずつ言葉を紡ぎだす。
「私も……私も手伝うよ……!」
「スイ……?」
「同じように手伝う……リーダー……前言ってたから。自分が何もできなかったって……多分、リーダーも……前に同じようなことで悩んだんだよね……? 苦しんだんでしょ……?」
ズキリと胸が痛んだ。
スイの言っていることは正しい。
この世界ではチートがあったけど……少なくとも、自分は日本で何もできなかった。何もしようとすら思うことができなかった。
そんな自分が――惨めで、好きになれなかった。
「私も同じ……私は、リーダーが好きだから……だからこそ……!」
こんなに辛く、泣きじゃくっているこの状況で。
スイは、自分のことじゃなく、俺のことを考えている。
駆け引きなんかじゃない。
スイの本質――本心がこもった言葉を素直に伝えてくれている。
――それが、スイの美しさだ。スイの魅力だ。
「リーダーが自分のことを好きになれるように……リーダーが自分を誇りに思ってくれるように。私が支える……! 私は、リーダーを尊重したいから……!」
ただ異性として欲するだけじゃない。
お互いに――『両方』が互いを『思いやる』こと。
それが俺と、スイが望んだ関係なんだ。
「そっか……『両思い』だな。俺達」
「あはは……そ、そうだね……ぐすっ……あははは……」
涙をこぼしながら笑うスイ。
しばらくそのまま見つめ合っていると、スイは、はっと息をのんで俺から離れた。
「っ……あぅ、あの、リーダー……」
「ん?」
「えっと……ごめんなさい。一度涙ふくので……んしょ」
腰かけたままの俺に向かって軽く頭を下げると、目もとを手で拭う。
そして、軽く咳払いをすると、スイはベッドの上で正座になり、ごくりと喉を鳴らした。
「あの……えと、改めてもう一度……お願いします。今度は……私からしますから」
「え……? あ、あぁ……」
一瞬、スイが何を言っているのか理解できなかったが――ゆっくりと近づいてくるスイの顔を見て、ようやく気付く。
「……ずるいですよ。さっきの、私のファーストキスだったのに。あんなにいきなり……ふふっ……らしくないこと、してくれてましたね?」
「う……」
俺の頬に、そっとスイの手が触れてきた。
「リーダー。目、瞑って……」
「え、あぁ……」
――これは恥ずかしいな……
だが、さっき急に唇を奪った俺が言えたことではないだろう。
覚悟を決めて、目を閉じる。
「大好きだよ……リーダー……んっ――」
僅かなスイの吐息と共に。
唇に柔らかい感触が伝わってきた。
ミッドナイトノベルで追加シーン掲載予定