471話 ワンサイドゲーム
「な……なんだ? 何者なんだ、貴様はっ……おい、レイ! いつまで倒れている! 早くヤツを殺せ!!」
「っ……」
鉄のきしむ音とともに、陽炎のごとく体を揺らした青髪の女性がこちらに歩いてくる。
――考えるまでもない。彼女こそ、スイの母親なのだろう。
スイほどあどけなさは残ってはいないものの、本当にそっくりで遠目に一目で見たら区別がつかないかもしれない。
「シッ――」
先の俺の一撃でレイは剣を失っている。
それでも、彼女は一直線に俺の方に向かい、拳を振り上げてきた。
その意思の強さは彼女の意思か、それとも奴隷魔術の強さなのか。
「……なるほど。たしかに、スイに似ていますね。……んで」
どちらにせよ、凄まじいスピードだ。
スイやライルよりも数段上であることは、レベル鑑定ができない俺でもはっきりと分かる。
だが、そんなことよりも――
「そのクリスタル。やっぱりお前は――奴らと繋がってるってことか」
ジャンの持っているクリスタルの方が問題だ。
あの黒いクリスタルが放つ禍々しいオーラが、レイの体につながっている。
レイが正気を失っているのは明らかだ。そして、その原因も。
「奴ら? 一体何を――」
であれば、それを除去すればいいのではないか。
俺はすぐさまファイアボルトを使い、ジャンの片腕ごと、クリスタルを炎の矢で貫いた。
「なっ――なぁあああっ!? 手がっ――うあああああああっ!!」
「っ――! シッ!!」
レイの追撃を手のひらで受け流す。
――焦げた臭いが鼻をついた。
ジャンの片腕は一瞬で炎に焼かれ、骨も残らず消滅している。
大量の血をこぼしながら、のたうち回るジャン。
……見るも無残な光景だが、あえて俺は直視した。
俺は戦う者。
人を傷つける者。
そのことから目を背け続けていたら――いつか本当にスイを、皆を失ってしまう。
「……その程度の傷、後で俺が治してやるよ。でも、その前に一つ訂正しろ」
「は……? 何を言っている……?」
「スイは『半端者』なんかじゃない。それを訂正しろ」
「ぐふっ――!?」
抵抗されるよりも前に、ジャンの頭部を殴る。
スキルでもなんでもない、ただの『通常攻撃』だ。もちろん手加減はしている。
そう――気絶せず、痛みを明確に感じることができる程度に。
「お前はスイを痛めつけた! 体だけじゃなく――心まで! あんなに傷ついても足掻いて、耐えて! 俺をここに呼んでくれたスイの冒険者としての誇りをっ! お前は侮辱したんだっ!!」
「ぐっ――がはっ!」
「その痛みがどれほどのものかっ! お前も少しは感じてみろ!! ジャンッ!!」
――やりすぎたかもしれない。
急所はギリギリで避けてはいるものの、周囲の石畳はジャンの血で真っ赤に染められている。
でも、場合によってはこうやって人を傷つけることにも慣れて行かないと――厳しくあらないと。
もう二度と――スイに、あんな痛い目をさせるわけにはいかない。
ジャンを守ろうと動くレイの攻撃の激しさが増していく。
だが、何度殴られても、子供に小突かれた程度の痛みすら感じない。
「償う……? 償うだと!? 私が――償うだとぉおお!??」
ふと、唐突に、ジャンが髪をかきむしりながら叫びだした。
「ふざけるなぁあああっ! 私が目指してきた正義をっ!! どこぞの馬の骨とも分からぬ小僧ごときが否定するというのかああああっ!!」
「…………」
意味が分からない。
だが、あまりに切迫した叫び方をきいていると憐れに思えてしまう。
「レイィイイイイイイッ! 何をしている!! 殺せっ!! 正義の実現のため――殺せえええええええええっ!!」
残った片腕を懐に入れるジャン。
取り出してきたのは、新たな黒いクリスタル。
そのクリスタルから放たれる光がレイを包み込んでいく。
「アァアアアアアアアアアアア!!」
痛みにもがくような掛け声で、レイが俺に殴りかかってくる。
だが――
「悪いな」
真正面から顔に叩きこまれたレイの拳。
それを手で払い、もう一度レイに拳を突き付ける。
「貴方には気絶してもらう。スタンボム」
スキル名の詠唱とともに、俺の手に青白い光が集まっていく。
それは、手のひらサイズのボールのような形になり、そして――
「グッ――!?」
――閃光弾のように破裂した。
スタンボムは、ダメージこそないものの、相手に気絶の状態異常を付与する盗賊のスキル。
強力な効果ゆえ、成功するかどうかは運次第なのだが、それも使用者と対象者のステータスによって変わってくる。
レベル2400の俺が使えば、その結果は100%保証されているようなものだ。
「ゴフッ……ばかなっ……? レイがこうも一方的に……」
「大人しく降参しろ。なぜこんなことをしたのか――なぜそのクリスタルを持っているのか、全部話せ。そうすれば、その腕を治してやる」
地に伏せ動かなくなったレイを見て、唖然とするジャン。
勝負はついた。後は、彼から情報を聞き出すだけだ。
「ふ、ふざけるな……ありえないっ、ありえないっ!! なぜ、なぜこんなことにぃいいいいっ!!」
八つ当たりをする子供のように地団駄を踏むジャン。
……腕の痛みを感じていないのだろうか。
混乱はしているようだが、その鬼気迫った顔からは未だ闘志の色が消えていない。
「――それは私が聞きたいことなのだがね」
「っ――!?」
そんな時、背後から渋い男の声が聴こえてきた。
――振り返るまでもない。さっきまで話していた、グレンの声だ。
「……貴方には、皆を任せていたはずですが」
ここにたどり着く間、俺とグレンは、気絶していた仲間と出会っていた。
時間の都合で、グレンには、ユミフィとセナ、マドゼラを外に連れ出すように頼んだのだが――
「あぁ。君の仲間なら意識を取り戻したよ。――あの呪術師の女だけは、目を覚まさなかったが」
「…………」
何があったのかは分からない。
だが、レイツェルと皆が戦闘しただろうことは、あの状況から明白だ。
今の段階では、下手に意識を取り戻される方が危険だから、ある意味安心したが――
「国家騎士グレンだ。ジャン――君の行動について、いくつかききたいことがある。スイへの仕打ちのことだ」