470話 癒えた傷、増す痛み
それは、私が一番ききたかった声だった。
いつもとは少し違う、自信に満ちたような――でも、いつもと同じ優しい声。
「たった一人で、こんなに……さすがスイだ。本当に、よく耐えきってくれた」
「あ……ぅ……えぅ……リー……うえええっ……えぇっ……うわああああああああん」
「スイ……」
「うわああああああああああああああああん!! リーダー!! うわあああああああああああああああああん!!」
感情をおさえきれない。
恐怖と、安心と、悔しさと、嬉しさと。
私でも何がなんだかわからない。
ただただリーダーの胸にすがっていると、彼は優しく私を抱き起してくれた。
「バカなっ――!? なぜ、お前がここにっ!!」
「お前がやったのか」
「なにっ……?」
「お前が、スイをここまで……」
ふと、私の全身に鳥肌が立った。
静かだが――リーダーが今まで見せてきた中で、間違いなく一番怒りに満ちた声。
それを真っ向から受け止めたジャンは、明らかに動揺した様子で後ずさりをする。
「くそっ――レイッ!」
「あっ――!?」
いつの間に回り込んでいたのだろう。
レイがリーダーの背後から、剣を振り下ろす姿が見えた。
それをリーダーに忠告するよりも前に、レイの剣がリーダーの頭に叩きつけられる。
「危ないな。スイごと斬るつもりだっただろ」
「っ……」
――でも、それもリーダーには通用しない。
レイの振り下ろした剣は、リーダーの頭めがけて直角に刃が立てられている。
間違いなく殺すつもりで振り下ろされたレイの剣。
私が全く太刀打ちできなかったその剣は、リーダーに血を流させることすらできていなかった。
「なっ……おいレイ! 何を手加減している! 殺せ!!」
「っ……!」
今のレイに意識はあるのかどうか分からない。
でも、レイは、自分が勝てないことは確信しているのではないだろうか。
少し考えるような素ぶりを見せた後、改めて剣を突いてくる。
「なるほど。たしかにスイにそっくりですね。……ごめんなさい」
私の目にはまるで見えなかった剣をあっさりと手でつかむと、リーダーは僅かに眉をひそめた。
その瞬間、壁にでもぶつかったかのようにレイの体が後ろに突き返される。
そして――
「ラアッ!」
「っ――!?」
一撃。
たった一撃で、リーダーはあっさりとレイの剣を砕き、その体を弾き飛ばした。
「な……あぁああああああっ!?」
ジャンが頓狂な声で叫んでいる。
私にとっては当たり前の結論。だから、私は彼のように叫びはしない。
でも――それでも、リーダーの圧倒的な力には舌を巻くしかない。
スキルでもなんでもない、ただのパンチだけで、こんな――
「大丈夫だよ。手加減はしてる。あの人の強さなら、絶対に死なないから」
少しだけ申し訳なさそうに眉をまげて、私の頭をなでるリーダー。
――やっぱり、リーダーは優しい。
それでいて、少しだけ恥ずかしくなった。完全に見透かされてしまっている。
「リーダー……あの、私……」
「まだ痛むか? ヒールが足りなかったら言ってくれ」
「ぅ……」
そんなわけない。
リーダーのヒールは圧倒的だ。
さっきまでの出来事が嘘のように、私の体は完璧に癒えている。
全ての体の部位は何事もなかったかのように元通り。負っていた傷が全く、完全に消えていた。
でも――なぜか痛みは残っている。
私のミスで連れられたのに。
私の力不足でこんなことになったのに。
それなのに、リーダーは私を責めない。
それどころか、私のことを尊敬しているかのような――
「スイ……よく頑張ったな。後は俺に任せろ」
……違う。ような――なんかじゃない。
本当に、リーダーは私を尊敬して――でも、それに値することなんて、私は……
「ごめ……ごめんなざ……わ、私……」
「大丈夫、大丈夫だよ」
「うぅうっ……ひぅっ……」
リーダーの手が頭をなでる度に、涙がこぼれてくる。
それをみられたくなくて、半ば反射的にリーダーの胸に顔を押し付けた。
「何をしているっ! レイッ、ヤツを……」
「――黙れ。ゲス野郎」
と、リーダーの冷ややかな声で我に返る。
――そうだ。今は、リーダーに泣きついている場合じゃない。
とにかく、ジャンをなんとかしなければ……
「……スイ、少しだけ待っててくれ。すぐに勝ってくる」
当然のようにそう言いながら、ゆっくりと私から離れていくリーダー。
――その言葉を疑ってなんかいない。でも……
「は、はい……あの……ひぐっ、わ、私……」
「……後できく。まずは、ここから出よう。――リステル、スイを頼むぞ」
「はい」
と、背後から聞こえてきたのは、凛とした少女の声だった。
「え……?」
ボロボロのメイド服を身にまとわせた金髪の少女――リステル。
一目で分かる。ついさっきまで、彼女がとてつもない死闘をしていたことが。
それでも、彼女の表情は、堂々としていて――
「なんですか、もう私の顔をお忘れですか」
「ち、ちが……」
「涙を拭きなさい。もう貴方は安全です。死ぬことはありません」
「うぅっ……うぅううう……」
思わず、うずくまった。
胸の奥が痛い。
どういう感情なのだろう――自分でも全然分からない。
「……まだ怖いのですか」
淡々としたリステルの声。
――違う。これは、怖いとかそういうんじゃない。
でも、リステルのことを見ることができなかった。
私は――彼女とは、皆とは違う……
レベルがどうこうの話じゃない。
このパーティで一番弱いのは、紛れもなく――
「違う……違いますっ……わ、私は……うぅっ……!」
「……はぁ。これは重症ですね……世話をかけてくれます」
呆れたようなリステルのため息が聞こえてくる。
顔があげられない。
リステルの足音が背後に回った。
私を守ろうとしてくれているのだろうか。
「スイに手出しはさせません。後はお任せします。マスター」
「あぁ」
リステルの声にこたえる、力強いリーダーの声をきくと。
さらに、私の胸の痛みが増した。