468話 国家騎士
スイを助けるために皆が突撃してからどれぐらいの時間が経っただろう――
地上から、エクツァーの空を飛ぶ俺とコウリュウに向かって飛んでくるいくつもの矢と鉄の弾。
それは、局地的な鉄の雨が地上から空に向かって降り注いでいるかのような現実感の無い光景だった。
しかし、それすらもコウリュウは埃のように振り払い、いくつもの雷を街に落とす。
とはいえ、この雷はこけおどしだ。間違って人を殺めることのないようにコウリュウに指示をしている。
狙い通り、奴隷館の周辺だけではなく、エクツァーの街全体に混乱した人々が散乱しているのが分かる。
「……よし。ここまでやれば十分か」
騎士らしき者達は、奴隷館周辺でかたまり、こちらに向けて大砲なり矢を撃っている。
――かなりの人数だ。100どころの騒ぎではない。
エクツァーに住む者、エクツァーを守るもの全員が天を仰ぎ、混乱している。
「ありがとな、コウリュウ。後は休んでてくれ」
しゃがみこんで、そうコウリュウに話しかける。
この巨体だ。ここからじゃよく見えないが――少し頷いてくれたように見えたのは気のせいではないだろう。
召喚クリスタルを取り出して、コウリュウに向けて掲げる。
「ソウルリターン」
コウリュウの体が光の粒子に変化し、召喚クリスタルの中へと消えていく。
足場を失い、俺の体が落下。
凄まじい高さからの落下。普通であれば死を覚悟するはずの状況。
でも――まるで恐怖を感じない。簡単に着地できるという確信がある。
「よっと……」
俺が着地したのは、奴隷館の前あたりだ。
思ったとおり、簡単に着地することができた。
少しジャンプして着地したかのような感覚だ。
この世界に来た時に比べれると、恐怖感というものが麻痺してきているのが分かる。
「おぉ、龍が消えていく!」
「うおおおっ! 我らは、あの龍に勝ったのか!!」
空から人が落ちてきたというのに、騎士と思われる連中の視線は、俺には全く向いていない。
――無理はないだろう。あの巨龍を前にすれば、誰もがそこに目を向ける。
コウリュウの体が光のシャワーとなって地面に降り注ぐ光景は、凄まじく派手で、それでいて美しい。
「違うな。俺が戻しただけだ」
だが、そんなものに感動している場合ではない。
とにかく、まずは情報を得なければ。
「……む。お前は……」
騎士のうち、一人の男が俺に視線を移してきた。
いかにも屈強な男達が身に付けそうな鎧の中で、魔術師のロングコートを着ている俺は、かなり場違いな雰囲気を出しているに違いない。
とにかく、まずは皆の注意をこちらに移さなければ。
「サンダーボルト」
上空に現れた緑色の魔法陣。
そこから、巨大な電撃の柱が地を貫いた。
当然、威力は抑えている。
だが、威力を抑えた基本魔法であるにもかかわらずコウリュウの放つ雷を思わせるような電撃は、自分のレベルが2400であることを再確認させるようなものだった。
「な、なんだお前は! 何をするっ!」
「それはこっちの台詞だろ」
「なっ――うぉっ!?」
俺を拘束しようとつかみかかってきた男を振り払う。
身に付けられた重厚な鎧などないかのようだ。
「何事だ!!」
騒がしくなってきた時、不意に、鋭い男の声が響く。
他とは違う金に輝くフルフェイスの兜。
――それには見覚えがある。ジャンと一緒にいた、騎士のリーダー格のような奴だ。
「お前がリーダーか?」
「なんだ、貴――うごっ!?」
相手が何かを言う前に距離を詰め、その兜を掴んで体を持ち上げる。
ざわり、と周囲がどよめく中、俺は淡々と言葉を続けた。
「スイをどこへやった」
……沈黙。
これだけの人数がいるのに、誰も、何も答えない。
それどころか動きもしない。リーダーと思わしき人物が首を掴まれ、宙づりになっているにもかかわらずだ。
「答えろっ! スイをどこへやった!!」
掴んだ男を投げ捨てて叫ぶ。
――しかし、誰も答えない。
反抗か、恐怖か。その意図は不明だが、それは俺を更に苛立たせた。
「スイを……スイを返せえええええええええええっ!!」
魔法陣が展開される。
自分でも何のスキルを使っているのか分からない。
だが、魔力が具現化していく感覚はたしかにあって――
「……ほう。君がスイの連れかね」
「――っ!?」
と、不意にかけられた男の声によって、俺は我に返った。
「やはりシュルージュの噂は眉唾ではなかったか。君が、スイと一緒にいたという魔術師の男だな」
俺に話しかけてきたのは、壮年の男だった。
白を基調にした衣装に、スイと同じ藍色のマント。
腰に携えたギラギラと輝く金の剣が目を引く。
「ここ最近、妙な魔術師の噂を耳にしてな。街中でサラマンダーを召喚した男の話だ。その実力を見るに、君がその噂の人物ということでいいかな」
明らかに只者ではない。
こちらを見定めてくるような、突き刺すような視線だ。
「……なんのことですか」
「今更隠す必要もなかろう。私には見えていたぞ。あの龍の頭に乗り、指示を出していた君の姿がな」
そう言いながら天空を指す男。
それをきいて、周囲の騎士達がざわつきはじめる。
だが――そんなことはどうでもいい。なんとか、スイにつながる情報を聞き出さなければ。
そうは言っても、相手もこちらのことを探ってきている。迂闊に話していいものか……
「その、グレン様……? 一体なぜここに……?」
「調査の仕事があってな。エクツァーギルドの者に事情聴取をしにきたのだが……どうやら、その必要はないらしい」
金の兜をかぶっている、リーダーと思わしき騎士がへりくだっているということは、この男は、それなりに立場のある人間なのだろう。
まぁ、見た目からして、それは分かりきっていることではあるが。
「――さて、では、自己紹介からさせてもらおうか。私は――」
「名乗らなくていいです」
言葉を遮り、ファイアボルトで牽制する。
その場の緊張が、一気に高まった。
「急いでいるんですよ。スイのことを知らないのなら、もう用はない。この街を壊しても、俺はスイを連れて行く」
「落ち着きたまえ。君はスイがどこにいるのか確信しているのかね」
……答えられない。
何かを察したかのように、男が深いため息をつく。
「一応確認だが、君の言う『スイ』とは『スイ・フレイナ』のことでいいかな」
質問の形をとっているが、既に男は確信しているのだろう。
時間が惜しい。ここは頷くしかない――
「であれば私達の目的は一致している。私も、彼女には用があるからね。ここで戦う必要はないだろう」
「どういうことですか?」
俺が興味を相手に示しただろうか。
僅かに男が笑みを浮かべる。
「改めて名乗らせてもらおう。私はグレン・ドラグニス。国家騎士だ」
「……?」
堂々と肩書を言われたがピンとこない。
なんとなく偉い人なんだろうということは伝わってきたが。
そんな俺の内心を察したのか、グレンは意外そうに首を傾げた。
「国家騎士を知らないのかね」
「申し訳ないですが、俺は世界のことに疎いので」
「なるほどな……世間を知らず、そこまで魔術に精通するか」
目を細めて俺のことを見つめてくるグレン。
「さきほどの龍……あれは、君が召喚したのかね」
「時間稼ぎに付き合うつもりはないですよ。俺はスイを助けるためにここにきた」
「助ける? スイが何かされたのかね」
「知らないのですか?」
今度は俺が探りを入れる。
だが、威厳に満ちた男の顔の表情は変わらない。
「……ふむ。どういうことだね。スイは国が管理すべき人材だ。それは君達も分かっているのではないかな」
そう言いながらグレンが騎士達を睨みつけると、金兜の男が焦った様子で話しかけてきた。
「は、はい……ただ、ジャン様がスイを捕まえろと……」
「何? スイを捕まえる? どういうことだ」
「それは私達も……ですが、ジャン様の公務妨害は現認しております」
「公務妨害……たしかにアレも犯罪だが、いきなり奴隷堕ちの可能性があるような悪質なものだったのかね。それに、君達もスイのことは知らないわけではないだろう」
「はい。ただ、マドゼラの逮捕妨害でしたので……悪質ととらえる余地はあるかと」
「なるほどな……」
一つ、ため息をつくグレン。
「……言いたいことは分かった。だがスイの居場所は教えてもらうぞ。私は彼女に用がある」
「は、はい……奴隷館の地下牢獄へ、ジャン様が連れて行きました」
「――聞いたかね。スイはそこにいるようだ。私は行くが、君はどうする」
そう言いながら、グレンは俺に視線を移す。
疑問形だが――俺がどう答えるかは確信しているのだろう。
その自信が、どこか胡散臭く感じるが……
「……敵じゃ、ないんですか」
「どうだろうね。少なくとも今は敵ではない。君次第だよ」
スイに用があると言っていたが――もし、スイに何かするようなら、叩き伏せればいい。
今はスイのもとにたどり着くことを重視しなければならない。
だとすれば、俺がとれる選択肢は一つしかない。
「…………急ぎます」