465話 狂信の裁き
――私からすると、鞭打ちでも残酷だと感じてしまうのだけれども。
彼の言う通り、鞭打ちは刑罰の中でもまだ軽い部類だ。
奴隷に堕とされることや――死ぬことに比べれば全然軽い。
でも……
「まったく呆れる話だよ。犯罪者への処罰は子供の躾とは違う。刹那的な痛みを与えるだけじゃ意味が無いことは明白じゃないか。極限まで人格を否定し、さらに過酷な苦痛を! そして、正しく生きる者の礎とさせること! これ以外に、彼らへの裁きはありえないんだ!! 厳しき罰こそが、犯罪を抑止する唯一かつ最も効率的な手法!!」
そう叫びながら、ジャンが両手を広げて天井を仰ぐ。
「かつて、我が帝国を築き上げた初代エクスゼイド帝王の仲間、リュガジーンは言った! 罰とは、罪に対する反作用であると! 犯罪は社会へ被害をもたらす。であるならば、犯罪者には社会へ与えた被害を回復させなければ、罪を償ったことにはなりえない!! 刑罰は、単なる処罰感情を満たすためのものではない。社会に与えたダメージを回復させるための作用でなければならないのだよっ!!」
「……極論です。彼らの罪の詳細は知りませんが、これはただの私刑では? こんな残酷な罰を与える必要があるのですか! いくらなんでも狂っています!」
耐えきれなくなって、声を出す。
彼の言うことは分からなくはない。
――でも、それは一つの視点から物事を見ただけではないか。
「私刑? ……フフ、今の我が国の制度ではそう扱われるかもしれないね。だが、哲学とは現況と常識への疑いが成すものだよ。例えば、今起きている現実としてこのようなものがある。ある街で行われた犯罪の罰が奴隷化なのに、他の街では軽い罰で済まされる……ここに理論的な根拠があるのかな?」
私を睨むその瞳には、狂気という言葉では片づけられないような強さが込められている。
何も言葉を発せずにいると、ジャンは勝ち誇ったようにうすら笑いを浮かべた。
「国家権力は公平に行使されるからこそ、その正当性が基礎づけられる。もともと狂っているのさ、この国の司法というヤツはね!!」
「それは……」
……言い返せない。
おそらく、ジャンは、私なんかが見たことのない、犯罪と罰のリアルな社会を見てきたのだろう。
そうじゃなきゃ、その必死な形相が説明できない。
「彼らの苦痛は『呪素』を生む。この『呪素』を抽出し、集合化させるシステムをデルマー様が提供してくれた。……素晴らしい研究だ。抽出された『呪素』を誰もが適切にコントロールできれば……より、多くの犯罪者を適切に裁くことができる! 彼らはそのための、贄となるのだっ!! 彼らは社会に貢献し、真の意味で、罪を償うことができるのだよ!! 素晴らしいじゃないかっ!!」
半ば狂ったように笑いながら話すジャンの目は、狂気の色に染まりきっていた。
――もはや、話が通じる相手ではないだろう。
それでも、確かめておかなければならないことがある。
「……貴方の信じる正義は分かりました。ですが、黒紋病のことはどう説明するのですか」
「ハハハッ、マドゼラの言っていたことかい。あまりにもバカバカしくて、相手にしてられないよ。私が望むのは犯罪者への正当な裁き――正義の行使と、正しき社会の実現だ。金儲けじゃない」
「……本当ですか。本当に心当たりがないと?」
マドゼラの言葉を軽信するわけにはいかないのは分かる。
でも――それでも、マドゼラの話は、その場でついた嘘にしては具体性がありすぎる。
しかも、ジャンは黒いクリスタルを持っていた。
レシルを知る者とも繋がっている。
……どっちが黒かは、明白だ。
「うるさい子供だな。少なくとも私は知らないよ。私はこれを『ビジネス』とは考えていないからね」
「ビジネス……?」
「私が望むのは、犯罪者を正当に裁くことのできる社会の実現だけだ。それ以外のことに興味はない」
ビジネス――なんでそんな言葉が出てきたのか分からず、首を傾げる。
だが、私の疑問に答える気など、彼にはさらさらないようだ。
「話が長くなったね。とにかく、今の時点でこの部屋のことを世間に知られるわけにはいかない。どのみち、君は公務妨害を犯した犯罪者だ。……殺させてもらうよ。君は、社会には不要な存在だ」
そう言ってジャンが右腕を振り払う。
すると――
「づっ――!?」
レイが。
私のお母さんが――苦悶の色を顔に浮かべてもがき始めた。
「ぇ……」
「に、逃げなさいっ……」
後で気づいた。
ジャンは、黒いクリスタルを持っていた。
そこからどす黒いオーラが、お母さんを捕食するように包み込んでいく。
「逃げなさいっ! 早くっ!!」
彼女がそう叫んだ瞬間――その姿が、全てオーラに飲み込まれる。
「うわあああああああああっ!?」
響くのは、お母さんの悲痛な叫び。
「っ――!」
その声を。姿を見た時――私は悟った。
彼女の剣を、彼女の表情を、彼女の瞳を見た時に、全て。
「こ……これは……!?」
そんなつもりがないのに。言葉が喉からあふれ出てくる。
心が否定しても、否応なく。強制的に。
絶望の色で、全てが染まっていく。
――私は、ここで死ぬ……?