表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

465/479

464話 罪には罰を

 唐突に周囲に響いた男の声。

 ――振り返るまでもない。ジャンの声だ。


「いやはや、迂闊だったよ。拘束した相手から目を離してしまうなんて。侵入者の出迎えで混乱していたとはいえ、あの短い時間に脱走していたとはね。さすがは大陸の英雄だ。まだ少女とはいえ油断ならないしたたかさだ」


 そう言いながら私に笑みを見せてくるジャン。

 よれよれのポンチョに寝ぐせだらけの髪。整っていない無精髭。

 ――そして、不気味なほどに強く、鋭い視線。


「あら、随分と野暮なことするじゃない。親子の会話に水を差すなんて」


 そんなジャンの眼光に対しても、彼女は何食わぬ顔で返事を返す。

 すると、ジャンは満足そうに笑みをうかべてきた。


「はは。久しぶりだな。自我のある君と会話するのは。そういえば君はそういう性格だったね。随分長いこと従順だったから忘れていたよ」

「…………」


 ジャンの言葉に、無言で彼女が睨み返す。

 さっきの彼女の様子が頭をよぎる。

 ジャンですら、今の――本来の彼女の性格を忘れるほどに、彼女は長い間――


「ところで。今『殺し合い』って言葉がきこえたのだけれど、聞き間違いかしら」


 怖気のはしるような話だが、レイの声色は淡々としている。

 それどころか、その声はとても穏やかなものだった。

 それはまるで、親しい友人に向けた挨拶のような朗らかな日常の中でなければ出ないような声。


「まさか。聞き間違いのわけがないだろう。彼女はこの部屋のことを知ってしまったのだから。生かしてここを出すわけにはいかない」

「趣味が悪いわね。せっかく我が子の成長を見れたというのに。私の手で娘を殺させるつもり?」

「私としても忍びないよ。でも、私のせいにしないでくれるかな。この子は私の公務を妨害したんだ。犯罪者を捕まえるという、立派な公務をね」

「そう……なら、この部屋で貴方がやっていることも『立派な公務』なのかしら」


 そう言いながら、彼女がゆっくりと部屋を見渡す。

 ねっとりとした笑みを浮かべるジャン。


「そう表現してくれてもいいんじゃないか。この部屋は、私の考える正義そのものだ」

「下衆ね」

「ハハッ、何を言う。下衆なのはこいつらの方だろう?」

「え……」


 その言葉の意味が分からず、思わず声を漏らす。

 すると、ジャンが私の方に振り返り、説明をするように話しかけてきた。


「ここに投獄されているのはただの奴隷ではない。その全てが犯罪奴隷だ。ある者は無抵抗の老婆から財産を奪い、ある者は性の意味も分からぬ幼い少女を暴行し、またある者は慈悲深き市民思いの貴族の館を放火した。私から言わせれば、どれも同情の余地なんてない。――クズばかりだよ」

「…………」


 言葉が詰まる。

 ――まぁ、牢獄に入れられている時点で、何らかの罪を犯した者なのは予想していたが。

 それにしても、こんな猟奇的な拷問はやりすぎなんじゃ……


「本来ならば、こいつらは死んでもいい。いや、死ぬべきなんだ。社会に適合できず、道を踏み外したクズどもなのだから」


 そんな私の内心を見透かしたように、ジャンが若干声色を荒げる。


「で、でも……こんな残酷な……」


 周囲の人たちの中には、どうやって生存しているのか分からないような……人の形を維持しているとは言い難い、おぞましい拷問を受けている者もいる。

 さすがにここまでくると、刑罰というよりも、狂気的な加虐行為ではないだろか。


「残酷? 果たしてそうかな。少なくとも、死刑よりは軽いだろう? 我が国の制度と比較しても、倫理的な問題はないはずだ」


 死刑に比べれば軽い。――なるほど、たしかに一理ある。

 実際に罪を犯したというのなら、この扱いも妥当なものなのかもしれない。

 少なくとも、ここにいる罪を犯した者達の被害者ならそう思っても仕方ないだろう。


 ――でも、なぜだろう。

 リーダーの顔が頭をよぎった。

 この部屋を見たとき、リーダーだったらどんな顔をするだろうか。

 この部屋に対して、リーダーはどんな想いを抱くだろうか。


 ……胸が痛くなる。

 たとえ、彼らがどんなに重い罪を犯した犯罪者だったとしても。

 多分、リーダーなら……許すことはしなくても、この拷問は止めたに違いない。

 罪には罰が必要だ。それに反対なんてするはずがない。

 でも――それでも、このやり方は間違っている。

 うまく言葉にはできないけれど……少なくとも私は、そう思う。


「能力があり奴隷として役に立つなら、まだ生かしてもいい。社会に貢献できる余地があるのであれば生存する価値がある。――だが、彼らは能力も無く、怠惰で、傲慢で、強欲な……正真正銘の下衆どもだ。同じことは借金奴隷にも言えるが……特に! 犯罪を犯した者に同情の余地なぞあるはずがない!!」


 私の反発心は顔に出ていたのだろうか。

 ジャンの声がより感情的になったようにきこえる。

 高まる緊張の中、刺すようなジャンの声が響く。


「そんな彼らを『有効に扱う手段』をあの方は教えてくださった。これで奴隷魔術の研究が進む。犯罪のない社会を作ることができる」

「どういうことですか?」


 私がそう問いかけると、ジャンがあざ笑うように口角をあげた。


「説明しなければ分からないことかな? 奴隷魔術は、刑罰としても用いられる。だが、増加する犯罪者たちへの対応に、世の呪術師は疲弊しきっている。気丈にふるまっているはいるものの――レイツェルもその一人だ。呪術師の負担を考慮して、奴隷に堕とさないギルドもあるときく。せいぜい鞭を打つ等、その程度のレベルの罰しか与えないと……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ