461話 スイの意地
おそるおそる、そう問いかけてみる。
だが――
「排除っ!」
「っ!?」
問答無用で剣が迫る。
殆ど見えない剣閃。
先読みで自分の剣をぶつけ、鍔迫り合いの状態に持っていくのが限界だった。
「貴方は……レイさんですか……?」
「……」
彼女は答えない。
虚ろな目つきのまま、明確な殺意をもって私に剣を押し付けてくる。
「答えてくださいっ!!」
「排除っ!」
「――っ!?」
鍔迫り合いの状態から、瞬時に剣を横にして払う。
その力は尋常ではなく、私の体はあっけなく飛ばされてしまった。
空中で、彼女が剣を縦に振っているところを見る。
剣の軌道が黒い光で描かれ、そして――
「クロスプレッシャー」
黒の十字架が私に迫る。
でも、彼女自身が吹き飛ばしてくれたおかげで、私と彼女との間には距離がある。
なんとか態勢を立て直して着地し、剣を構えなおす。
「パワーブレイカー!」
この時点からじゃ、回避は間に合わない。
半ば無謀――でも、とれる選択肢は真っ向から迎え撃つことのみ。
「やあああああっ!!」
私の剣が大量の火花を散らして黒の十字架に突き刺さる。
腕に跳ね返ってくる反動。一瞬でも気を散らせば骨を砕かれてしまうのではないかと思うほどの、圧倒的なプレッシャー。
「たぁっ――ぜやああああああっ!!」
両手で剣を構えなおし、全ての力を剣に込める。
私の剣から放たれる、火花のような赤い光。それが一瞬の間だけ、勢いを増した。
「がっ――」
それでも、黒の十字架は崩せない。
結果的に競り負けて、私の体は大きく後ろに弾き飛ばされた。
「ハッ!」
「くっ……」
地面に叩きつけられ、態勢を立て直す前に彼女の剣が私を襲う。
上半身しか起こせてない状態だけど――迎え撃たなければ、私は……
「このっ――」
「死」。その言葉が頭をよぎる。
――冗談じゃない。
こんな唐突に、こんなあっけなく殺されるなんて。そんなのは絶対に嫌だ。
しかも、相手はお母さんなのかもしれないのに……
「ブレイズラッシュ!」
さっき力をこめすぎたせいか、腕の感覚が若干麻痺しているような気がする。
それでも、なんとか剣を地面に突き付けて、彼女に炎をたたき込む。
でも――
「シッ――」
その炎は、あっけなく彼女によって突破された。
私の炎を真っ向から浴びながらも、彼女は私に突進してくる。
「う、嘘っ……!」
ダメージがないわけではないだろう。
その体には、顔には、たしかに炎によって焦がされたあとが残っている。
でも、この程度のダメージを受けることなど最初から織り込み済みだったのだろう。
生気すら感じないほどに表情を変えず、彼女が私に迫ってくる。
「くっ……づっ……」
肩を蹴られ、体が後ろに倒れ込む。
反射的に体を横に転がらせた。
後ろから聞こえてくるのは、剣が地面に突き刺さる音。
――強い……!
彼女は本気で私を殺そうとしている。
だからこそ、攻撃が直線的で読みやすいが……先読みで行動して、ようやく命をつなげることが精いっぱいだ。
「や、やめて……やめてくださいっ! 私は、貴方と戦う気なんてないっ!」
気づけば、彼女に対して、命乞いのような言葉を発していた。
倒れたまま転がりながら、なんとか彼女と距離をとる。
「貴方は、レイ・フレイナ……私のお母さん、ですよね?」
「…………」
――動揺した?
私の言葉に、彼女が少しだけ動きを止めた。
まともに戦っても勝ち目はない。
それに、彼女が本当に私のお母さんなら、どうしてこんなことをするのか問いたださなくては。
「私、スイですっ! スイ! スイ・フレイナッ!! 貴方の子供っ!!」
「……スイ」
少しだけ眉をひそめて、彼女が剣を構えなおす。
でも――
「……誰?」
「っ――!」
返ってきた言葉は、とてつもなく冷ややかなものだった。
――本当にこの人は私のお母さんなのだろうか。そんな疑念が頭をよぎる。
でも、彼女の顔は、本当に私にそっくりだ。
もし本当に彼女がレイ・フレイナじゃないとするならば、私とレイが似ていると驚いていた人たちのことだって説明できない。
確信と疑念が交互に訪れてきて、頭が混乱で破裂しそう。
「この場所に侵入した者は殺す。それが、私が受けた命令」
そう言って、彼女は剣をゆっくりとひく。
そこで、私はようやく思い出した。
「奴隷魔術っ……!」
レイツェルが言っていた。
レイは、奴隷魔術を受けた後も、性奴隷になることだけは拒み続け――記憶を失ったと。
彼女の首についている隷従の首輪は、それを装着した者に、主人への絶対服従という呪いをかけられる。
「フォース……」
「っ!?」
と、彼女の声で我に返った。
彼女の構えには――見覚えがある。
なにしろそれは、私の得意技でもあるのだから――!!
「ピアーシングッ!」
「うぅ!?」
一直線の青白い閃光。
ギリギリで直撃はさけたものの、私の剣の一部がそれに触れてしまう。
その瞬間、光に触れた剣の一部分は、蒸発したかのように一瞬で消えてしまった。
「うそ……なんて威力っ……」
剣士の剣には、それを扱う者のマナが具現化され外部に出た者――『気力』がこめられている。
ただの鉄ならともかく、この剣は私がトーラを出る前から使っていた愛用の剣だ。
長年愛用し、気力の込め方も精度をあげてきた剣――それが、こんなにもあっけなく最期を迎えるなんて。
――剣士としての格が違う……!!
「ハッ――」
「っ……!」
感傷にひたる間もなく、レイの追撃が迫る。
私の剣は先がなく、途中で折れたような状態になってしまっている。
それでも、無抵抗でそれを受け入れるわけにはいかない。
「パワーブレイカーッ……!」
もはや、ただの悪あがきだ。
スキルでもなんでもない、ただの剣の一振りでも、彼女の攻撃にはパワーブレイカーを使わないと対応できない。
これが、大陸最強の英雄をも超える剣技――
「あぐっ……う、うぐっ……」
「…………」
「ぐっ……ううぅっ……」
折れた剣では相手になるはずもない。
彼女も勝負がついたことは察しているのだろう。
半ば呆れた様子で、私の悪あがきをさばいている。
――また、負ける……?
一気に、嫌な気持ちがこみあげてくる。
胸を締め付けられるような感覚が。
「嫌……そんなの嫌っ!! 私は勝たないとっ!」
「っ――」
負けるのが怖い。
彼女に殺されることなんかより、『負けること』の方が怖い。
だって、私は――
「『彼』の傍にいたいからっ!!」
――そう。私は、『彼』の傍にいたいんだ。
だから負けたくない。負けられない。
『彼』の力を借りなければ、戦うことができない自分なんて嫌だ。
「決めたんです! 私だって、『彼』のことを支えると!」
私は勝たないといけない。
『彼』のレベルに頼らなくたって、平気でなくてはならない。
そうでなければ、『彼』のことを支えるなんて、できるはずがない。
「今まで、何があったか知らないけどっ! それでも、これからはっ――私がっ!」
ユミフィの方が、セナの方が――アイネの方が。
私なんかより、ずっと『彼』のことを支えている気がしてて……
「だから、これ以上、私は負けるわけにはいかないんですっ!!」
――怖い。悔しい。悲しい。
感じたことのない感情が、私の中を支配していく。
でも、一つだけ――負けたくないという気持ちは確かなもので。
「レイッ! 例え貴方が最強の剣士でも――私の実の母親だとしてもっ!! ここで膝をつくわけにはいかないんですっ!」
「…………」
視界が歪む。
なぜだろう。いつの間にか、私は泣いていたようだ。
頬へ涙がこぼれる感覚がする。目頭が熱い。
でも、そんなの関係ない。
私がやることは、この勝負に勝つことだけだ。
「ソード――イグニッショオオオオオオオン!!」