460話 拷問ドーム
「はぁっ……はぁっ、はぁっ!!」
手首を抑えて、息を整える。
拘束具が食い込んだ跡がくっきりと残り、血もにじみ出てしまっている。
拘束具を無理に壊したことの反動は、どう強がっても無視できないものだった。
「だめ……急がないと……早くここから出なきゃ……」
それでも、戦闘に支障が出るほどではない。
何回か手首足首をまわし、周囲を確認する。
やはり――ここは牢獄のようだ。
「……なめられたものです。私の剣をここに置いていくなんて」
拘束具の近くには、私がつけていた装備が置かれていた。
剣だけじゃなく鎧も置いてある。私を拘束するのに邪魔な装備については、脱がして置いておいたということだろう。
仮に脱走だけを考えるなら、装備を軽くした方がいいかもしれない。
でも、さっきの様子だとジャン達との戦闘は避けられないはずだ。
いつも通り、装備は万全にしておいたほうがいいだろう。
装備を身に着け、改めて周囲を見る。
どうやら、私は鉄檻で閉じ込められているようだ。
でも――こんなもの、さっきの拘束具に比べれば、簡単に壊すことができる。
「やあっ!」
予想通り。
私のマナが込められた剣は、あっさりと鉄檻を切り裂いてくれた。
とりあえず牢獄の外に出て周囲を確認。
いくつかの牢獄部屋は用意されているが、収監されていたのは私しかいないみたい。
通路を歩いて行っても、誰にも会うことがなさそうだ。
「ここは……奴隷館ですよね……?」
犯罪をした者には、罰が与えられる。
軽ければ罰金で済むけれど、中には奴隷に身分を落とされる者もいる。
エクツァーは、奴隷に身分を落とされた者が売り買いされる場所だ。
そうでなくとも、こんなに広い牢獄がある場所の心当たりなんて、奴隷館しかない。
「でも、出口はどこ……?」
拘束されていた時、私は地面しか見ることができなかった。
なんとなく、それらしき方向に進んではみるものの――全く出口らしきものが見えてこない。
「っ……早くリーダーに会わないと……」
『彼』は、もう戦闘を始めているのだろうか。
本当にバハムートを召喚してここまで来たというのなら――おそらく、外は大混乱に陥っているはずだ。
正解の道を行っているなら、戦闘音のようなものが聴こえてきてもおかしくないはずなのに……
「あれ……」
そんなことを考えていると、通路の先に扉が見えてきた。
古びた鉄製の扉。錆びたノブからすると、あまり人が出入りしているようにはみえない。
……あるいは、あえてこういった扉を作っているのだろうか。見るだけで鬱屈とした気分になってくる。
――とにかく、先に進まないと……
直感的に、この扉の先が出口に続いているとは思えなかった。
でも、引き返すかどうかは、この扉を開けた後に考えたっていいはずだ。
そう考えて扉を押していくと――
「ぉぅ……」
「ご……ぇ……」
真っ先にきこえてきたのは、奇妙なうめき声。
その直後、鼻の奥に鉄のような、嫌な臭気が突き刺さってきた。
「っ――!?」
その空間は、息をするだけで吐き気を催すようなものだった。
扉を開けなければよかったと後悔するほどの嫌悪感。
「な、なんですか……これ……」
私が出たところは、円形の大部屋だ。
……違う。部屋というより、ドームと表現した方がいいだろう。
半径でさえ数十メートルはありそうな巨大な空間だ。
中央には、巨大な杯のようなものが置いてあり、黒いチューブのようなもので壁と繋がっている。
そして、チューブの先となる壁は――牢獄そのものだった。人が拘束された牢獄が、何百にもわたり上下左右にびっしりと並んでいる。
「許して……ゆるじ……」
「ぇあ……ご……」
「ぉぇぇ……」
あまりに多数のうめき声が反響しあっているせいで、もはや人の声にはきこえてこない。
ある者は、首に上下に伸びた針を突き付けられ、強制的に上を向けさせられたまま、手を後ろに拘束され――
ある者は、さかさまの状態で吊り下げられ、頭の下に三角形の置物を置かれ――
ある者は、体のあちこちに大量の棘をつきつけられ――
そして、ある者は、体の一部が――
「うぐっ――うっ! うええっ……」
いつの間にか、私は嗚咽を繰り返していた。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚――それらが、この空間にとどまることを拒絶している。
――とにかく、ここから出ないとっ……!
閉じ込められた者達に対して、ものすごく後ろ髪を引かれる気持ちがこみあげてくる。
でも、これだけのこと――私だけで、到底どうにかなるものじゃない。
あれが何かは分からないけど、とてつもなく邪悪で巨大な闇であることは間違いない。
こんな空間が出口の近くにあるはずがない。私は道を間違えたことはたしかだろう。
だとすれば、今私がやるべきことは、一刻も早くこの場所から引き返すこと。
そう思って、さっき私が開いた扉の方を振り返ろうとした瞬間だった。
「ソードアサルト」
「えっ――!?」
私の目に飛び込んできたのは、青い髪の女性の姿。
その体勢を見て、ほぼ反射的に横に飛ぶ。
私の首の横に彼女が持っていた剣が掠る。
――速いっ……!
転ぶように地面に倒れ込みながら、体を回転させてすぐに起き上がる。
無理矢理体制を崩さなければ、あの剣は私の首を串刺しにしていたことだろう。
その容赦ない攻撃に戦慄しながらも、彼女の方に振り返ると――
「あ、貴方は……!」
思わず、息を呑む。
一瞬、幻でも見たのかと疑いたくなるほど――その顔は、私に似ていた。
……いや。厳密にいえば、似ているようで違う。
彼女の方が、背が高くて、顔も大人びていて、綺麗で――
「侵入者……排除……」
あまりに貧相な服装と、機械のような淡々とした話し方。
うめき声がどよめくこの空間の中でもはっきりと聞こえる、澄んだ声。
「お母……さん……?」